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ノワール 過去編
1.ずっと見て見ぬふりをしていた
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この世に生まれ、初めて明確な意識を持ったのはいつだったか。
「ノワール・サン・ヴェルジェ――それが、お前の名だ」
暗闇で、声を聞いた。
「すべて無にしてしまえ、ノワ」
その声は、ボクをこの世に作り出した者の声。
「お前にはそれができる」
◆
ゼツボーノの手で生み出されたボクは、魔の者の一員として、人間及び人間の世界を滅ぼすべく働き始める。
といってもすぐに一人ですべてをこなせるわけではない。
誕生してすぐはまだ知らないことも多いから。
そこで大抵は他の魔の者によるサポートを受けることができるのだが――ボクのサポート役になったのはルナだった。
「初めまして、ルナ・ト・レックです」
彼女のような大人びた女性を目にしたのは初めてで、向かい合うことには戸惑いもあったけれど。
「ノワール・サン・ヴェルジェ」
「ノワ様とお呼びしても?」
「……どうして」
「ゼツボーノ様は貴方を気に入っておられるようでしたので」
「そう……」
「これからは色々アタシにお任せください、ノワ様」
ルナは元々気さくな方で、だからか、ボクたちが仕事上のパートナーとなるのにはそれほど時間はかからなかった。
命令にはすべて従った。
潰せと言われれば潰すし、滅ぼせと言われれば滅ぼす――けれどもそれは魔の者である以上当たり前のことだ。
何もボクだけがそうしていたわけじゃない。
ゼツボーノのもとで生きる魔の者は誰もがそうやって生きている。
人々を滅ぼすために生まれたボクたちの人生にそれ以外の道などない。
だってそうだろう? ボクらはゼツボーノによる人間への復讐のために生み出された。そのための道具のようなものだ。それがその道を失ったなら何が残る? 目的を持って生み出されたボクたちが、その目的を果たせなくなったなら、その時ボクたちは何になるというのか。
「ルナ、今日は」
だから毎日、当たり前のように、息をするように与えられた任務をこなす。
「町一個潰すだけですわよっ、らくらくち~ん! あ。アタシ代わりに行ってきましょうか?」
「……いやいいよ、ボクの担当だし」
「では今回もお一人で?」
「うん」
「んもぉ、寂しいですわぁ。ノワ様が自立なさってぇ」
ルナのサポートがあったこともあって、ボクの魔の者としての日々は順調だった。特別大きな問題もなく、着実に任務をこなして、ゼツボーノからの評価も高かった。
「お前、また町を一つ崩壊させたそうだな」
「……はい」
「素晴らしい! 実に素晴らしいぞ、さすがはノワだ」
ゼツボーノに褒められることは、嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しかった。
「お前は今や自慢の息子みたいなものだ。これからも活躍してくれ、それを望んでいる」
努力したのが正当に評価されるのは嬉しいことだ。
しかし、その裏で、また少し違った感情も生まれていた――それはある種の虚無感のようなもので、迷いのようなものでもあった。
魔の者として仕事している時、人々がボクへ向ける視線。恐怖の対象を見るような、怪物を見るような、その目。それが訳もなく嫌だった。人々に危害を加えているのだからそういう目で見られても当然といえば当然なのだが。それでも、ちっぽけな人間たちの視線がボクが怪物であることを証明しているようで、もやもやした。
ただ、それでも、この頃はまだ芽を出したばかりの感情を見ないふりしていられた。
何かを思って逃げ出した魔の者がゼツボーノを怒りを買って消滅させられたという話を聞くたび、馬鹿だと思った。
ここにいれば平穏を手に入れられるのに、どうしてそんな愚かなことをするのだろう――抗わなければ今だってきっとまだこの世に存在できていただろうに。
ボクたちは籠の中の鳥。
けれどもその内側にいれば穏やかに生きてゆくことを許される。
それなのに、どうして出てゆこうとするのだろう?
「ノワール・サン・ヴェルジェ――それが、お前の名だ」
暗闇で、声を聞いた。
「すべて無にしてしまえ、ノワ」
その声は、ボクをこの世に作り出した者の声。
「お前にはそれができる」
◆
ゼツボーノの手で生み出されたボクは、魔の者の一員として、人間及び人間の世界を滅ぼすべく働き始める。
といってもすぐに一人ですべてをこなせるわけではない。
誕生してすぐはまだ知らないことも多いから。
そこで大抵は他の魔の者によるサポートを受けることができるのだが――ボクのサポート役になったのはルナだった。
「初めまして、ルナ・ト・レックです」
彼女のような大人びた女性を目にしたのは初めてで、向かい合うことには戸惑いもあったけれど。
「ノワール・サン・ヴェルジェ」
「ノワ様とお呼びしても?」
「……どうして」
「ゼツボーノ様は貴方を気に入っておられるようでしたので」
「そう……」
「これからは色々アタシにお任せください、ノワ様」
ルナは元々気さくな方で、だからか、ボクたちが仕事上のパートナーとなるのにはそれほど時間はかからなかった。
命令にはすべて従った。
潰せと言われれば潰すし、滅ぼせと言われれば滅ぼす――けれどもそれは魔の者である以上当たり前のことだ。
何もボクだけがそうしていたわけじゃない。
ゼツボーノのもとで生きる魔の者は誰もがそうやって生きている。
人々を滅ぼすために生まれたボクたちの人生にそれ以外の道などない。
だってそうだろう? ボクらはゼツボーノによる人間への復讐のために生み出された。そのための道具のようなものだ。それがその道を失ったなら何が残る? 目的を持って生み出されたボクたちが、その目的を果たせなくなったなら、その時ボクたちは何になるというのか。
「ルナ、今日は」
だから毎日、当たり前のように、息をするように与えられた任務をこなす。
「町一個潰すだけですわよっ、らくらくち~ん! あ。アタシ代わりに行ってきましょうか?」
「……いやいいよ、ボクの担当だし」
「では今回もお一人で?」
「うん」
「んもぉ、寂しいですわぁ。ノワ様が自立なさってぇ」
ルナのサポートがあったこともあって、ボクの魔の者としての日々は順調だった。特別大きな問題もなく、着実に任務をこなして、ゼツボーノからの評価も高かった。
「お前、また町を一つ崩壊させたそうだな」
「……はい」
「素晴らしい! 実に素晴らしいぞ、さすがはノワだ」
ゼツボーノに褒められることは、嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しかった。
「お前は今や自慢の息子みたいなものだ。これからも活躍してくれ、それを望んでいる」
努力したのが正当に評価されるのは嬉しいことだ。
しかし、その裏で、また少し違った感情も生まれていた――それはある種の虚無感のようなもので、迷いのようなものでもあった。
魔の者として仕事している時、人々がボクへ向ける視線。恐怖の対象を見るような、怪物を見るような、その目。それが訳もなく嫌だった。人々に危害を加えているのだからそういう目で見られても当然といえば当然なのだが。それでも、ちっぽけな人間たちの視線がボクが怪物であることを証明しているようで、もやもやした。
ただ、それでも、この頃はまだ芽を出したばかりの感情を見ないふりしていられた。
何かを思って逃げ出した魔の者がゼツボーノを怒りを買って消滅させられたという話を聞くたび、馬鹿だと思った。
ここにいれば平穏を手に入れられるのに、どうしてそんな愚かなことをするのだろう――抗わなければ今だってきっとまだこの世に存在できていただろうに。
ボクたちは籠の中の鳥。
けれどもその内側にいれば穏やかに生きてゆくことを許される。
それなのに、どうして出てゆこうとするのだろう?
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