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第八十一回 電車に揺られ
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翌日、僕は由紀から、リッタータンの件に関する結果を聞いた。
ヒーローショーの運営側に「長すぎる台詞が多くて覚えづらい」といった趣旨のことを伝えたところ、台本を一部変更してもらえることになったらしい。
本番直前ゆえ台詞を変えるなんて無理だろうと思っていたが、そんなことはなかったようだ。
由紀の言い方が上手かったのか。
運営の思考が柔軟であったのか。
……いや。どちらも、か。
何にせよ、あのような非常に長ったらしくややこしい台詞が減ったということは、良かったことだ。これでリッタータンも、少しは楽になるだろう。
そうして、ヒーローショー公演初日はあっという間に訪れた。
僕は由紀と一緒に観に行くことになった。
一回目の公演は昼から。なので、午前中に事務所で待ち合わせをして、それから現地へ向かう。二人で最寄りの駅まで歩き、ホームの売店でおにぎりとお茶を一個ずつ買って、電車に乗り込んだ。
幸い空いている時間だっため、並んで席に座ることができた。
窓の外に広がる空は青く澄んで。太陽は車内に眩しいほどの光を注いでいる。
微かな揺れの中、僕は、僕が僕でないような感覚を覚える。
隣に美しい女性がいる。一人でない。
それは、僕にとっては、非常に不思議な感じがすることだった。
「ねぇ、岩山手くん」
「は、はいッ!?」
いきなり声をかけられた僕は、つい、妙に大きな声を発してしまう。それも裏返ったような声色だから、とても情けない。
「おにぎり、現地に着いたら食べる?」
「あ、はい……」
一瞬重要な話かと思ってしまったが、そんなことはなく。
ただの今後の予定だった。
「会場は飲食大丈夫なんでしたっけ……?」
「うん」
「じゃあ、そこへ着いてから食べましょうか」
「そうだね」
特別感なんてない、至って普通の会話。
でも、それでも、僕にとっては——。
揺られること十分、目的地の最寄り駅に着く。
ホームに降りると子ども連れがたくさんいた。両親と子ども、祖父母と両親と子ども、母親と子ども、など、いろんなパターンがある。が、子どもを連れているグループがかなり多かった。
夏休みだからだろうか?
「ここからどのくらいかかるんですか?」
「うーん、話によれば、徒歩で十分くらいかな」
「徒歩十分ですか……」
真夏の空の下を十分も歩くなんて、僕にとっては苦痛でしかない。
けれども、今日は別だ。
一人で歩くのは苦痛でしかないが、由紀と一緒に歩くのなら、もうそこには苦痛なんて存在しない。むしろ嬉しいくらいである。
「無理?」
「あ、いえ! そんなことはありません!」
「無理そうなら言ってね?」
「いえ。一人だったら厳しいかもしれませんが、二人なら大丈夫です」
すると由紀はにっこり笑う。
「そう。なら良かった」
屈託のない笑顔を向けられると、悩殺のうさつされそうになってしまう。
こんな僕は……少しおかしいのだろうか。
いや、そんなことはないはずだ。
確かに僕は女慣れしていないし、小さなことでも心を乱されやすいというところはある。が、異性から最上級の笑顔を向けられて心が乱れるのは、僕に限ったことではないだろう。逆に、今のような状況で平静を保っていられる者の方が珍しいと言えよう。
ヒーローショーの運営側に「長すぎる台詞が多くて覚えづらい」といった趣旨のことを伝えたところ、台本を一部変更してもらえることになったらしい。
本番直前ゆえ台詞を変えるなんて無理だろうと思っていたが、そんなことはなかったようだ。
由紀の言い方が上手かったのか。
運営の思考が柔軟であったのか。
……いや。どちらも、か。
何にせよ、あのような非常に長ったらしくややこしい台詞が減ったということは、良かったことだ。これでリッタータンも、少しは楽になるだろう。
そうして、ヒーローショー公演初日はあっという間に訪れた。
僕は由紀と一緒に観に行くことになった。
一回目の公演は昼から。なので、午前中に事務所で待ち合わせをして、それから現地へ向かう。二人で最寄りの駅まで歩き、ホームの売店でおにぎりとお茶を一個ずつ買って、電車に乗り込んだ。
幸い空いている時間だっため、並んで席に座ることができた。
窓の外に広がる空は青く澄んで。太陽は車内に眩しいほどの光を注いでいる。
微かな揺れの中、僕は、僕が僕でないような感覚を覚える。
隣に美しい女性がいる。一人でない。
それは、僕にとっては、非常に不思議な感じがすることだった。
「ねぇ、岩山手くん」
「は、はいッ!?」
いきなり声をかけられた僕は、つい、妙に大きな声を発してしまう。それも裏返ったような声色だから、とても情けない。
「おにぎり、現地に着いたら食べる?」
「あ、はい……」
一瞬重要な話かと思ってしまったが、そんなことはなく。
ただの今後の予定だった。
「会場は飲食大丈夫なんでしたっけ……?」
「うん」
「じゃあ、そこへ着いてから食べましょうか」
「そうだね」
特別感なんてない、至って普通の会話。
でも、それでも、僕にとっては——。
揺られること十分、目的地の最寄り駅に着く。
ホームに降りると子ども連れがたくさんいた。両親と子ども、祖父母と両親と子ども、母親と子ども、など、いろんなパターンがある。が、子どもを連れているグループがかなり多かった。
夏休みだからだろうか?
「ここからどのくらいかかるんですか?」
「うーん、話によれば、徒歩で十分くらいかな」
「徒歩十分ですか……」
真夏の空の下を十分も歩くなんて、僕にとっては苦痛でしかない。
けれども、今日は別だ。
一人で歩くのは苦痛でしかないが、由紀と一緒に歩くのなら、もうそこには苦痛なんて存在しない。むしろ嬉しいくらいである。
「無理?」
「あ、いえ! そんなことはありません!」
「無理そうなら言ってね?」
「いえ。一人だったら厳しいかもしれませんが、二人なら大丈夫です」
すると由紀はにっこり笑う。
「そう。なら良かった」
屈託のない笑顔を向けられると、悩殺のうさつされそうになってしまう。
こんな僕は……少しおかしいのだろうか。
いや、そんなことはないはずだ。
確かに僕は女慣れしていないし、小さなことでも心を乱されやすいというところはある。が、異性から最上級の笑顔を向けられて心が乱れるのは、僕に限ったことではないだろう。逆に、今のような状況で平静を保っていられる者の方が珍しいと言えよう。
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