上 下
39 / 62

episode.38 誰もが前へ進んでゆくのだから

しおりを挟む
 これは討伐隊のある人から聞いた情報だが。

 ノワールは意識は戻ったようだがまだ魔の者の姿のままらしい。というのも、人の姿に戻ることができないようなのだそう。何度か試してみたそうだが人間のノワールには戻れないらしい。また、吸い込む能力も消失したかもしれないという話だ。

 彼はまだしばらく療養が必要らしい。

 討伐隊としては、ある程度状態が回復してから次の話を進めたいという意向のようで――そのおかげで現時点ではノワールはまだ休息させてもらえているみたいだ。

 北の街に被害を出した彼が何のお咎めもなく解放してもらえるとは思えない。
 が、ゼツボーノを吸い込み一つの絶望を終わらせたのもまた彼だ。
 その辺りを考慮した比較的軽い対応になると良いのだが。
 彼があの時ゼツボーノを吸い込まなければ、きっと今頃もっと大きな被害が出ていただろう。ゼツボーノは容赦ない、人を滅ぼすところまでやるだろう。そうなれば、死者の数だってもっと多かっただろう。何なら残酷な死に方をさせられる人が大量発生した可能性だってあるくらいである。

 そういう意味では、ノワールは人々の役に立ったはずなのだ。

 一方ルナはというと、魔の者のサンプルとして討伐隊のもとにしばらく置かれることとなったそうだ。
 まだ世界のどこかに残っているであろう魔の者が現れた時に対処する、という役割も持たされているのだとか。

 ちなみに、私は、退院と同時に解放された。

 見上げた空は突き抜けるように青くて。
 降り注ぐ日射しに、ほぼ無意識で目を細めてしまう。

 ……これで終わったのだろうか?

 ゼツボーノの野望は潰えた。

 ……いいえ、これは始まり。

 私も、人も、街も――未来へと進んでゆく。

 取り敢えず、ノワールに会いたい。そして改めて話がしたい。たとえ完全な自由は得られずとも少し話すくらいならできるかもしれない、そう思って、私は彼が収容されている場所へと向かうことにした。


 ◆


 魔の者収容施設。

「ちょっと! 離しなさいよ! 部屋に入れて!」
「ま、ま、待ってくださいっ。ルナさんっ、駄目です今は」

 比較的静かな施設の中に、騒いでいる男女が一組。

 対照的な色みの服をまとった二人――ルナとコルトだ。

 ルナはノワールが置かれている部屋に入りたい。しかし勝手に入室するのは許されることではなくて。規則に違反した行動をしようとしているルナを懸命に止めているのがコルトである。コルトはルナの胴に両腕を回して必死に抑えようとしている、しかしそれで諦めるルナではない。そんなこともあって、二人して騒ぐこととなってしまっているのだ。

「どうして!? 部屋に入るくらいいいじゃない、離しなさいよ!!」
「駄目なんですってーっ!!」
「何でよ!」
「いやだから何回も言いましたよね!? 勝手に出入りできない部屋なんですっ」

 そこへ通りかかった男性隊員は「コルト何やってんだ?」と不思議そうな顔をする。それに対しコルトは「この人が入れろってしつこくて!」と返した。すると通りすがりの彼は呆れたように笑って「そうかよ、お疲れ」とだけ返し、加勢せず通過していった。

「アタシはノワ様に会いたいだけよ!」

 ルナはついにコルトを振り払った。

「待って待って待って!」

 振り払われたコルトは慌てて追おうとしたが追いつくより先にルナがスライド式の銀の扉を開けてしまう。

 そこそこ広い部屋で、中央に、魔の者姿のままのノワールが台に寝かされていた。

「ノワ様ぁ~!」

 ルナは喜びの色を滲ませながら駆け寄る。

「……ルナ」

 ノワールは部屋に入ってきた者を捉えたようで小さく名を呼んだ。

「ノワ様、良かった、ご無事で――って、その胸もとは!?」

 ルナはその時になって気づいたのだった、ノワールの胸もとが一部黒に蝕まれていることに。

「……何かさ、多分、ゼツボーノ吸ったから」
「どういうことなの!?」
「分かんない……ケド、何か……気持ち悪いんだよね……」
「そんな! 吐き出すのよ、今すぐ!」
「ううん……駄目だよ、そんなことできない……」

 ルナは切なげに唇を結ぶ。

「……でも、いいや。これでいい……これで、ソレアは、救われるしね」

 ノワールは仰向けにベッドに寝たまま首を僅かに捻り頭部をルナがいる右側へ傾けた。

「……けど、終わっちゃったな」

 呟くノワールは寂しげな空気をまとっていた。

 ゴーグル部分があるためその瞳は見えない。
 けれどもそれでも分かるくらい寂しそうだった。

「ソレア……元気にしてるかな……」

 その時。
 ごろりと音を立てて扉が開いた。

 現れたのは、収容施設内にて働く五十代くらいの男性だ。

「コルト、何をしている」

 本来その部屋にいないはずだったコルトがいることに驚いて、男性は低めの声を出した。

「あっ。もっ、申し訳ありませんっ、ルナさんを制止しきれずっ」
「ああそういうことか」

 慌てて何度も頭を下げるコルト。しかし男性は彼を責めることはしなかった。むしろ、事情を聞いて納得した、というような顔をしていた。

「ノワール・サン・ヴェルジェよ、ソレアさんが来ている」

 男性が言えば、ソレアが恐る恐る部屋に入ってきて。

「え……」
「ノワール、久しぶり」

 ソレアが軽く手を振れば、ノワールは顔面を硬直させた。

「ど、どうして……? ソレアが、ここに……?」
「会いに来たのよ、貴方に」
「ちょ……き、気まずいんだけど……ボク、まだ、人間の姿に戻れてなくて……」

 らしくなく狼狽えるノワール。

 そんな彼の右手の部分に触れるソレア。

「また会えて良かった!」

 ソレアはそう言って笑う。
 けれどもノワールはまだ緊迫しているような面持ちでいる。

「……どうして」
「何かしら」
「どうして……キミは、そんなに……」
「ノワール?」
「平気……なの? こんな、姿……見せられて……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

失格令嬢は冷徹陛下のお気に入り

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
男爵家令嬢セリーヌは、若き皇帝ジェイラスの夜伽相手として、彼の閨に送り込まれることになった。本来なら数多の美姫を侍らせていておかしくない男だが、ちっとも女性を傍に寄せつけないのだという。貴族令嬢としての学びを一部放棄し、田舎でタヌキと戯れていた女など、お呼びではないはずだ。皇帝が自分を求めるはずなどないと思ったし、彼も次々に言い放つ。 『ありえない』『趣味じゃない』 だから、セリーヌは翌日に心から思った。陛下はうそつきだ、と。 ※全16話となります。

処理中です...