上 下
48 / 62

episode.47 誰もが居場所を求めてる。

しおりを挟む
 私とノワールは、ある有名な温泉街の宿に泊まって暮らしている。

 連泊していると料金が安くなっていくこの宿の謎システムには感謝している。私たちのような者にはありがたい制度だ。とにかく日数多めに泊まりたいから。

 二人で泊まっている客室には部屋専用の温泉がついている。それゆえ、朝昼晩問わず温泉を自由に利用することができる。しかも三種類もある。風呂場は広く、その中に木の板で仕切りをされた三つの温泉があり、それぞれ効能が違っているという話だ。

 ここが今の私たちの居場所である。

 その日少し買い出しに行き客室へ戻ると。

「ソレア、手紙来てたよ」

 部屋で床に座っていたノワールが茶封筒を差し出してきた。

「そう! でも何かしら、手紙なんて……」

 シンプルなデザインのそれを受け取り、中の物ごと破ってしまわないよう気をつけつつ開封する。すると二枚真っ白便箋が出てきて、また、それと一緒に写真が三枚ほど入っていることが判明した。写っているのは主にトニカ。アオイとのツーショットもあれば、トニカだけが撮影されたものもある。

「これって、トニカさん?」
「中は見てない」
「そう……ああやっぱりそうみたい、お手紙もトニカさんが書いてくれているみたいだわ」

 便箋には丸っこくなった文字が書き連ねられていた。

 自分とアオイらが元気であるということ、宿は一度営業停止となるも営業を再開し段々人気が戻ってきていること、そして、アオイとの関係も順調であるということ――トニカの照れくさそうに笑う顔が見えるかのようだった。

 便箋を眺めるだけでもトニカの幸福感が伝わってくる。

 彼女にも居場所ができたのだ。
 そう思うと嬉しくて。
 ずっと幸せに生きていってほしい、そう思った。

「またそのうち返信書かなくっちゃね」

 それから、思い出して買ってきた物を披露。

 食事は宿が出してくれる。が、それ以外に食べるものは基本的にいつも私が買い出しに行っている。ノワールもついてくることもあるけれど、一人で買い物に行くことも多い。けれどもそれはノワールが非協力的だからという意味ではなく、私一人の方が買い物がスムーズに進むという側面もあるからである。

「何買ってきたの」

 ローテーブルに買い物袋を置けば、ノワールは興味深そうに近づいてくる。その目は袋の中身を調べようとしている。興味津々、という表現が近いだろか。

「そうね。軽食とか、お菓子とか。ちょっと食べられるものよ」
「良さそうなのあった?」
「抹茶味のクッキーとか買ってきたわよ。ノワール好きでしょ、抹茶」
「うん好き」

 ノワールはすぐにでも食いつきそうな勢いで買い物袋に迫っている。

「待って待って、まだよ。今から出すから」
「……うん」

 昼間はそんな風にのんびり暮らせているのだが。

「……ぅ、ううっ」

 ――夜はなかなか穏やかには過ごせない。

「ノワール、また?」
「……ん」

 ノワールの身に傷はない。しかし、ゼツボーノを吸収したことによる影響は今も続いている。最近では明るい時間は発作が起きづらくなっているのだが、夜はいまだに急に苦しみ始める時がある。

「こっち来る?」

 基本別々の布団で寝ているのだが、彼は辛い時には傍で寝ることもあるのだ。

「……う、ん」

 傍に寄れば、手を繋げば、少しは安心するみたいだけれど。

 でもそれで回復するわけでもないようで。

「……だいじょぶ」

 汗に髪を濡らす彼を目にする時、いつも思うのだ――神はなぜ彼にこんな過酷な運命を与えたのだろう、と。

 魔の者が彼以外全滅したわけではないし、何なら人寄りに改心しないままの魔の者だっているだろうに、なぜこの苦しみをノワールだけに背負わせたのか。

「……ごめん、いつも」
「いいえ気にしないで」

 そして思うのだ、私は何て無力なのだろうと。

 私の治癒魔法はゼツボーノの苦しみだけは消せない。
 他の傷は大抵癒せるというのに。
 一番大切な人の苦しみだけ癒せないなんて、私は、一体何のためにこの力をもって生まれたのだろう。

「ごめんなさいねノワール、苦しみを消せなくて」

 闇の中、寄り添って布団に入ったままで、呟く。

「何で?」

 状態が落ち着いてきたノワールは不思議そうに問った。

「肝心な時に治癒魔法が役立たないなんて……」
「……それは。……多分、怪我じゃないから」
「そう、ね」
「……けど、ソレアにはいつも助けられてる。……気にしちゃ駄目」

 ノワールに苦痛を与えるもの、ただそこにじっとある闇、それはいつか消えるだろうか。彼はいつかその闇から解放されるのだろうか。それはまだ分からない。が、今はごまかしごまかししながら進んでいくしかない。

 握り合う手はいつも温かい。

「いつもありがと、ずっと一緒にいられるといいね」

 そんなことをそっと発したノワールは少しすると寝息を立て始めた。

 どうやら今夜も少し落ち着いたようだ。

 ――そして、朝。

「おはようノワール、よく寝ていたわね」
「……眠い」
「あれからは大丈夫だった?」
「ん、多分」
「良かった。じゃ、朝ご飯でも食べましょっか!」

 特別とか、地位とか名誉とか、そんなものは必要ない。

 私は彼と共に生きられるならそれでいい。
 平凡な日々こそが幸福そのものなのだから。

「もう来てたの」
「ええ、さっき届いたわよ」
「朝早いなぁ……」
「急がなくていいから! ね?」
「分かった」

 今日もまた、ありふれた朝が来た。

 昨日までと変わらない今日。
 けれどもそんな今日こそが最も幸せな今日だ。

「「いただきまーす」」

 窓越しに室内へ降り注ぐ朝日が、また、新しい日の幕開けを告げる。

 すっかり見慣れまるで実家であるかのように感じられるほどのこの部屋で、今日がそっと始まってゆく。

「そういえば、ノワールって食べなくても生きていけるのよね?」
「一応」

 ノワールは既に自分用のパンをかじっている。

 ……ちょっぴり小動物風で面白い。

「でも食べられないわけじゃないのね」
「うん、普通に食べるよ」
「ルナさんもよく甘いもの食べてたし、魔の者って結構人と似たようなもの食べるのね」
「そだね、多分」

 返事をしながらもノワールはまだパンをかじっていた。

 一口が小さいッ――!!

「美味しいものは嫌いじゃないよ」
「同じものが食べられるってことで、助かったわ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...