誰もが居場所を求めてる。 ~人と魔の者の物語~

四季

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episode.45 皆、歩み出す

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 あれから大きく変わったことといえば。

「ルナ様! サインください!」
「あんたちょっとのいてよ!」
「麗しく美神ルナ様! 愛しているのでことわざ十個聞いてください!」
「おまえぇ! ずるいぞぉ!」

 久々にこの街に出現した敵意ある魔の者モットウ・タ・キキナサイヨーを華麗に倒したルナが、一般人から人気を博すようになったことだろう。

「実はぁ、前からこっそりファンでしたぁ」
「抜け駆けすんな!」
「お前は後ろいってろ! こういうのは男優先だろ」
「じいさんこそ後ろでべそかいてな」
「もー! 喧嘩は駄目っ。それよりルナさん、デートしてくださーい!」
「お前すげえな」

 助けてもらった人から始まり、ルナの華麗なる戦いを目撃した人まで、ルナを信仰する人々は瞬く間に増えていった。

 今やルナは道を静かに歩くことなどできないのだ。

「……人気なんだって? ルナが」
「ええ、そうみたいね」

 その日、ノワールとの間で、たまたまその話になった。

 でもある意味それは必然。
 というのも、窓から外を見下ろしていたらルナとコルトが歩いていたのだが、そこに多くの人間がたかっていたのである。
 そんな場面を目撃したなら、誰だってその話に触れるだろう。それで、現実も、ノワールがその話をし始めたのである。

 人気者となったルナを見つめていたノワールに対して「羨ましい?」と問いを放ってみたなら、彼は首を左右に振ってノーを示した。

「……ルナはかっこいい外見だから」
「まぁ、そうね。でもノワールだってかっこいいわよ?」
「……ボクは自分の姿は嫌い」
「そう。まぁでも貴方が人気者にならない方が私としてはありがたいわ。だって、もし貴方が人気者になってしまったら、こうしてゆっくり話すことさえできないもの」

 少し失礼かもしれないけれど、それが本心なの。

 愛しい人が人気者になるって複雑な気持ち。

「あ、そういえばさ」
「何?」

 そこでノワールは話題を変えてくる。

「トニカって子いたでしょ」
「ええ。トニカさんね」
「あの子、人間の男の人と仲良くしてるみたい」
「アオイさん?」
「うん、多分そう」
「連絡があったの?」
「手紙」
「本当に!? そうだったのね、良かった……」

 トニカやアオイにはあれからもうあまり会えていない。住んでいる街が違うから仕方のないことなのだけれど。でも、少しばかり気になった時もあった。どうしているだろう、と。

「トニカがマスコットキャラになって宿の再建に取り組んでるみたい」
「そうなの!? え、凄い」

 彼女の恋のつぼみもいつかきっと開いてほしい。
 そして幸せに生きてほしい。
 たとえ魔の者だとしても、悪しき者ではないのだから。

「……何か、無力を感じるよ」
「何を言い出すの?」
「皆、魔の者でも人間に交じって活躍してるのにさ……ボクにはできることがないな……」

 ノワールの視線は何を見るでもない遠いところへ向けられていた。

「そんなことないわ。だって研究に協力しているのでしょう?」
「仕方なく、ね」
「それは素晴らしいことよ。だって、人間にその身を差し出しているわけだから。貴方から得られたデータはきっといつか役に立つわ」

 微笑みを向けるのだけれど、ノワールはあまり晴れやかでない顔つきのまま。

「……あんなの、憂さ晴らしみたいなものでしょ。好き放題して、苦しむだけ苦しませて、でも死なせはしない。あんなの……」

 そこまで言って、彼はハッとする。

「ごめん、面白くないねこんな話」

 苦し紛れに笑う彼はどこか暗かった。

「ノワール、いつかきっと……ここから出られたら、遠いところへ行きましょ」

 今はまだ、彼には、確かな光は見えていないのかもしれない。

 でもだからこそ。
 未来へ希望を抱いていてほしい。

「何で?」
「貴方が苦しまなくていいように、平和な街へ」
「……やだよ、これ以上迷惑かけるの」
「いいえ、私が望んだことよ。温泉宿とかどうかしら? きっと楽しいわね、二人で泊まってのんびり暮らしたなら」

 楽しいこととか、嬉しいこととか、たまにはそういったものも想像してみてほしい。

「温泉……入ったことはないけど、吸い込んだことはある……何か熱いお湯でしょ」
「え、お湯を吸い込んだの」
「うん。ずっと昔だけど。多分、あの時、お湯だけ吸い込んでしまって……」
「温泉って浸かるものよ、本当は」
「そっか……」

 そこまで話して、互いに込み上げた笑いをこぼしてしまう。

「……行ってみたいな、いつか」

 その瞳には僅かに鮮やかな色が宿っているようにも感じられた。


 ◆


 今日はずっと待ち望んだ日。

 あれから時は流れ、早いものでここへ戻ってもう二年。

 長かったけれど、ついにこの日が来た。

 ――そう、ノワールが解放される日である。

 昨日はコルテッタと約束して食事していたのだけれど、その時から明日が楽しみでにやにやしてしまっていた。コルテッタから「本当に嬉しそうですね」と言われるほどに。恥ずかしいことだ、でも隠せなかった。嬉しさや楽しい気持ちを隠すのはなかなか難しい。なんせ、感情が何度も何度も湧いてきてしまうから。

 それから少しは寝たけれど、やはりまた早めに起きてしまって。

 でも眠くはない!
 そんなことは一切ない!

 だって、嬉しさばかりだもの。


 ◆


「お疲れ様でした、二年間」

 男性隊員はそう言って軽く頭を下げた。

「……ソレア、ずっと待たせてごめん」
「いいえ、いいのよ」

 抱擁を交わし、互いを見つめる。

「……ただいま」
「お帰りなさい、ノワール」

 これでノワールは晴れて自由の身となる。

 二年間は凄く長かった。でも、それでも、ずっとこの日を信じてきた。いつかはまた自由に飛び立てる、その希望を胸に置いて、いつも共に歩んできた。

 私はここに毎日通うのは楽しかった。
 けれど、この場所に来ることがなくなるのは少し寂しい気もする。

 ただ、それでもやはり、彼が自由になれるのは何より嬉しいことだ。

 これでもう研究や実験という名目でノワールが苦しむことはない――ゼツボーノの闇は消えないにしても。
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