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episode.37 紹介と質問タイム
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「では早速、紹介しよう。彼女は、今日から共に戦う、新たな仲間だ」
今、自分でも信じられないくらいに、緊張している。
なぜかというと、隊員らの前で紹介されているからだ。
心臓は破裂しそうなほどに脈打つ。全身が熱を持ち、頭はぼんやりとしてくる。こんな時に限ってあくびが止まらず、そのせいで浮かんだ涙が目元を濡らす。
あぁ、なぜこんなにも。
宙に向かってそんな奇妙な問いかけをしたくなるくらい、凄まじい緊張の渦に巻き込まれている。
「名はマレイ・チャーム・カトレア。年は十八」
十名ほどの隊員の前に立つ私の左右には、グレイブとトリスタン。
ただ者でない空気をまとった二人の間に立つというのは、どうも、しっくりこない。私がここにいて本当に大丈夫なのだろうか、などと考えてしまう。
「ではマレイ。皆に一言、頼めるか」
「はっ……はい……」
グレイブの言葉に、私は頷く。しかし、正直なところ、不安しかない。
十人もの人間の前に立ち挨拶をした経験など一度もないため、「一言」と言われても、どんな一言を発すれば良いのか不明である。
私は一歩前へ出る。その瞬間、隊員らの視線が私の顔面へ集中した。
——まずい、汗しか出ない。
発するべきは言葉のはずなのに、言葉は少しも出ず、冷たい汗だけが額に溢れる。汗など出ても何の意味もないというのに。
「どうした、マレイ。一言だけで構わないのだが」
「あ、はい……」
ごくり、と唾を飲み込む。
そして私は、私が持つすべての勇気を掻き集め、ようやく口を開く。
「マレイです。よろしくお願いします!」
向かってくる大量の視線に耐えきれず、それから逃げるように、私は深く頭を下げた。こうでもしていないと、心臓が持たない。
「よし。では何か、彼女に質問などあれば」
司会役のグレイブは、隊員たちにそんなことを言った。
紹介が終わり、ようやくこの場から逃れられると思ったのに、どうやらまだ続くみたいだ。
「はいはい! 質問!」
「何だ」
「彼女、どこの出身なんすか?」
「なるほど、出身か。マレイ、答えてやってくれ」
よりによって、こんな質問……。
私は何とも言い難い気持ちになった。
出身ということは、今は亡きあの村だろう。だが、それを言うと、この場を暗い雰囲気にしてしまいそうだ。せっかく楽しげな感じだというのに、たった一つの答えでそれを壊してしまうのは、気が進まない。
だから私は、敢えてこちらを選んだ。
「私の出身地はダリア。ミカンの有名な、海に近い街です」
左隣にいたトリスタンが驚いた顔をするのが、視界の端に入った。あくまで推測だが、私が出身をダリアだと言ったことに驚いているのだろう。
「おおっ、海の街出身! 爽やかでいいっすね!」
「はい。素敵なところです」
「いつか行ってみたいっすわ!」
素敵なところ、は嘘ではない。
私はダリアで生まれ育ったわけではない。けれども、数年暮らしていたのは事実だ。だからダリアの良いところは知っている。もっとも、ダリア生まれダリア育ちの者に比べれば、知らないことも多いと思うが。
「他に質問は?」
グレイブが声をかけると、二人目の手が上がった。
「では君」
「はい! ありがとうございます! では早速、質問を!」
短い茶髪のどこにでもいそうな青年だ。二十代くらいだと思われる外見をしている。正しくは、二十代後半、だろうか。
「好きな男性のタイプは、どんなタイプですか!?」
驚きの質問が飛び出してきた。
右隣にいるグレイブは、その質問を聞くや否や、呆れたように溜め息を漏らす。
「こら。そんなことを聞くんじゃない」
「え、駄目ですか?」
きょとんとした顔をする青年に対し、グレイブは口調を強める。
「ふざけた内容は止めろ! 分かったな?」
「あ、はい……すみません」
一切悪気がなかったらしき茶髪の青年は、しゅんとして、肩を落とした。
「では次。誰か質問は?」
この質問タイムはまだ続くらしい。
早く終わらないかな……。
「そこの黒髪」
「ありがとうございます。マレイさんはどういった目的を持って、ここへ入られたのですか?」
今度は胃が痛むような真面目な質問が来た。まるで面接だ。試されているような気がしてならない。
「はい。ええと、目的は……」
そこへトリスタンが口を挟んでくる。
「僕が彼女をスカウトしたから。それだけのことだよ」
「では、本人に入隊の意思はなかった、と?」
「もちろん強制したわけではないよ。僕が彼女の才能を認め、彼女に『来ないか?』と誘った。そしたら彼女は、頷いてくれた。それだけのこと」
「……なるほど。分かりました」
黒髪と呼ばれた質問者は、軽く頭を下げ、口を閉じた。
グレイブが再び「では次」と言い出してから、トリスタンがそっと教えてくれる。
「彼、すぐああいう質問するんだよね」
ちょっぴり嫌な人、というのは、案外どこにでもいるものなのかもしれない。
「直接だったら多分もっと突っ込んでくるから、気をつけて」
「分かったわ」
ナイス、トリスタン。
こうして私は、正式な隊員としての初めての夜を、迎えようとしていた。
今夜からは一人の戦闘員として、化け物の前へ立たなくてはならない。
そのことに不安がないわけではないが、幸い今夜は、トリスタンもグレイブもいる。フランシスカは非番でいないが、トリスタンとグレイブ——実力者が二人もいれば、どんな敵が来たとしても、そう易々と負けはしないだろう。
だからきっと大丈夫だ。
