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episode.16 あの部屋に別れを告げて
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朝が来た。
ここを出る準備は既にできている。
一人でならできないことも、数人でならできる。
案外そういうもので。
ノワールとルナの協力もあって荷物をまとめることができた。
荷物、といっても、その量はそれほど多くない。
だから問題なし! だ。
大家さんに軽く挨拶をして、住み慣れたあの部屋に別れを告げた。
それにしても、目立つ。この三人で歩いているとどうしても目立ってしまう。道行く人が、皆、面白いくらいこちらを見るのだ。ここまでの視線を感じることというのは滅多にない。
少しでも荷物を減らそうと思い、パープルのもこもこケープの下に半透明なこれまたパープル系カラーのきれがついている上着のようなものを着用してみたのだけれど――これも変に目立ってしまう原因の一つとなってしまっているのかもしれない。
「で、ソレア、どこ行くんだっけ?」
「取り敢えず北へ行こうかと」
ノワールは荷物の入った鞄を二つ持ってくれている。女性とさほど変わらない身長ではあるのだが、それでもさすがに力持ちだ。大きめの鞄をすっと持ち上げられるくらいの力はある。
「……はぁ、もしかして親のところに行く話?」
「ええ! その第一歩!」
「ヤダなぁ……」
「まずは旅の練習をしようと思って」
「旅、か……ま、それ自体は悪くはないかもね」
旅に関しては案外乗り気そうなノワールだった。
そこへ、ルナが割り込んでくる。
「ちょーっとぉ! 近すぎ!」
ノワールに近い右側の肩をルナは反対方向へぐいぐい押してくる。
「ノワ様にそんな近づくんじゃないわよ」
「ルナ、いいから」
「んもぉ~! ノワ様ったらぁ、どうしてそんなこと言うんですかぁ~!? 近づく虫を追い払いたいだけなのにぃ~!」
ルナはいつもこんな感じだ。日頃は何にも臆さない凛々しくて勇ましい女性タイプなのに、ノワールに対してだけ時折ぶりっこ風の喋り方になる。とはいえ、普段と明らかにキャラが異なるので、慣れればもはや演技としか思えないのだが。ノワールも恐らくそのように捉えているのだろう、ぶりっこ風な喋り方にいちいち突っ込むようなことはしない。
「……べつにソレアは虫じゃないでしょ」
「距離感はちゃんとしてもらわないとぉ~、無礼ですぅ!」
ルナはいつの間にかちゃっかり私とノワールの間に入ってきている。
ちなみに彼女はお菓子の袋だけは持ってくれている。ノワールがそうするよう言ったのだ。ノワールに言われれば彼女はすぐに従った。
街の外れから馬車に乗り、移動。
第一の目的地は北の街。
そこまでならそう遠くはないし、宿も多い地域なので、第一の目的地としてそこを選んだ。
「これが馬車……結構揺れるね」
「ノワ様をおんぶしてアタシが走る方が速いに決まってますわぁ~!」
ノワールも、ルナも、馬車というものに乗るのは初めてのようだった。
二人ともどことなく楽しそう。
でもそうであってくれる方がありがたい。
迷惑をかけてしまっているという申し訳なさが少し薄れるから。
◆
北の街へは五時間ほどで到着した。
馬車を降りると想像していたより冷たい風が吹いていた。まるで山から駆け下りてくるような、そんな風だ。その風を浴びると自然と毛穴が増えるようなそんな感覚に襲われる。
「寒っ」
思わずこぼしてしまって。
「キミ薄着だから」
ノワールに冷めた顔で言われてしまった。
「アタシは寒くないわよ!」
「ルナさん強いですね」
「アンタに褒められても嬉しくないわ」
「ええ……」
ケープをまとっていても、それでも、ここでは寒さを感じずにはいられない。今まで暮らしていた街とはまったく違う気温だ。ここで快適に暮らしたいなら多分もう少し厚い服を着なくてはならないのだろう。
取り敢えず屋内へ移動したい。
そうしなければ冷えきってしまいそうだ。
こんな状態では、風邪を引くのも時間の問題だろう。
