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episode.41 続く戦闘
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「伏兵を忍ばせていたとは。なるほど、だから余裕があったのね。マレイ・チャーム・カトレア、お前……少しは考えたってわけね」
「何それっ。フラン、伏兵とかじゃないし!」
リュビエと対峙するフランシスカの細い右手首には、私やトリスタンと同じように、腕時計が装着してあった。
「フランが来ていたのは、あくまでフランの意思! マレイちゃんを卑怯者みたいに言わないで!」
謎に満ちたリュビエが相手であっても、フランシスカは躊躇いなくはっきりと物を言う。思ったことをこうもストレートに言えるというのは、ある意味、一種の才能かもしれない。
「そうね、べつにどちらでも構わないわ。これだからこう、ということは何もないもの」
蛇のようにうねった緑の髪を揺らしながら、リュビエは、私たちの方へ歩みを進めてくる。
その様子を見たフランシスカは、小さな光る弾丸を、リュビエに向けて大量に放った。先ほどフランシスカが上空から放ったものと、同じものだと思われる。
しかしリュビエはしっかりと対応した。
大型の蛇の化け物を召還し、それを盾のように利用しつつ、フランシスカへ接近する。
「それはもう見たわ」
冷ややかな声で言い放ってから、リュビエはフランシスカに接近する。
「邪魔者は消えなさい」
「は? フラン、邪魔者じゃないけどっ!?」
リュビエは蹴りを繰り出す。
フランシスカは、両腕を胸の前で交差させ、リュビエの蹴りを防いだ。だがかなりの威力だったようで、顔をしかめている。
「お前、あまり強くないわね」
「何でそんなこと言われなくちゃなんないの!?」
「あたしはただ、純粋な感想を述べたまでよ」
リュビエとフランシスカでは、女性同士とはいえ、結構な体格差がある。
フランシスカとて小柄というわけではないが、女性らしく、愛らしい背丈だ。対するリュビエは背が高い。ハイヒールであることを除いても、フランシスカよりはずっと高身長に違いない。
だから、肉弾戦になれば、リュビエの方が明らかに有利であろう。
「消えてちょうだい」
リュビエは、背筋が凍りつくような冷ややかな声で、短く言った。
そして、先ほどまで盾のように扱っていた大蛇を、フランシスカに向かわせる。その勢いは凄まじい。
彼女は恐らく、邪魔者であるフランシスカを本気で潰しにいくつもりなのだろう。
「舐めないでよね!」
大蛇が迫ってきても、フランシスカは怯まない。
二本の指を速やかに腕時計へ当て、桃色に輝く武器を二つ取り出した。
その武器というのは、若干薄くなったドーナツのような形をしている。円盤の中心を円形にくり抜いたような武器だ。小さめなことを考えれば、飛び道具だろうか。
「それっ!」
フランシスカは両手に一つづつ持った武器を投げた。
円盤の中心を円形にくり抜いたような形のそれは、彼女の手から離れると、軽やかに宙を飛ぶ。そして大蛇へと向かっていく。
そして数秒後。
ドーナツ型をしたフランシスカの武器は、大蛇の体を傷つけた。ダメージを受けた大蛇は、呻くように、苦しそうに、うねうねと動いている。
さほど大きくはなく、薄くて軽そうなため、威力自体はあまりないだろうと予想していた。しかし、その予想は誤りであったのだろう。というのも、大蛇は結構なダメージを受けた様子だったのである。
「まだまだっ」
大蛇を傷つけた二つの武器は、ブーメランのように弧を描き、フランシスカの手元へと戻ってくる。彼女はそれを、すぐに、もう一度投げた。
だが、対象は先ほどと異なる。
次なる目標は、リュビエ本人だった。
既に十分なダメージを与えることができた大蛇は放っておいても問題ない、と判断したのだろう。
——しかし、リュビエは焦らない。
焦るどころか、余裕のある笑みを口元に湛えていた。
「無駄よ」
リュビエは一度高くジャンプし、宙へと浮いて、フランシスカが投げた武器をかわす。背があるわりには身軽だった。
そして、大きく一歩を踏み込む。
一気にフランシスカへと近づき、高いヒールのついたブーツを履いた足で、フランシスカを蹴る。
フランシスカは、一応リュビエの動きを読んではいた。
だが予想以上の速度だったらしく、防ぎきれない。
「……あっ」
フランシスカの腹部に、リュビエのヒールが命中する。
「いっ……」
「もう大人しくしていてちょうだいね」
その勢いに乗り、リュビエはフランシスカを蹴り飛ばす。蹴られた彼女の体は吹き飛び、軽く数十メートルは離れた場所の大きな樹に激突する。
信じられないくらい、凄まじい威力の蹴りだった。
