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episode.25 マザー・コ・マモルン
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あれからしばらくは穏やかな日々だった。
あのままずっとアオイの宿に泊まっているが、特別これといって事件が起きるわけでもなく、平凡な日ばかりが連なって。悲しいことも辛いことも忘れてしまえそうなくらい日常は穏やかそのもので。まるで大人しい春が訪れたかのようだった。
ただ、少し変化もあった。
「ソレア、体調大丈夫?」
「ええ、もう泣いたりしないわ」
あれ以降、ノワールは少し優しくなった。
以前はそっけないような振る舞いをすることも多かったけれど、ここ最近は比較的素直に優しさを見せてくれている。
「ならいいけど……無理しないでよ?」
「もう平気!」
思う存分泣いたから、もう歩き出せる。
辛いことも、悲しいことも、人はいつか受け入れるものだ。
だが、その日の夕暮れ時、思ってもみなかった出来事に遭遇することとなるのだった――この時はまだ知らなかったけれど。
◆
日が傾き始めた頃、何やら外が騒がしくて。
珍しいことなので不思議に思って窓から外の様子を見ると、地面には人々が集まっていて、空の向こうからは何かが近づいてきているようだった。
ほのかに光る大きな何か、それは明らかにこちらへ向かってきているようで。
赤と青、二色だ。
もしかしたら二体なのかもしれない。
「ノワール、ルナさん、あれって……」
振り返って伝えようとした時には既にルナは私のすぐ後ろにまで来ていた。
「見てるわよ、もう。間違いないわ、あれは敵ね」
「やっぱり……」
「魔の者でしょう、あのサイズは」
ルナは腕組みしたまま淡々と述べる。
「狙いはノワ様かしら、あるいは……」
そこで言葉を止め、彼女はこちらへ視線を向けてくる。
「私?」
「その可能性もあるわ」
ちょうどそのタイミングで、直前まで椅子に座っていたノワールが立ち上がる。
「倒してくる」
彼はそれだけ言って勝手に部屋から出ていってしまった。
相変わらず自由だなぁ……、って、呑気にそんなことを思っている場合じゃない!
「アタシも行ってくるわ、ノワ様も一人になんてできないもの」
「私も……!」
「アンタはそこにいればいいじゃない、どうせ戦えないんだから」
こう言われてしまってはさすがにそれ以上行きたいとは言えない。
足手まといなことは分かりきっている。それなのに一緒に行きたいなんて言えるわけがない。お出掛けではないのだから。そんな無駄なことをするくらいなら、この部屋で待っている方がましだろう。
取り敢えず窓から様子だけ確認しておこう。
そんなやり取りをしているうちに、既に地域の魔の者討伐隊が到着していた。そしてそこにノワールとルナも加わる――もっとも、二人が魔の者であるということは明らかにはなっていないのだが。
やがて、二色の光が接近してきた。
「魔の者が接近! 放て!」
号令で放たれる対魔の者用の巨大弾丸。
花火を打ち上げるかのような音が響く。
――だが、接近してきていた二体の魔の者は器用に宙を舞って弾丸を回避した。
そのままスピードをあげて急接近。
薙ぎ払うようにして討伐隊が所持している兵器たちを一気に蹴散らした。
きゃあ、と、複数の悲鳴が重なる。
しかしその時にはノワールとルナは飛び上がっていて。
「ノワ様!」
「分かってるって」
ノワールはアイスピック風武器で青い魔の者を切り裂き、ルナは赤い魔の者を蹴り落とした。
ほぼ同時のタイミングで、二体の魔の者の動きが一時停止する。
しかし、刹那、赤い方が急に飛び上がり――私が待機していた宿の客室に突っ込んできた。鋭い突進で窓ガラスが粉々になる。視界には砕けたガラスしか入らない、それ以外のものはまともに見えない。