「で、ソレア。どこ行く?」
ノワールは大きな鞄を抱えたまま尋ねてくる。
「……もしかして、特に行くあてはないとか……じゃ、ないよね?」
「ええ、そうなの」
「そっか――って、ええっ!? ホントに言ってる!?」
「そうなの。でも宿はあるわ、きっと」
「……頼りないなぁ」
本当に、これといった計画なんて立てていないのだ。
だって急だったし。
細かいところまで計画を立てる時間の余裕なんてなかったし。
……自分でも馬鹿だと思うけれど。
ひとまず案内所のようなところへ行くことにした。
そこは街の案内所。
この地区に関する紹介文が書かれた看板が入り口に立てかけられた、木造一階建ての建物だ。
スライドの式の扉を横向きに開ける。
軋むような音がしたけれど、鍵はかかっておらず、すんなり中へ入ることができた。
入ってすぐ、正面には、受付カウンターが設けられている。けれどもその場所に誰かが待機しているわけではなくて。せっかく受付カウンターは設置されているというのに、残念ながら人はいなかった。
ただ、建物の中に入ったことで、風の冷たさからは逃れることができた。
ルナは辺りを見回しながら「誰もいないわねぇ」などと言っていたのだが――数秒が経った頃、急に右側の物陰から「……ぁ」と可愛らしい小さな声がぽろりとこぼれたのが耳に入る。
そちらへ視線を向けると、三段に積んだ状態で放置された木箱の陰から何者かが覗いてきていることに気づいた。
それは少女の姿をしていた。
少し黄緑がかった色の肌。真っ直ぐに上から下へと伸びた黒髪、そして、前髪も顔の右半分を隠すほどに伸びている。唯一露出している左目は暗い藍色で、その一番奥には微かに光が宿っているようにも見える。
「……ぉ、きゃく……さん……?」
どうやら木箱の向こう側に座っていたようだ。
黄色いリボンが留め具となっている厚めの生地のケープは僅かに黄色っぽい静かな茶色で防寒具として優秀そう。その下には淡い紫色に染められた長袖の服とケープと同色のストライプロングスカートを着用している。
そして、手にはミトンをはめていて、足にはスリッパのような靴を履いていた――それらはすべて灰色だ。
ここを出る準備は既にできている。
一人でならできないことも、数人でならできる。
案外そういうもので。
ノワールとルナの協力もあって荷物をまとめることができた。
荷物、といっても、その量はそれほど多くない。
だから問題なし! だ。
大家さんに軽く挨拶をして、住み慣れたあの部屋に別れを告げた。
それにしても、目立つ。この三人で歩いているとどうしても目立ってしまう。道行く人が、皆、面白いくらいこちらを見るのだ。ここまでの視線を感じることというのは滅多にない。
少しでも荷物を減らそうと思い、パープルのもこもこケープの下に半透明なこれまたパープル系カラーのきれがついている上着のようなものを着用してみたのだけれど――これも変に目立ってしまう原因の一つとなってしまっているのかもしれない。
「で、ソレア、どこ行くんだっけ?」
「取り敢えず北へ行こうかと」
ノワールは荷物の入った鞄を二つ持ってくれている。女性とさほど変わらない身長ではあるのだが、それでもさすがに力持ちだ。大きめの鞄をすっと持ち上げられるくらいの力はある。
「……はぁ、もしかして親のところに行く話?」
「ええ! その第一歩!」
「ヤダなぁ……」
「まずは旅の練習をしようと思って」
「旅、か……ま、それ自体は悪くはないかもね」
旅に関しては案外乗り気そうなノワールだった。
そこへ、ルナが割り込んでくる。
「ちょーっとぉ! 近すぎ!」
ノワールに近い右側の肩をルナは反対方向へぐいぐい押してくる。
「ノワ様にそんな近づくんじゃないわよ」
「ルナ、いいから」
「んもぉ~! ノワ様ったらぁ、どうしてそんなこと言うんですかぁ~!? 近づく虫を追い払いたいだけなのにぃ~!」
ルナはいつもこんな感じだ。日頃は何にも臆さない凛々しくて勇ましい女性タイプなのに、ノワールに対してだけ時折ぶりっこ風の喋り方になる。とはいえ、普段と明らかにキャラが異なるので、慣れればもはや演技としか思えないのだが。ノワールも恐らくそのように捉えているのだろう、ぶりっこ風な喋り方にいちいち突っ込むようなことはしない。