食らってはいない——ただ近くで見ていただけの私にでさえ、その圧倒的な力は分かる。あんなものをまともに食らえば、すぐには立ち上がれないことだろう。
蹴りを受けたのが私だったら。
考えてみるだけで、恐ろしくてゾッとする。
「これで邪魔者は消えたわね」
リュビエはどうやら、フランシスカにはまったく興味がないらしい。蹴り飛ばした後、飛んでいった彼女に目をくれることは一切なかった。
今、リュビエの意識は、完全に私へ向いている。装着されたゴーグルのせいで目元は露出していないが、リュビエは、間違いなく私の方を見据えていることだろう。
ぞわぞわするほどのただならぬ威圧感を感じることを思えば、視線を向けられていることは確実と言って、差し支えないと思われる。
——ちょうど、その時だった。
「マレイちゃんっ!」
後ろからトリスタンの叫び声が聞こえてくる。狼型化け物をようやく殲滅しきり、こちらへ戻ってきたのだろう。
帝国軍の制服である白い衣装を身にまとった彼は、華麗な身のこなしで、私とリュビエの間に入った。
絹糸のような滑らかな髪も、穢れのない白色の衣装も、握っている剣の長い刃も。すべてが薄紫色の粘液で汚れている。薄紫色の粘液というのは、私が母を失ったあの夜も見た、化け物を斬った際に出る不気味な液体だ。
言うなれば、薄紫色の粘液は、化け物と戦った証である。
「マレイちゃん、怪我はない?」
「えぇ。何とか。フランさんが来てくれたおかげよ」
私は正直に話した。
今こうして負傷せずにいられているのは、間違いなく、フランシスカのおかげだ。
「フランが? そっか。でも、マレイちゃんに怪我がなくて良かった」
「私一人だったら危なかったわ」
「だね。でもフランじゃ心もとなかったんじゃない? ここからは僕が君を護るから、もう安心してくれていいよ」
安心なんて、そう簡単にできるわけがない。
トリスタンの強さを疑うわけではないけれど、彼は、ここまでの戦闘によって疲労しているはずだ。まだほとんどダメージのないリュビエと戦い、絶対に勝てるという保証は、どこにもない。
「あらら、今度は騎士さん? 本当に、厄介なのがいっぱいね」
片手を口元へ添え、わざとらしく述べるリュビエ。
彼女はまだまだ余裕がありそうだ。
「そこを退いてはもらえないかしら」
「退かないよ」
「ま、そうよね。……仕方ない」
ならば、と彼女は続ける。
「騎士さんごと確保するまでよ」
リュビエは、トリスタン諸共、私を捕らえるつもりのようだ。
そんなことが可能とは思えない。だが、もし仮に秘めた力があるのだとすれば、可能なのかもしれない。
「何それっ。フラン、伏兵とかじゃないし!」
リュビエと対峙するフランシスカの細い右手首には、私やトリスタンと同じように、腕時計が装着してあった。
「フランが来ていたのは、あくまでフランの意思! マレイちゃんを卑怯者みたいに言わないで!」
謎に満ちたリュビエが相手であっても、フランシスカは躊躇いなくはっきりと物を言う。思ったことをこうもストレートに言えるというのは、ある意味、一種の才能かもしれない。
「そうね、べつにどちらでも構わないわ。これだからこう、ということは何もないもの」
蛇のようにうねった緑の髪を揺らしながら、リュビエは、私たちの方へ歩みを進めてくる。
その様子を見たフランシスカは、小さな光る弾丸を、リュビエに向けて大量に放った。先ほどフランシスカが上空から放ったものと、同じものだと思われる。
しかしリュビエはしっかりと対応した。
大型の蛇の化け物を召還し、それを盾のように利用しつつ、フランシスカへ接近する。
「それはもう見たわ」
冷ややかな声で言い放ってから、リュビエはフランシスカに接近する。
「邪魔者は消えなさい」
「は? フラン、邪魔者じゃないけどっ!?」
リュビエは蹴りを繰り出す。
フランシスカは、両腕を胸の前で交差させ、リュビエの蹴りを防いだ。だがかなりの威力だったようで、顔をしかめている。
「お前、あまり強くないわね」
「何でそんなこと言われなくちゃなんないの!?」
「あたしはただ、純粋な感想を述べたまでよ」
リュビエとフランシスカでは、女性同士とはいえ、結構な体格差がある。
フランシスカとて小柄というわけではないが、女性らしく、愛らしい背丈だ。対するリュビエは背が高い。ハイヒールであることを除いても、フランシスカよりはずっと高身長に違いない。
だから、肉弾戦になれば、リュビエの方が明らかに有利であろう。
「消えてちょうだい」
リュビエは、背筋が凍りつくような冷ややかな声で、短く言った。
そして、先ほどまで盾のように扱っていた大蛇を、フランシスカに向かわせる。その勢いは凄まじい。
彼女は恐らく、邪魔者であるフランシスカを本気で潰しにいくつもりなのだろう。
「舐めないでよね!」
大蛇が迫ってきても、フランシスカは怯まない。