「……ァ、以外……皆コロス」
酒で荒れた喉で発する女声のようなものが聞こえたと思ったら、赤い魔の者が目の前にどんと姿を現していて。
「ソレア……ヨカッタ、イキテイテ……」
「どうして私の名を」
「ズットアイタカッタ、ソレア……マザー・コ・マモルン、ヨ……」
「何なんですか!?」
赤い魔の者はこちらをじっと見つめているような――そんな気がした。
私を殺すことが目的ではない様子だ。
けれども味方にしては既に豪快にやらかしている。
「コッチヘキテ……マタ一緒ニクラシマショウ……」
「私貴女のこと知らないです!」
「ソンナヒドイ……何ヲイイダスノ……」
「何者なんですか!?」
「イッタデショウ、マザー・コ・マモルン……ソレア貴女トマタ一緒ニクラシタイ、ソレダケ……」
言葉の途中で、魔の者は「べぶぢっ」とおかしな声をこぼした。それは背後から攻撃を受けて出てしまった声だったよう。というのも、ちょうどその時真後ろからノワールによる蹴りが入っていたのである。ノワールはそのままこちらへ駆けてくる。
「大丈夫?」
「怪我してないわ」
「運がいいね」
「……何が幸か不幸かもうよく分からないわ」
これ以上客室に被害を出したくはないのだけれど、そういうわけにもいかないかもしれない。
後でひたすら謝るしかない。
「ソレアニチカヅクナ……穢ラワシイ怪物……」
赤い魔の者はノワールに怒っているようだ。
炎が燃えるように、全身が揺らいでいる。
「ブーメランなんだけど」
魔の者の赤い光に照らされて、ノワールのグリーンまでも赤らんで見える。
「滅茶苦茶しておいてよくそんなこと言えるね」
「ハナレロ……ハナレナサイヨ……ソレアノ視界ニハイルナ……穢ラワシイッ!!」
赤い魔の者――マザー・コ・マモルンは、全身から無数の細い触手を伸ばしてそれらでノワールに襲いかかる。
しかしノワールは武器ですべて切り落とした。
あのままずっとアオイの宿に泊まっているが、特別これといって事件が起きるわけでもなく、平凡な日ばかりが連なって。悲しいことも辛いことも忘れてしまえそうなくらい日常は穏やかそのもので。まるで大人しい春が訪れたかのようだった。
ただ、少し変化もあった。
「ソレア、体調大丈夫?」
「ええ、もう泣いたりしないわ」
あれ以降、ノワールは少し優しくなった。
以前はそっけないような振る舞いをすることも多かったけれど、ここ最近は比較的素直に優しさを見せてくれている。
「ならいいけど……無理しないでよ?」
「もう平気!」
思う存分泣いたから、もう歩き出せる。
辛いことも、悲しいことも、人はいつか受け入れるものだ。
だが、その日の夕暮れ時、思ってもみなかった出来事に遭遇することとなるのだった――この時はまだ知らなかったけれど。
◆
日が傾き始めた頃、何やら外が騒がしくて。
珍しいことなので不思議に思って窓から外の様子を見ると、地面には人々が集まっていて、空の向こうからは何かが近づいてきているようだった。
ほのかに光る大きな何か、それは明らかにこちらへ向かってきているようで。
赤と青、二色だ。
もしかしたら二体なのかもしれない。
「ノワール、ルナさん、あれって……」
振り返って伝えようとした時には既にルナは私のすぐ後ろにまで来ていた。
「見てるわよ、もう。間違いないわ、あれは敵ね」
「やっぱり……」
「魔の者でしょう、あのサイズは」
ルナは腕組みしたまま淡々と述べる。
「狙いはノワ様かしら、あるいは……」
そこで言葉を止め、彼女はこちらへ視線を向けてくる。
「私?」
「その可能性もあるわ」
ちょうどそのタイミングで、直前まで椅子に座っていたノワールが立ち上がる。
「倒してくる」
彼はそれだけ言って勝手に部屋から出ていってしまった。
相変わらず自由だなぁ……、って、呑気にそんなことを思っている場合じゃない!
