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第九十一回 早めの春風?
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「お疲れ様っ」
シュダルクの対応を終え、窓の外を眺めながら少し休憩していると、由紀が突然、背後から労いの言葉をかけてきた。
「あっ。由紀さん」
「何してるの?」
そう尋ねながら、由紀は微かに首を傾げる。すると、長くはない髪がさらりと揺れる。それはまるで、春風に吹かれるカーテンのよう。
……もっとも、まだ「春風」なんて言葉が似合う季節ではないが。
「あ、いえ。特に何かしていたわけでは。ただ、少しぼんやりしてしまっていただけです」
「ふぅん。そうだったんだ」
「はい……すみません」
申し訳ない気分になり、軽く謝る。
すると由紀は、首を左右に振った。
「謝らなくていいよ」
そう言って、彼女は笑う。
なんて心地よい笑顔なのだろう。
彼女の笑みは、春の幕開けを告げているかのような幸せな雰囲気を、ほんのりと漂わせている。雪が溶け、新芽が姿を現す——そんな季節を思わせるような、穏やかな笑い方。僕には到底真似できそうにない。
「ところで、ちょっと話したいことがあるんだけど」
唐突に言われ、脈が速まる。
悪いことだったらどうしよう、と考えてしまったのだ。
こんなところでマイナス思考が頭を出してくるとは、実に情けない。そう思いはする。だが、僕はそういう質たちなのだ。質というのは、そう簡単に変えられるものではない。
「……クビですか?」
恐る恐る発する。
すると由紀は笑った。
「まさか! そんなわけないでしょ!」
「そう……ですか?」
「うん! いきなりクビとか言わないから!」
それを聞き、僕は胸を撫で下ろす。
「良かった……」
半ば無意識のうちに、そう漏らしてしまっていた。
情けない? その通り。だが、僕が情けないのは、今に始まったことではない。かっこ悪い? その通り。だが、それもずっと昔から。かっこ良かった時代なんて、僕にはない。
「それで、お話は何でしたっけ」
「うん。お誘いって感じなんだけどね」
「お誘い、ですか?」
正直、お誘いには良い思い出がない。というのも、僕が誘ってもらえた時というのは、必ず何か裏があるものだったのだ。大概、誘いに乗ると恥ずかしい思いをするというパターンだった。
ただ、今日の相手は由紀。
だから話は別だ。
彼女が僕に恥ずかしい思いをさせようとするなんて、そんなことはないだろう。
「クリスマス遊びに行かない?」
「えっ!!」
想定の範囲を豪快に飛び越えるお誘いに、僕は顎が外れそうになった。
否、衝撃を受けたのは顎のみではない。歯や頭蓋骨にまで、びぃんと響くような感覚は伝わってきた。頭蓋骨にまで衝撃が響いてきたのは、由紀の誘いに脳が衝撃を受けたため……かもしれない。
「無理そう?」
「あ、いえ……で、でも……」
「何?」
「由紀さんは良いんですか、僕とで……」
恋愛だとか、恋人だとか、そういう意味で誘われているわけではないということは分かっている。
色々なところが残念な僕とて、そこまで大それた誤解はしない。
由紀は友達と遊ぶような感覚で誘ってくれているのだと、そこはしっかり理解しているつもりだ。
だが、それでも、平静を保ってはいられなくて。
「え? どういう意味?」
「せっかくのクリスマスを僕なんかと過ごしたら、残念なクリスマスになってしまうのではないかと思って……」
僕が最後まで発するより先に、由紀は放つ。
「そんなことないよ!」
はっきりとした言い方。
「安心して。残念なクリスマスになんてならないから」
由紀に迷いはないようだった。
「それで、どう? 岩山手くんが嫌なら無理にとは言わないけど」
「あ、はい……では……よろしくお願いします」
クリスマスはいつも家だった。家族で地味にチキンを食べたりケーキを食べたりするだけで、外へ行って誰かと盛り上がるなんてことはなかった。