二本の指を速やかに腕時計へ当て、桃色に輝く武器を二つ取り出した。
その武器というのは、若干薄くなったドーナツのような形をしている。円盤の中心を円形にくり抜いたような武器だ。小さめなことを考えれば、飛び道具だろうか。
「それっ!」
フランシスカは両手に一つづつ持った武器を投げた。
円盤の中心を円形にくり抜いたような形のそれは、彼女の手から離れると、軽やかに宙を飛ぶ。そして大蛇へと向かっていく。
そして数秒後。
ドーナツ型をしたフランシスカの武器は、大蛇の体を傷つけた。ダメージを受けた大蛇は、呻くように、苦しそうに、うねうねと動いている。
さほど大きくはなく、薄くて軽そうなため、威力自体はあまりないだろうと予想していた。しかし、その予想は誤りであったのだろう。というのも、大蛇は結構なダメージを受けた様子だったのである。
「まだまだっ」
大蛇を傷つけた二つの武器は、ブーメランのように弧を描き、フランシスカの手元へと戻ってくる。彼女はそれを、すぐに、もう一度投げた。
だが、対象は先ほどと異なる。
次なる目標は、リュビエ本人だった。
既に十分なダメージを与えることができた大蛇は放っておいても問題ない、と判断したのだろう。
——しかし、リュビエは焦らない。
焦るどころか、余裕のある笑みを口元に湛えていた。
「無駄よ」
リュビエは一度高くジャンプし、宙へと浮いて、フランシスカが投げた武器をかわす。背があるわりには身軽だった。
そして、大きく一歩を踏み込む。
一気にフランシスカへと近づき、高いヒールのついたブーツを履いた足で、フランシスカを蹴る。
フランシスカは、一応リュビエの動きを読んではいた。
だが予想以上の速度だったらしく、防ぎきれない。
「……あっ」
フランシスカの腹部に、リュビエのヒールが命中する。
「いっ……」
「もう大人しくしていてちょうだいね」
その勢いに乗り、リュビエはフランシスカを蹴り飛ばす。蹴られた彼女の体は吹き飛び、軽く数十メートルは離れた場所の大きな樹に激突する。
信じられないくらい、凄まじい威力の蹴りだった。
食らってはいない——ただ近くで見ていただけの私にでさえ、その圧倒的な力は分かる。あんなものをまともに食らえば、すぐには立ち上がれないことだろう。
蹴りを受けたのが私だったら。
考えてみるだけで、恐ろしくてゾッとする。
「これで邪魔者は消えたわね」
リュビエはどうやら、フランシスカにはまったく興味がないらしい。蹴り飛ばした後、飛んでいった彼女に目をくれることは一切なかった。
今、リュビエの意識は、完全に私へ向いている。装着されたゴーグルのせいで目元は露出していないが、リュビエは、間違いなく私の方を見据えていることだろう。
ぞわぞわするほどのただならぬ威圧感を感じることを思えば、視線を向けられていることは確実と言って、差し支えないと思われる。
——ちょうど、その時だった。
「マレイちゃんっ!」
後ろからトリスタンの叫び声が聞こえてくる。狼型化け物をようやく殲滅しきり、こちらへ戻ってきたのだろう。
帝国軍の制服である白い衣装を身にまとった彼は、華麗な身のこなしで、私とリュビエの間に入った。
絹糸のような滑らかな髪も、穢れのない白色の衣装も、握っている剣の長い刃も。すべてが薄紫色の粘液で汚れている。薄紫色の粘液というのは、私が母を失ったあの夜も見た、化け物を斬った際に出る不気味な液体だ。
言うなれば、薄紫色の粘液は、化け物と戦った証である。
「マレイちゃん、怪我はない?」
「えぇ。何とか。フランさんが来てくれたおかげよ」
私は正直に話した。
今こうして負傷せずにいられているのは、間違いなく、フランシスカのおかげだ。
「フランが? そっか。でも、マレイちゃんに怪我がなくて良かった」
「私一人だったら危なかったわ」
「だね。でもフランじゃ心もとなかったんじゃない? ここからは僕が君を護るから、もう安心してくれていいよ」
安心なんて、そう簡単にできるわけがない。
トリスタンの強さを疑うわけではないけれど、彼は、ここまでの戦闘によって疲労しているはずだ。まだほとんどダメージのないリュビエと戦い、絶対に勝てるという保証は、どこにもない。
「あらら、今度は騎士さん? 本当に、厄介なのがいっぱいね」
片手を口元へ添え、わざとらしく述べるリュビエ。
彼女はまだまだ余裕がありそうだ。
「そこを退いてはもらえないかしら」
「退かないよ」
「ま、そうよね。……仕方ない」
ならば、と彼女は続ける。
「騎士さんごと確保するまでよ」
リュビエは、トリスタン諸共、私を捕らえるつもりのようだ。
そんなことが可能とは思えない。だが、もし仮に秘めた力があるのだとすれば、可能なのかもしれない。
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