悪の怪人☆お悩み相談室

四季

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第六十六回 ナヤ・ミオオ(3)

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 年老いた怪人ナヤの愚痴は終わらない。

「わしゃ悪いことはしとらん。ただ、甘やかされてきとる若造らを厳しく躾けとるだけじゃ。にもかかわらず! やつらはわしを『頑固ジジイ』などと呼んで馬鹿にしよる。許せんわ!」

 彼が放つ愚痴の嵐の中、僕はただひたすらに、時が経つのを待ち続けた。
 それしかできなかったのだ。

 何か言えば叱られる。そして、その内容を利用して執拗に嫌みを言われる。

 そんな状況下で僕にできることなんて、何もない。

「この前の飲み会の時も、わしだけ誘われんかった! やつら、わしを仲間外れにしよるんじゃ!」

 誘うと面倒臭いからではないだろうか——内心そう思ったが、口からは出さなかった。そんなことを言ったら、余計にややこしいことになるのが見えているからである。

 個室にナヤの愚痴だけが響く。

 いつまでも、いつまでも……。


 ついに終了の時刻が来た。
 僕は内心安堵しながら、勇気を出して口を開く。

「ナヤさん、お時間です」

 ようやく解放されるのだと思うと嬉しくて、つい言ってしまったのだ。

 それが間違いだった。
 ぶつくさ愚痴を言っていたナヤの表情が、一気に固くなる。

「……何じゃと?」

 元々シワの刻まれている眉間には、さらに無数のシワが寄る。目つきは険しくなり、口角は下がって。

 その表情は、まるで、急に絡んでくるちんぴらのよう。

「終了時間になりましたので、お知らせさせていた——」
「ふざけとるんやない!」
「え……」
「終了時間じゃとと? そんなもんは、あってないもんじゃろう!」

 ナヤは荒々しい声で発する。

「人生の先輩の話が聞けんのか! あり得ん! 礼儀がなさすぎじゃ!!」

 いや、そんなことを言われても。

 僕は彼の弟子ではないし、部下でもない。それに、彼を人生の先輩だと思ったこともない。慕うなんて、論外。

 ……もっとも、「こんな人にはならないようにしよう」とは決意したが。

「し、しかし……」
「愚痴はまだまだあるのじゃ!」
「時間が……」
「そんなのは、今気にするものではないじゃろう!」

 もう嫌だ。
 逃げ出したい。

 そう思った——ちょうどその時。

 部屋の扉が静かに開いて、顔面に笑顔の花を咲かせている由紀が入ってきた。

 その時ばかりは、由紀が女神様に見えた。

「失礼しますっ」

 ナヤは視線を由紀へ向ける。
 状況が飲み込めていないらしく、戸惑ったような顔をしている。

「安寧と申します。ここからは担当が変わりますので、よろしくお願いしますっ」

 由紀は太陽のような笑みを浮かべながら僕の方へと歩いてくる。そして、僕の肩にぽんと手を乗せると、「岩山手くん、出ていいよ」と言ってくれた。僕は「分かりました。ありがとうございます」と心からの感謝を述べ、席から立ち上がる。

「それでは、失礼します」

 ナヤに向かって一礼し、部屋を出た。

 ようやく解放!
 自由の身!

 部屋を出られたことが嬉しすぎて、僕は思わずステップを踏んでしまった。両足を交差させた状態で体を左右に揺すりながら、一人踊る。

 二十秒ほどそれを続け、ようやく正気に戻ってから、僕は安堵の溜め息をつく。

「助かったぁぁぁー……」
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