もっとも、控えめなクリスマスであることに不満を抱いたことはなかったけれど。
シュダルクの対応を終え、窓の外を眺めながら少し休憩していると、由紀が突然、背後から労いの言葉をかけてきた。
「あっ。由紀さん」
「何してるの?」
そう尋ねながら、由紀は微かに首を傾げる。すると、長くはない髪がさらりと揺れる。それはまるで、春風に吹かれるカーテンのよう。
……もっとも、まだ「春風」なんて言葉が似合う季節ではないが。
「あ、いえ。特に何かしていたわけでは。ただ、少しぼんやりしてしまっていただけです」
「ふぅん。そうだったんだ」
「はい……すみません」
申し訳ない気分になり、軽く謝る。
すると由紀は、首を左右に振った。
「謝らなくていいよ」
そう言って、彼女は笑う。
なんて心地よい笑顔なのだろう。
彼女の笑みは、春の幕開けを告げているかのような幸せな雰囲気を、ほんのりと漂わせている。雪が溶け、新芽が姿を現す——そんな季節を思わせるような、穏やかな笑い方。僕には到底真似できそうにない。
「ところで、ちょっと話したいことがあるんだけど」
唐突に言われ、脈が速まる。
悪いことだったらどうしよう、と考えてしまったのだ。
こんなところでマイナス思考が頭を出してくるとは、実に情けない。そう思いはする。だが、僕はそういう質たちなのだ。質というのは、そう簡単に変えられるものではない。
「……クビですか?」
恐る恐る発する。
すると由紀は笑った。
「まさか! そんなわけないでしょ!」
「そう……ですか?」
「うん! いきなりクビとか言わないから!」
それを聞き、僕は胸を撫で下ろす。
「良かった……」
半ば無意識のうちに、そう漏らしてしまっていた。
情けない? その通り。だが、僕が情けないのは、今に始まったことではない。かっこ悪い? その通り。だが、それもずっと昔から。かっこ良かった時代なんて、僕にはない。
「それで、お話は何でしたっけ」
「うん。お誘いって感じなんだけどね」
「お誘い、ですか?」
正直、お誘いには良い思い出がない。というのも、僕が誘ってもらえた時というのは、必ず何か裏があるものだったのだ。大概、誘いに乗ると恥ずかしい思いをするというパターンだった。
ただ、今日の相手は由紀。
だから話は別だ。
彼女が僕に恥ずかしい思いをさせようとするなんて、そんなことはないだろう。
「クリスマス遊びに行かない?」
「えっ!!」
想定の範囲を豪快に飛び越えるお誘いに、僕は顎が外れそうになった。
否、衝撃を受けたのは顎のみではない。歯や頭蓋骨にまで、びぃんと響くような感覚は伝わってきた。頭蓋骨にまで衝撃が響いてきたのは、由紀の誘いに脳が衝撃を受けたため……かもしれない。
「無理そう?」
「あ、いえ……で、でも……」
「何?」
「由紀さんは良いんですか、僕とで……」
恋愛だとか、恋人だとか、そういう意味で誘われているわけではないということは分かっている。
色々なところが残念な僕とて、そこまで大それた誤解はしない。
由紀は友達と遊ぶような感覚で誘ってくれているのだと、そこはしっかり理解しているつもりだ。
だが、それでも、平静を保ってはいられなくて。
「え? どういう意味?」
「せっかくのクリスマスを僕なんかと過ごしたら、残念なクリスマスになってしまうのではないかと思って……」
僕が最後まで発するより先に、由紀は放つ。
「そんなことないよ!」
はっきりとした言い方。
「安心して。残念なクリスマスになんてならないから」
由紀に迷いはないようだった。
「それで、どう? 岩山手くんが嫌なら無理にとは言わないけど」
「あ、はい……では……よろしくお願いします」
クリスマスはいつも家だった。家族で地味にチキンを食べたりケーキを食べたりするだけで、外へ行って誰かと盛り上がるなんてことはなかった。
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