「アタシも行ってくるわ、ノワ様も一人になんてできないもの」
「私も……!」
「アンタはそこにいればいいじゃない、どうせ戦えないんだから」
こう言われてしまってはさすがにそれ以上行きたいとは言えない。
足手まといなことは分かりきっている。それなのに一緒に行きたいなんて言えるわけがない。お出掛けではないのだから。そんな無駄なことをするくらいなら、この部屋で待っている方がましだろう。
取り敢えず窓から様子だけ確認しておこう。
そんなやり取りをしているうちに、既に地域の魔の者討伐隊が到着していた。そしてそこにノワールとルナも加わる――もっとも、二人が魔の者であるということは明らかにはなっていないのだが。
やがて、二色の光が接近してきた。
「魔の者が接近! 放て!」
号令で放たれる対魔の者用の巨大弾丸。
花火を打ち上げるかのような音が響く。
――だが、接近してきていた二体の魔の者は器用に宙を舞って弾丸を回避した。
そのままスピードをあげて急接近。
薙ぎ払うようにして討伐隊が所持している兵器たちを一気に蹴散らした。
きゃあ、と、複数の悲鳴が重なる。
しかしその時にはノワールとルナは飛び上がっていて。
「ノワ様!」
「分かってるって」
ノワールはアイスピック風武器で青い魔の者を切り裂き、ルナは赤い魔の者を蹴り落とした。
ほぼ同時のタイミングで、二体の魔の者の動きが一時停止する。
しかし、刹那、赤い方が急に飛び上がり――私が待機していた宿の客室に突っ込んできた。鋭い突進で窓ガラスが粉々になる。視界には砕けたガラスしか入らない、それ以外のものはまともに見えない。
「……ァ、以外……皆コロス」
酒で荒れた喉で発する女声のようなものが聞こえたと思ったら、赤い魔の者が目の前にどんと姿を現していて。
「ソレア……ヨカッタ、イキテイテ……」
「どうして私の名を」
「ズットアイタカッタ、ソレア……マザー・コ・マモルン、ヨ……」
「何なんですか!?」
赤い魔の者はこちらをじっと見つめているような――そんな気がした。
私を殺すことが目的ではない様子だ。
けれども味方にしては既に豪快にやらかしている。
「コッチヘキテ……マタ一緒ニクラシマショウ……」
「私貴女のこと知らないです!」
「ソンナヒドイ……何ヲイイダスノ……」
「何者なんですか!?」
「イッタデショウ、マザー・コ・マモルン……ソレア貴女トマタ一緒ニクラシタイ、ソレダケ……」
言葉の途中で、魔の者は「べぶぢっ」とおかしな声をこぼした。それは背後から攻撃を受けて出てしまった声だったよう。というのも、ちょうどその時真後ろからノワールによる蹴りが入っていたのである。ノワールはそのままこちらへ駆けてくる。
「大丈夫?」
「怪我してないわ」
「運がいいね」
「……何が幸か不幸かもうよく分からないわ」
これ以上客室に被害を出したくはないのだけれど、そういうわけにもいかないかもしれない。
後でひたすら謝るしかない。
「ソレアニチカヅクナ……穢ラワシイ怪物……」
赤い魔の者はノワールに怒っているようだ。
炎が燃えるように、全身が揺らいでいる。
「ブーメランなんだけど」
魔の者の赤い光に照らされて、ノワールのグリーンまでも赤らんで見える。
「滅茶苦茶しておいてよくそんなこと言えるね」
「ハナレロ……ハナレナサイヨ……ソレアノ視界ニハイルナ……穢ラワシイッ!!」
赤い魔の者――マザー・コ・マモルンは、全身から無数の細い触手を伸ばしてそれらでノワールに襲いかかる。
しかしノワールは武器ですべて切り落とした。
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