戦いは恐らく起こるだろうが、上手く切り抜けられるに違いない。
そう信じて、疑わなかった。
——その時が来るまで。
今、自分でも信じられないくらいに、緊張している。
なぜかというと、隊員らの前で紹介されているからだ。
心臓は破裂しそうなほどに脈打つ。全身が熱を持ち、頭はぼんやりとしてくる。こんな時に限ってあくびが止まらず、そのせいで浮かんだ涙が目元を濡らす。
あぁ、なぜこんなにも。
宙に向かってそんな奇妙な問いかけをしたくなるくらい、凄まじい緊張の渦に巻き込まれている。
「名はマレイ・チャーム・カトレア。年は十八」
十名ほどの隊員の前に立つ私の左右には、グレイブとトリスタン。
ただ者でない空気をまとった二人の間に立つというのは、どうも、しっくりこない。私がここにいて本当に大丈夫なのだろうか、などと考えてしまう。
「ではマレイ。皆に一言、頼めるか」
「はっ……はい……」
グレイブの言葉に、私は頷く。しかし、正直なところ、不安しかない。
十人もの人間の前に立ち挨拶をした経験など一度もないため、「一言」と言われても、どんな一言を発すれば良いのか不明である。
私は一歩前へ出る。その瞬間、隊員らの視線が私の顔面へ集中した。
——まずい、汗しか出ない。
発するべきは言葉のはずなのに、言葉は少しも出ず、冷たい汗だけが額に溢れる。汗など出ても何の意味もないというのに。
「どうした、マレイ。一言だけで構わないのだが」
「あ、はい……」
ごくり、と唾を飲み込む。
そして私は、私が持つすべての勇気を掻き集め、ようやく口を開く。
「マレイです。よろしくお願いします!」
向かってくる大量の視線に耐えきれず、それから逃げるように、私は深く頭を下げた。こうでもしていないと、心臓が持たない。
「よし。では何か、彼女に質問などあれば」
司会役のグレイブは、隊員たちにそんなことを言った。
紹介が終わり、ようやくこの場から逃れられると思ったのに、どうやらまだ続くみたいだ。
「はいはい! 質問!」
「何だ」
「彼女、どこの出身なんすか?」
「なるほど、出身か。マレイ、答えてやってくれ」
よりによって、こんな質問……。
私は何とも言い難い気持ちになった。
出身ということは、今は亡きあの村だろう。だが、それを言うと、この場を暗い雰囲気にしてしまいそうだ。せっかく楽しげな感じだというのに、たった一つの答えでそれを壊してしまうのは、気が進まない。
だから私は、敢えてこちらを選んだ。
「私の出身地はダリア。ミカンの有名な、海に近い街です」
左隣にいたトリスタンが驚いた顔をするのが、視界の端に入った。あくまで推測だが、私が出身をダリアだと言ったことに驚いているのだろう。
「おおっ、海の街出身! 爽やかでいいっすね!」
「はい。素敵なところです」
「いつか行ってみたいっすわ!」
素敵なところ、は嘘ではない。
私はダリアで生まれ育ったわけではない。けれども、数年暮らしていたのは事実だ。だからダリアの良いところは知っている。もっとも、ダリア生まれダリア育ちの者に比べれば、知らないことも多いと思うが。
「他に質問は?」
グレイブが声をかけると、二人目の手が上がった。
「では君」
「はい! ありがとうございます! では早速、質問を!」
短い茶髪のどこにでもいそうな青年だ。二十代くらいだと思われる外見をしている。正しくは、二十代後半、だろうか。
「好きな男性のタイプは、どんなタイプですか!?」
驚きの質問が飛び出してきた。
右隣にいるグレイブは、その質問を聞くや否や、呆れたように溜め息を漏らす。
「こら。そんなことを聞くんじゃない」
「え、駄目ですか?」
きょとんとした顔をする青年に対し、グレイブは口調を強める。
「ふざけた内容は止めろ! 分かったな?」
「あ、はい……すみません」
一切悪気がなかったらしき茶髪の青年は、しゅんとして、肩を落とした。
「では次。誰か質問は?」
この質問タイムはまだ続くらしい。
早く終わらないかな……。
「そこの黒髪」
「ありがとうございます。マレイさんはどういった目的を持って、ここへ入られたのですか?」
今度は胃が痛むような真面目な質問が来た。まるで面接だ。試されているような気がしてならない。
「はい。ええと、目的は……」
そこへトリスタンが口を挟んでくる。
「僕が彼女をスカウトしたから。それだけのことだよ」
「では、本人に入隊の意思はなかった、と?」
「もちろん強制したわけではないよ。僕が彼女の才能を認め、彼女に『来ないか?』と誘った。そしたら彼女は、頷いてくれた。それだけのこと」
「……なるほど。分かりました」
黒髪と呼ばれた質問者は、軽く頭を下げ、口を閉じた。
グレイブが再び「では次」と言い出してから、トリスタンがそっと教えてくれる。
「彼、すぐああいう質問するんだよね」
ちょっぴり嫌な人、というのは、案外どこにでもいるものなのかもしれない。
「直接だったら多分もっと突っ込んでくるから、気をつけて」
「分かったわ」
ナイス、トリスタン。
こうして私は、正式な隊員としての初めての夜を、迎えようとしていた。
今夜からは一人の戦闘員として、化け物の前へ立たなくてはならない。
そのことに不安がないわけではないが、幸い今夜は、トリスタンもグレイブもいる。フランシスカは非番でいないが、トリスタンとグレイブ——実力者が二人もいれば、どんな敵が来たとしても、そう易々と負けはしないだろう。
だからきっと大丈夫だ。
戦いは恐らく起こるだろうが、上手く切り抜けられるに違いない。
そう信じて、疑わなかった。
——その時が来るまで。
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