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50.ついに卒業式!

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 ガーベラ学院の卒業式は、敷地内のホールにて執り行われる。

 保護者の参加はなし、全クラス合同、教師の参加はあり——といったところだ。

 このイベントは、ほぼすべての生徒にとって、初めて経験する特別なイベントである。その中でも、卒業式自体経験したことがないフレアにとっては、なおさら特別なイベントだ。

 まず、クラスごとに一列になって、ホール内へ入場する。
 ちなみに担任は自身のクラスの列の先頭。

 入場を済ませた生徒たちは、皆がホール内に入ったことを確認してから、前もって用意されていた簡易椅子に腰掛ける。

 剣術だけといったような限られた教科を指導する教師は、既に教師たちの席に着席している。入場を終えた担任は、後から、そこに合流する。

「……何だか、ドキドキしてくるわね」

 着席後、フレアは小声で近くのハインに話しかける。
 日頃は四六時中水着本を熟読しているハインだが、今日は珍しく手ぶらだ。

「うむ」

 話しかけてきたフレアに、ハインは短く返す。
 もちろん、周囲にはほぼ聞こえないような小さな声で。

「ハインも卒業するのは初めてなのでしょう?」

 フレアは気が散っている。一番前の舞台のようになっているところに立ったタルタルが卒業祝いの言葉を述べているが、そわそわしてしまって、こんな時に限って黙っていられない状態になってしまっている。

「ここの学院は、であるが」

 ハインは体と顔を真っ直ぐ正面に向けたまま、小声でフレアに言葉を返す。

「……他の学校は卒業したことがあるの?」
「当然のこと。誰もが、卒業式など、幾度も経験するもの」

 それを聞いて、フレアはハッとした。
 誰もが己と同じ初めての卒業ではないのだと、その時になってようやく気づいたのだ。

 フレアにとっては、これが初めての卒業式。けれども、皆にとってはそうではない。これはあくまで、ガーベラ学院の卒業式。ここでの卒業式という意味では初めてのことでも、卒業式単体で数えるならこれは初めてではないのだ。

 タルタルの卒業祝いの言葉、その次は、クラス代表が述べる感謝の言葉だった。

 花組の代表として言葉を述べるのは、アダルベルト。

 アダルベルトが述べる感謝の言葉を聞きながら、フレアは、代表を決めた日のことをふと思い出す。

 花組内で「誰を代表にする?」という話になった時、一番に挙げられたのはフレアだった。王女でありこの国をいずれ統べる者、ということで、彼女が推薦されたのだ。

 その意見に賛同する者は少なくなかった。
 親友のミルフィは当然のこと、カステラやハインなども、その案に迷いなく賛成してくれていたのだ。

 けれど、フレアはそれを断った。

 王女だから。特別な存在だから。そんな理由で代表になるのは、フレアは嫌だったのだ。

 その後、話し合いをした結果、アダルベルトを代表とすることに決まる。
 声が大きく聞き取りやすいから、といういう理由には、多くの生徒が納得しているようだった。

「今まで! お世話に! なりました!」

 感謝の言葉は意外に長い。一つ一つ大切に言わなくてはならないこともあり、比較的スムーズに進んだとしても五分くらいはある。それだけの文章を暗記せねばならないので、代表はかなり大変だ。

 アダルベルトも、上手く覚えられなくて、結構苦労していた。

「我々は、この学院で学んだことを、忘れず、これからも生きていきます!」

 フレアは若干心配していた。
 アダルベルトは文章をすべて暗記できたのだろうか、と。

 だがそれは無駄な心配だったようだ——アダルベルトは文章をきちんと記憶して言葉を述べている。

「温かい仲間、温かい先生方、その他多くの方にも、感謝をして歩むことを誓います!」

 ガーベラ学院には、クラスが三つしかない。だがそれでも、感謝の言葉のコーナーは非常に時間がかかった。一つのクラスが五分以上あるから、席に座って聞いていると、物凄く長いように感じてくる。

 フレアは何とか眠くならずに済んだが、中には居眠りしかけている生徒もいた。

 ——そこそこ時間が経ち、感謝の言葉が終わる。

 長い長い修行のような時間は終わった。けれども卒業式はまだ終わらない。否、まだ始まったばかりだ。

 すぐに次の卒業証書を受け取るコーナーが始まる。

 卒業証書を受け取るコーナーは、これまでと違って、わりと動きが感じられるコーナーだ。というのも、生徒が一人ずつ立って、前へ行くのである。そして、学院の長であるタルタルから卒業の証となる紙を受け取るのだ。

 つまり、ここは、卒業式のクライマックスと言っても過言ではない場面。
 それが済めば終了が見えてくる。


 卒業式終了後。
 花組の教室へ一旦戻ったフレアたち。

「これで、これで……もうぅ……お別れなんですねー……」

 式の最中は静かにじっとしていたカステラが、教室に戻るなり目に涙を浮かべた。

「カステラちゃんったら、大袈裟よ? そんな泣くことないじゃなーい」
「で、でもっ……うぅ……」

 ミルフィはカステラの涙を止めようとする。けれど、言葉をかけるくらいでは、カステラの涙は止まらない。
 そんな彼女を目にしていたら、フレアも段々寂しくなって、泣きそうになってきた。目頭が熱くなってくる。卒業を喜ぶべき時に涙するわけにはいかないと、フレアは懸命に涙を堪えた。

「落ち着いてちょうだい? カステラちゃん。死別するわけじゃないのよ?」
「そ、そう……ですよね……うぅっ……でも、で、でもぉ……」

 カステラは涙しながらミルフィに縋りつく。
 そんな彼女を、ミルフィはそっと抱き締めた。

「大丈夫。いつでも会えるわ」
「は、はいぃー……」

 二人の間に入りたい——少しそんなことを思ったのは、フレアだけの秘密。

「フレア王女! 少し構わないかな?」

 抱き締め合うミルフィとカステラを眺めていたフレアに、アダルベルトがハキハキした調子で声をかけた。

「あ。アダルベルト。えぇ、構わないわよ。何か用事?」
「一年間ありがとう! 世話になったね!」
「……それが用事?」
「あ、あぁ。そうだが。……何かおかしかっただろうか」
「ううん! おかしくない! 仲良くしてくれてありがと」

 ガーベラ学院花組で過ごす最後の時間。
 それはフレアにとって、とても幸せなものだった。
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