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第八十八回 シュダルク(1)
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今日は少しばかり暖かい。
無論、空気が冷たいことに変わりはないが。
ただ、ここのところずっと血まで凍りついてしまいそうな寒さだったため、少し温度が上がっただけでかなり暖かくなったように感じられたのである。
そんな日。
お悩み相談室には、今日も、悩みを抱えた怪人がやって来る。
「やぁ、失礼するよ」
「こんにちは」
「予約していた時間に少し遅れたようだ。すまないね」
「いえいえ」
キザな口調が目立つ彼は、ミステリアスな容姿をしていた。
被っているのは、頭と同じくらいの大きさはある赤薔薇があしらわれた黒い二角帽子。
顔の下半分は銀色のマスクのようなもので隠されており、ミステリアスな雰囲気を漂わせている。また、目は露わになっていて、瞳が青く発光しているところが印象的だ。
服は黒いタキシード。長く伸びたその裾には、赤薔薇の模様が描かれている。
デザインが妙に凝っていることを考えると、もしかしたら特注品なのかもしれない。
そんな高級感溢れるタキシードの袖から出ている手は、左右で形が違っている。
右手は、甲まで革製の黒っぽい手甲を装着しているが、普通の手。僕なんかとたいして変わらない、五本指の手になっている。
一方、左手は、それとはまったく異なった形だ。マスクと同じ銀色で、剣のような形なのである。剣の先のように、鋭い輝きを放っている。
「わたしはシュダルク。今日はよろしく頼むよ」
やはり、喋り方が独特だ。
「岩山手と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ふむ、岩山手くんと言うのだね」
「はい。では、そちらの椅子にお座り下さい」
「ありがとう。失礼するよ」
シュダルクは仰々しく一礼し、流れるような動きで椅子に腰掛けた。そして、さりげなく脚を組む。
「それで、相談内容は何でしょうか?」
早速質問してみた。
すると彼は、静かな声で返してくる。
「実は、我が妻が浮気をしているようでね」
いきなりの重苦しい発言。
戸惑わざるを得ない。
「先日、我が妻が他の男——しかも人間の男と歩いているところを、偶然見かけてしまってね」
「凄い偶然ですね」
「そうだろう? わたしもそう思う。神とはなんて残酷なのかと、そう思って夜も眠れない」
恋愛経験は皆無な僕だが、妻が他の男と歩いているところを見かけてしまってショックを受けているというのは、分からないことはない。が、夜も眠れないは言い過ぎではないだろうか。いや、しかし、それが事実という可能性もある。だから、あっさり言い過ぎと一蹴するのも、問題だろう。
「えっと、奥さんは怪人の方……なのですよね?」
「いや違う」
「え!?」
「人間だよ。正真正銘の、ね」
怪人であるシュダルクの妻なら、彼女もまた怪人なのだろう。そう思っていただけに、人間だという答えにはかなり驚いてしまった。
「綾香あやかという名でね。とても魅力的な女性なのだよ。まずは、わたしと彼女の馴れ初めを——」
「あ。それは結構です」
馴れ初めから聞いていては長くなってしまいそうなので、きっぱりと断っておく。
「そ、そうかね。分かった」
シュダルクは案外あっさりと引いた。
自己主張の強そうな彼のことだから、もっと必死に馴れ初めを語ろうとしてくるかと思っていた。それだけに、彼があっさりと引いたのは意外だ。
「本題に戻りますが……奥さんはその時偶々男の人と歩いていたという可能性はないのですか?」
男女で歩いていたから浮気していると判断するのは、早計ではないだろうか。
「綾香はそんなことをする女性ではないよ。これまでだって、そんなことは一度もなかった」
「職場の人という可能性は……?」
「ないね。彼女の職場は女性ばかりなのだよ。男性は社長だけだと聞いている」
無論、空気が冷たいことに変わりはないが。
ただ、ここのところずっと血まで凍りついてしまいそうな寒さだったため、少し温度が上がっただけでかなり暖かくなったように感じられたのである。
そんな日。
お悩み相談室には、今日も、悩みを抱えた怪人がやって来る。
「やぁ、失礼するよ」
「こんにちは」
「予約していた時間に少し遅れたようだ。すまないね」
「いえいえ」
キザな口調が目立つ彼は、ミステリアスな容姿をしていた。
被っているのは、頭と同じくらいの大きさはある赤薔薇があしらわれた黒い二角帽子。
顔の下半分は銀色のマスクのようなもので隠されており、ミステリアスな雰囲気を漂わせている。また、目は露わになっていて、瞳が青く発光しているところが印象的だ。
服は黒いタキシード。長く伸びたその裾には、赤薔薇の模様が描かれている。
デザインが妙に凝っていることを考えると、もしかしたら特注品なのかもしれない。
そんな高級感溢れるタキシードの袖から出ている手は、左右で形が違っている。
右手は、甲まで革製の黒っぽい手甲を装着しているが、普通の手。僕なんかとたいして変わらない、五本指の手になっている。
一方、左手は、それとはまったく異なった形だ。マスクと同じ銀色で、剣のような形なのである。剣の先のように、鋭い輝きを放っている。
「わたしはシュダルク。今日はよろしく頼むよ」
やはり、喋り方が独特だ。
「岩山手と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ふむ、岩山手くんと言うのだね」
「はい。では、そちらの椅子にお座り下さい」
「ありがとう。失礼するよ」
シュダルクは仰々しく一礼し、流れるような動きで椅子に腰掛けた。そして、さりげなく脚を組む。
「それで、相談内容は何でしょうか?」
早速質問してみた。
すると彼は、静かな声で返してくる。
「実は、我が妻が浮気をしているようでね」
いきなりの重苦しい発言。
戸惑わざるを得ない。
「先日、我が妻が他の男——しかも人間の男と歩いているところを、偶然見かけてしまってね」
「凄い偶然ですね」
「そうだろう? わたしもそう思う。神とはなんて残酷なのかと、そう思って夜も眠れない」
恋愛経験は皆無な僕だが、妻が他の男と歩いているところを見かけてしまってショックを受けているというのは、分からないことはない。が、夜も眠れないは言い過ぎではないだろうか。いや、しかし、それが事実という可能性もある。だから、あっさり言い過ぎと一蹴するのも、問題だろう。
「えっと、奥さんは怪人の方……なのですよね?」
「いや違う」
「え!?」
「人間だよ。正真正銘の、ね」
怪人であるシュダルクの妻なら、彼女もまた怪人なのだろう。そう思っていただけに、人間だという答えにはかなり驚いてしまった。
「綾香あやかという名でね。とても魅力的な女性なのだよ。まずは、わたしと彼女の馴れ初めを——」
「あ。それは結構です」
馴れ初めから聞いていては長くなってしまいそうなので、きっぱりと断っておく。
「そ、そうかね。分かった」
シュダルクは案外あっさりと引いた。
自己主張の強そうな彼のことだから、もっと必死に馴れ初めを語ろうとしてくるかと思っていた。それだけに、彼があっさりと引いたのは意外だ。
「本題に戻りますが……奥さんはその時偶々男の人と歩いていたという可能性はないのですか?」
男女で歩いていたから浮気していると判断するのは、早計ではないだろうか。
「綾香はそんなことをする女性ではないよ。これまでだって、そんなことは一度もなかった」
「職場の人という可能性は……?」
「ないね。彼女の職場は女性ばかりなのだよ。男性は社長だけだと聞いている」
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