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5話「よければまた」

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「今日は楽しかったです、新鮮な経験でした」

 喫茶店を出る頃には日も暮れて、空は暗くなりつつあった。

「私も楽しかったです」
「あの……」
「何でしょう?」
「よければまたお会いしませんか」

 彼の口から出てきたのは意外な言葉だった。

 また、なんて、そんな風に誘ってくるような人だとは思っていなかった。それだけに驚きだ。彼にそんな積極性があったなんて。
 加えて、もう一度と思うほど楽しんでくれたのだと分かり、とても嬉しかった。

「そうですね」
「あ、嫌ならそう言ってください。気を遣う必要はありませんので」
「いえ、嫌とかそんなのはありません」
「本当ですか?」
「はい。私、ウェネスさんのこと嫌いじゃありませんから。……あ、変な意味じゃないですよ? でも、とても楽しかったので。ウェネスさんさえよければ、ぜひまたお会いしましょう」

 それに、私は彼に凄く救われている。

 恩返しをしたい、そんな気持ちになるほどに。

「オレッタさんはこれから? 家へ帰られるのですか」
「いえ、どこか宿泊所にでも泊まります」
「そうですか、実家へは戻られないのですね」
「はい。……話した通り親と過ごすのは気まずいので。しばらくは自力で何とかしようかと考えています」

 言えば、ウェネスは少し何か考えるような顔をしたけれど。

「分かりました。どうかお気をつけて」

 数秒の間の後、唇に薄い笑みを滲ませてそう言ってくれた。


 ◆


 あれから数日、今日はウェネスと会う予定の日だ。

 城を追い出されてもう何日も経った。
 宿泊所での一人での暮らしにも段々慣れてきている。

 前に彼と会った時は前もって準備してではなかったのでそれほど綺麗にはできなかったけれど、今日は違う。前もって決めていた日だから、姿を磨いて合いに行くことができる。

 ……自分でも呆れる、張り切り過ぎていて。

 でもそれでも、会う人に美しい姿を見てほしいというのは素直な気持ちではないだろうか。

 髪は丁寧に整え軽くではあるが化粧もして、服も動きづらくならない程度に可愛らしいものを選んで――そんな風に見た目に磨きをかけてから約束の場所へと向かう。

「オレッタさん!」
「あ、おはようございます」

 私が待ち合わせ場所へ到着した時、彼はもう既にそこに着いていた。

 手を振ってくれる彼は以前の彼より明るい表情。

 強めの日射しを浴びて、暗い色の髪も艶を増している。

「ウェネスさん、早いですね」
「早く着き過ぎてしまいました……」
「さすがです」
「さすがって……どういうことですかそれ」
「変な意味じゃないですよ?」
「なら良かった」

 照れたように笑う彼はどことなく子どものような可愛らしさを感じさせる。

「行きましょうか」

 そう言って差し出された手を、私はそっと握った。

「といいましても僕には知識があまりないのですが……」
「今日はどこへ行くのですか?」
「ええと、実は一応ちょっと気になっている喫茶店が」
「へえ! 素敵ですね、連れていってください。知らない店というのもわくわくするものですね!」

 それから私たちは喫茶店に入って軽食を取りつつお茶を楽しんだ。

「ありがとうございました~!」

 店員に見送られ店を出る。
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