「……べつにソレアは虫じゃないでしょ」
「距離感はちゃんとしてもらわないとぉ~、無礼ですぅ!」
ルナはいつの間にかちゃっかり私とノワールの間に入ってきている。
ちなみに彼女はお菓子の袋だけは持ってくれている。ノワールがそうするよう言ったのだ。ノワールに言われれば彼女はすぐに従った。
街の外れから馬車に乗り、移動。
第一の目的地は北の街。
そこまでならそう遠くはないし、宿も多い地域なので、第一の目的地としてそこを選んだ。
「これが馬車……結構揺れるね」
「ノワ様をおんぶしてアタシが走る方が速いに決まってますわぁ~!」
ノワールも、ルナも、馬車というものに乗るのは初めてのようだった。
二人ともどことなく楽しそう。
でもそうであってくれる方がありがたい。
迷惑をかけてしまっているという申し訳なさが少し薄れるから。
◆
北の街へは五時間ほどで到着した。
馬車を降りると想像していたより冷たい風が吹いていた。まるで山から駆け下りてくるような、そんな風だ。その風を浴びると自然と毛穴が増えるようなそんな感覚に襲われる。
「寒っ」
思わずこぼしてしまって。
「キミ薄着だから」
ノワールに冷めた顔で言われてしまった。
「アタシは寒くないわよ!」
「ルナさん強いですね」
「アンタに褒められても嬉しくないわ」
「ええ……」
ケープをまとっていても、それでも、ここでは寒さを感じずにはいられない。今まで暮らしていた街とはまったく違う気温だ。ここで快適に暮らしたいなら多分もう少し厚い服を着なくてはならないのだろう。
取り敢えず屋内へ移動したい。
そうしなければ冷えきってしまいそうだ。
こんな状態では、風邪を引くのも時間の問題だろう。
「で、ソレア。どこ行く?」
ノワールは大きな鞄を抱えたまま尋ねてくる。
「……もしかして、特に行くあてはないとか……じゃ、ないよね?」
「ええ、そうなの」
「そっか――って、ええっ!? ホントに言ってる!?」
「そうなの。でも宿はあるわ、きっと」
「……頼りないなぁ」
本当に、これといった計画なんて立てていないのだ。
だって急だったし。
細かいところまで計画を立てる時間の余裕なんてなかったし。
……自分でも馬鹿だと思うけれど。
ひとまず案内所のようなところへ行くことにした。
そこは街の案内所。
この地区に関する紹介文が書かれた看板が入り口に立てかけられた、木造一階建ての建物だ。
スライドの式の扉を横向きに開ける。
軋むような音がしたけれど、鍵はかかっておらず、すんなり中へ入ることができた。
入ってすぐ、正面には、受付カウンターが設けられている。けれどもその場所に誰かが待機しているわけではなくて。せっかく受付カウンターは設置されているというのに、残念ながら人はいなかった。
ただ、建物の中に入ったことで、風の冷たさからは逃れることができた。
ルナは辺りを見回しながら「誰もいないわねぇ」などと言っていたのだが――数秒が経った頃、急に右側の物陰から「……ぁ」と可愛らしい小さな声がぽろりとこぼれたのが耳に入る。
そちらへ視線を向けると、三段に積んだ状態で放置された木箱の陰から何者かが覗いてきていることに気づいた。
それは少女の姿をしていた。
少し黄緑がかった色の肌。真っ直ぐに上から下へと伸びた黒髪、そして、前髪も顔の右半分を隠すほどに伸びている。唯一露出している左目は暗い藍色で、その一番奥には微かに光が宿っているようにも見える。
「……ぉ、きゃく……さん……?」
どうやら木箱の向こう側に座っていたようだ。
黄色いリボンが留め具となっている厚めの生地のケープは僅かに黄色っぽい静かな茶色で防寒具として優秀そう。その下には淡い紫色に染められた長袖の服とケープと同色のストライプロングスカートを着用している。
そして、手にはミトンをはめていて、足にはスリッパのような靴を履いていた――それらはすべて灰色だ。
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