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第九十九回 見舞い(3)
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モチルンが見舞いの品を置いて出ていってから数分。用事か何かで出ていっていた母親が、病室へ戻ってきた。
「戻ったわよ」
「おかえり」
母親は片手にペットボトルのジュースを持っている。オレンジというロゴが描かれたペットボトルだ。
部屋に入ってきた母親は、ベッドの近くにあるテーブルの上に大量の餅が置いてあるのを見るや否や、驚きの声をあげる。
「何このお餅!」
驚くのも無理はない。大量の餅が置かれているのをいきなり発見してしまったのだから、驚かない方がおかしいくらいだ。
「今さっきモチルンさんって人がお見舞いに来てくれたんだ」
僕は説明する。
「相談室のお客さんの怪人なんだけど、急にやって来てさ。大量の餅を置いて、帰っていったよ」
「ふぅん……そうなの……」
母親は、よく分からない、というような顔のままだ。
「モチルンさんの母星から貰ってきたもち米で作った餅らしいよ」
「母星!?」
「うん、そう言ってた」
「へぇ……。それは珍しいお餅ね……」
母親は控えめに返してくる。
理解しようとすることを止めたような口調だった。
本当ならもっときちんと説明するべきだったのだろうが、モチルンの母星に関することは、正直僕もよく知らない。だから、先ほど話した以上の説明はできなかったのである。
「それにしても、怪人もお見舞いなんてするのね……」
それは頷ける。同感だ。
「そうそう。いきなり来たから、僕もびっくりした」
「連絡もなしに来るところが画期的ね」
「うん。でも嬉しいよ」
「そうね。前までの手間弥だったら、お見舞いなんて誰も来なかったはずだものね」
うっ……。
間違ってはいないが、こうもはっきり言われてしまうと辛いところがある。せめてもう少し、ぼかしたような、曖昧な言い方にできなかったのだろうか。
「……それは言わないでほしかったな」
「事実でしょ!」
「……うん。それはそうだけどさ……」
僕はそこで黙る。
それ以上は言えなかった。
「ま、良かったわね! お見舞いに来てもらえるような人になれて!」
「うん、そう思う」
過去の僕がぱっとしなかったことは確か。お見舞いに来てくれそうな友人知人がいなかったことも真実で。
だけどそれは、今の僕ではない。
過去の僕は過去の僕、今の僕は今の僕。どちらも僕ではあるが、同じではない。過去の僕は、今や記憶。ただの思い出に過ぎない。
もう変わったのだ。
だから、過去の僕の残念さに落ち込む必要なんて微塵もない。
すべて笑い飛ばしてしまえばいい、それだけのこと。
「しっかしこのお餅、どうすべきなのかしらねー」
母親は唐突に話題を変えてくる。
「さすがに多いかな……」
「食べきるまでに絶対カビが生えるわ」
「怖! カビ怖!」
カビが生えた餅を、僕は見たことがない。それゆえ、話ではよく聞くものの、餅にカビが生えている状態をイメージすることはできない。
……そもそもイメージしてみたくないが。
「近所の人に配ってみようかしらー?」
地球外産のもち米でできた餅を近所の人に配るとは、なかなか勇気がある。
「戻ったわよ」
「おかえり」
母親は片手にペットボトルのジュースを持っている。オレンジというロゴが描かれたペットボトルだ。
部屋に入ってきた母親は、ベッドの近くにあるテーブルの上に大量の餅が置いてあるのを見るや否や、驚きの声をあげる。
「何このお餅!」
驚くのも無理はない。大量の餅が置かれているのをいきなり発見してしまったのだから、驚かない方がおかしいくらいだ。
「今さっきモチルンさんって人がお見舞いに来てくれたんだ」
僕は説明する。
「相談室のお客さんの怪人なんだけど、急にやって来てさ。大量の餅を置いて、帰っていったよ」
「ふぅん……そうなの……」
母親は、よく分からない、というような顔のままだ。
「モチルンさんの母星から貰ってきたもち米で作った餅らしいよ」
「母星!?」
「うん、そう言ってた」
「へぇ……。それは珍しいお餅ね……」
母親は控えめに返してくる。
理解しようとすることを止めたような口調だった。
本当ならもっときちんと説明するべきだったのだろうが、モチルンの母星に関することは、正直僕もよく知らない。だから、先ほど話した以上の説明はできなかったのである。
「それにしても、怪人もお見舞いなんてするのね……」
それは頷ける。同感だ。
「そうそう。いきなり来たから、僕もびっくりした」
「連絡もなしに来るところが画期的ね」
「うん。でも嬉しいよ」
「そうね。前までの手間弥だったら、お見舞いなんて誰も来なかったはずだものね」
うっ……。
間違ってはいないが、こうもはっきり言われてしまうと辛いところがある。せめてもう少し、ぼかしたような、曖昧な言い方にできなかったのだろうか。
「……それは言わないでほしかったな」
「事実でしょ!」
「……うん。それはそうだけどさ……」
僕はそこで黙る。
それ以上は言えなかった。
「ま、良かったわね! お見舞いに来てもらえるような人になれて!」
「うん、そう思う」
過去の僕がぱっとしなかったことは確か。お見舞いに来てくれそうな友人知人がいなかったことも真実で。
だけどそれは、今の僕ではない。
過去の僕は過去の僕、今の僕は今の僕。どちらも僕ではあるが、同じではない。過去の僕は、今や記憶。ただの思い出に過ぎない。
もう変わったのだ。
だから、過去の僕の残念さに落ち込む必要なんて微塵もない。
すべて笑い飛ばしてしまえばいい、それだけのこと。
「しっかしこのお餅、どうすべきなのかしらねー」
母親は唐突に話題を変えてくる。
「さすがに多いかな……」
「食べきるまでに絶対カビが生えるわ」
「怖! カビ怖!」
カビが生えた餅を、僕は見たことがない。それゆえ、話ではよく聞くものの、餅にカビが生えている状態をイメージすることはできない。
……そもそもイメージしてみたくないが。
「近所の人に配ってみようかしらー?」
地球外産のもち米でできた餅を近所の人に配るとは、なかなか勇気がある。
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