67 / 116
第六十六回 ナヤ・ミオオ(3)
しおりを挟む
年老いた怪人ナヤの愚痴は終わらない。
「わしゃ悪いことはしとらん。ただ、甘やかされてきとる若造らを厳しく躾けとるだけじゃ。にもかかわらず! やつらはわしを『頑固ジジイ』などと呼んで馬鹿にしよる。許せんわ!」
彼が放つ愚痴の嵐の中、僕はただひたすらに、時が経つのを待ち続けた。
それしかできなかったのだ。
何か言えば叱られる。そして、その内容を利用して執拗に嫌みを言われる。
そんな状況下で僕にできることなんて、何もない。
「この前の飲み会の時も、わしだけ誘われんかった! やつら、わしを仲間外れにしよるんじゃ!」
誘うと面倒臭いからではないだろうか——内心そう思ったが、口からは出さなかった。そんなことを言ったら、余計にややこしいことになるのが見えているからである。
個室にナヤの愚痴だけが響く。
いつまでも、いつまでも……。
ついに終了の時刻が来た。
僕は内心安堵しながら、勇気を出して口を開く。
「ナヤさん、お時間です」
ようやく解放されるのだと思うと嬉しくて、つい言ってしまったのだ。
それが間違いだった。
ぶつくさ愚痴を言っていたナヤの表情が、一気に固くなる。
「……何じゃと?」
元々シワの刻まれている眉間には、さらに無数のシワが寄る。目つきは険しくなり、口角は下がって。
その表情は、まるで、急に絡んでくるちんぴらのよう。
「終了時間になりましたので、お知らせさせていた——」
「ふざけとるんやない!」
「え……」
「終了時間じゃとと? そんなもんは、あってないもんじゃろう!」
ナヤは荒々しい声で発する。
「人生の先輩の話が聞けんのか! あり得ん! 礼儀がなさすぎじゃ!!」
いや、そんなことを言われても。
僕は彼の弟子ではないし、部下でもない。それに、彼を人生の先輩だと思ったこともない。慕うなんて、論外。
……もっとも、「こんな人にはならないようにしよう」とは決意したが。
「し、しかし……」
「愚痴はまだまだあるのじゃ!」
「時間が……」
「そんなのは、今気にするものではないじゃろう!」
もう嫌だ。
逃げ出したい。
そう思った——ちょうどその時。
部屋の扉が静かに開いて、顔面に笑顔の花を咲かせている由紀が入ってきた。
その時ばかりは、由紀が女神様に見えた。
「失礼しますっ」
ナヤは視線を由紀へ向ける。
状況が飲み込めていないらしく、戸惑ったような顔をしている。
「安寧と申します。ここからは担当が変わりますので、よろしくお願いしますっ」
由紀は太陽のような笑みを浮かべながら僕の方へと歩いてくる。そして、僕の肩にぽんと手を乗せると、「岩山手くん、出ていいよ」と言ってくれた。僕は「分かりました。ありがとうございます」と心からの感謝を述べ、席から立ち上がる。
「それでは、失礼します」
ナヤに向かって一礼し、部屋を出た。
ようやく解放!
自由の身!
部屋を出られたことが嬉しすぎて、僕は思わずステップを踏んでしまった。両足を交差させた状態で体を左右に揺すりながら、一人踊る。
二十秒ほどそれを続け、ようやく正気に戻ってから、僕は安堵の溜め息をつく。
「助かったぁぁぁー……」
「わしゃ悪いことはしとらん。ただ、甘やかされてきとる若造らを厳しく躾けとるだけじゃ。にもかかわらず! やつらはわしを『頑固ジジイ』などと呼んで馬鹿にしよる。許せんわ!」
彼が放つ愚痴の嵐の中、僕はただひたすらに、時が経つのを待ち続けた。
それしかできなかったのだ。
何か言えば叱られる。そして、その内容を利用して執拗に嫌みを言われる。
そんな状況下で僕にできることなんて、何もない。
「この前の飲み会の時も、わしだけ誘われんかった! やつら、わしを仲間外れにしよるんじゃ!」
誘うと面倒臭いからではないだろうか——内心そう思ったが、口からは出さなかった。そんなことを言ったら、余計にややこしいことになるのが見えているからである。
個室にナヤの愚痴だけが響く。
いつまでも、いつまでも……。
ついに終了の時刻が来た。
僕は内心安堵しながら、勇気を出して口を開く。
「ナヤさん、お時間です」
ようやく解放されるのだと思うと嬉しくて、つい言ってしまったのだ。
それが間違いだった。
ぶつくさ愚痴を言っていたナヤの表情が、一気に固くなる。
「……何じゃと?」
元々シワの刻まれている眉間には、さらに無数のシワが寄る。目つきは険しくなり、口角は下がって。
その表情は、まるで、急に絡んでくるちんぴらのよう。
「終了時間になりましたので、お知らせさせていた——」
「ふざけとるんやない!」
「え……」
「終了時間じゃとと? そんなもんは、あってないもんじゃろう!」
ナヤは荒々しい声で発する。
「人生の先輩の話が聞けんのか! あり得ん! 礼儀がなさすぎじゃ!!」
いや、そんなことを言われても。
僕は彼の弟子ではないし、部下でもない。それに、彼を人生の先輩だと思ったこともない。慕うなんて、論外。
……もっとも、「こんな人にはならないようにしよう」とは決意したが。
「し、しかし……」
「愚痴はまだまだあるのじゃ!」
「時間が……」
「そんなのは、今気にするものではないじゃろう!」
もう嫌だ。
逃げ出したい。
そう思った——ちょうどその時。
部屋の扉が静かに開いて、顔面に笑顔の花を咲かせている由紀が入ってきた。
その時ばかりは、由紀が女神様に見えた。
「失礼しますっ」
ナヤは視線を由紀へ向ける。
状況が飲み込めていないらしく、戸惑ったような顔をしている。
「安寧と申します。ここからは担当が変わりますので、よろしくお願いしますっ」
由紀は太陽のような笑みを浮かべながら僕の方へと歩いてくる。そして、僕の肩にぽんと手を乗せると、「岩山手くん、出ていいよ」と言ってくれた。僕は「分かりました。ありがとうございます」と心からの感謝を述べ、席から立ち上がる。
「それでは、失礼します」
ナヤに向かって一礼し、部屋を出た。
ようやく解放!
自由の身!
部屋を出られたことが嬉しすぎて、僕は思わずステップを踏んでしまった。両足を交差させた状態で体を左右に揺すりながら、一人踊る。
二十秒ほどそれを続け、ようやく正気に戻ってから、僕は安堵の溜め息をつく。
「助かったぁぁぁー……」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる