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第四十七回 ムクティ(2)
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僕はムクティを見つめながら、言葉が返ってくるのを待つ。しかし、一向に返ってきそうにない。椅子に座っているムクティは、微かに俯いたまま、まったく動かない。
「あの、ムクティさん……」
恐る恐る声をかけてみる。
しかし、やはり反応はない。
「ムクティさん?」
もう一度、声をかけてみる。
すると、ムクティは突如、目を大きく開いた。
「……はっ!」
驚いた時のように目をぱちぱちさせるムクティ。
「す、すみませんっ!」
ムクティは急に、はっきりとした声で謝罪。その声質は、今までとは大きく変わっている。別人のようである。
「……ムクティさん?」
「寝惚けていましたっ! すみません!」
えー……。
何と返せば良いのか分からない。
「寝不足でしたか」
「はいっ! すみませんっ!」
ムクティは張りのある声を発している。
先ほどまでの無口で大人しい彼は、もういない。
「悩みの相談、今からでも問題ないですかっ!?」
僕は「はい」と言いつつ、柔らかい表情を意識して頷く。
「では、よろしくお願いしますっ! ボクの悩み、聞いて下さいっ!」
「はい。何でも気楽に仰って下さい」
ようやくお悩み相談室らしい仕事ができそうだ。
一時間後。
ムクティへの対応がようやく終わった。
彼の悩みは「にんじんを食べられる方法を考えてほしい」というもので。相談自体はわりとすんなり終わった。
ーーが。
ただ、最初の彼がまったく話してくれない時間があったせいか、凄く長かったように感じた。
ムクティが帰っていったのを見届け、個室を出るなり、僕は「はぁー」と大きな溜め息をついてしまった。普通なら絶対つかないようなこんな大きな溜め息をついてしまったのは、緊張が一気に解けたせいである。
そんな僕に、由紀が声をかけてきた。
「お疲れ様!」
「あ、由紀さん」
彼女の笑顔はいつ見ても明るくて華やか。そして、真夏の太陽みたいに眩しい。
「ムクティさん、喜んでたよ。にんじん対策ができて良かったーって」
「本当ですか!」
「支払いの時、岩山手くんのこと褒めてたわ」
僕がしたことといったら、にんじんをいかにして食べられるようにするか、ということを考えただけ。しかも、結局たいしたことは考えられなかった。だから、正直あまり自信はなくて。
「丁寧な人だ、とも言ってたよ」
「本当ですか!」
半分お世辞かもしれないが、それでも、褒められて嬉しいことに変わりはない。むず痒さはあって、照れてしまうけれど、こんな風に言ってもらえたという事実は凄く嬉しくて。
「でも——ムクティさんがにんじん苦手だったなんて、何だか意外」
「ですね」
「岩山手くんは? にんじん苦手?」
由紀は唐突に尋ねてきた。
「いえ、特に苦手ということはありませんけど……」
「あたしは好き! にんじん焼きそば、にんじんケーキ、にんじん納豆!」
どうやら、彼女は、にんじんが好きだということを主張したかったようだ。その意図は掴めた。
しかし、にんじん納豆とは一体……?
「何ですか、にんじん納豆って」
「え? にんじん納豆はにんじん納豆だよ!」
わけが分からない。
「納豆とにんじんを混ぜたものですか?」
「ううん。キャロットソースをかける納豆だよっ」
「え! キャロットソース!?」
キャロットソース、ということは、恐らく、にんじんを使ったタレのようなものなのだろう。どのような味付けなのか気になるところである。が、口にする勇気は僕にはない。
「そうそう! キャロットソースね、にんじんの香りがして、美味しいの!」
由紀の味覚は少々独特のものがあるのかもしれない。
ふと、そんなことを考えた。
「あの、ムクティさん……」
恐る恐る声をかけてみる。
しかし、やはり反応はない。
「ムクティさん?」
もう一度、声をかけてみる。
すると、ムクティは突如、目を大きく開いた。
「……はっ!」
驚いた時のように目をぱちぱちさせるムクティ。
「す、すみませんっ!」
ムクティは急に、はっきりとした声で謝罪。その声質は、今までとは大きく変わっている。別人のようである。
「……ムクティさん?」
「寝惚けていましたっ! すみません!」
えー……。
何と返せば良いのか分からない。
「寝不足でしたか」
「はいっ! すみませんっ!」
ムクティは張りのある声を発している。
先ほどまでの無口で大人しい彼は、もういない。
「悩みの相談、今からでも問題ないですかっ!?」
僕は「はい」と言いつつ、柔らかい表情を意識して頷く。
「では、よろしくお願いしますっ! ボクの悩み、聞いて下さいっ!」
「はい。何でも気楽に仰って下さい」
ようやくお悩み相談室らしい仕事ができそうだ。
一時間後。
ムクティへの対応がようやく終わった。
彼の悩みは「にんじんを食べられる方法を考えてほしい」というもので。相談自体はわりとすんなり終わった。
ーーが。
ただ、最初の彼がまったく話してくれない時間があったせいか、凄く長かったように感じた。
ムクティが帰っていったのを見届け、個室を出るなり、僕は「はぁー」と大きな溜め息をついてしまった。普通なら絶対つかないようなこんな大きな溜め息をついてしまったのは、緊張が一気に解けたせいである。
そんな僕に、由紀が声をかけてきた。
「お疲れ様!」
「あ、由紀さん」
彼女の笑顔はいつ見ても明るくて華やか。そして、真夏の太陽みたいに眩しい。
「ムクティさん、喜んでたよ。にんじん対策ができて良かったーって」
「本当ですか!」
「支払いの時、岩山手くんのこと褒めてたわ」
僕がしたことといったら、にんじんをいかにして食べられるようにするか、ということを考えただけ。しかも、結局たいしたことは考えられなかった。だから、正直あまり自信はなくて。
「丁寧な人だ、とも言ってたよ」
「本当ですか!」
半分お世辞かもしれないが、それでも、褒められて嬉しいことに変わりはない。むず痒さはあって、照れてしまうけれど、こんな風に言ってもらえたという事実は凄く嬉しくて。
「でも——ムクティさんがにんじん苦手だったなんて、何だか意外」
「ですね」
「岩山手くんは? にんじん苦手?」
由紀は唐突に尋ねてきた。
「いえ、特に苦手ということはありませんけど……」
「あたしは好き! にんじん焼きそば、にんじんケーキ、にんじん納豆!」
どうやら、彼女は、にんじんが好きだということを主張したかったようだ。その意図は掴めた。
しかし、にんじん納豆とは一体……?
「何ですか、にんじん納豆って」
「え? にんじん納豆はにんじん納豆だよ!」
わけが分からない。
「納豆とにんじんを混ぜたものですか?」
「ううん。キャロットソースをかける納豆だよっ」
「え! キャロットソース!?」
キャロットソース、ということは、恐らく、にんじんを使ったタレのようなものなのだろう。どのような味付けなのか気になるところである。が、口にする勇気は僕にはない。
「そうそう! キャロットソースね、にんじんの香りがして、美味しいの!」
由紀の味覚は少々独特のものがあるのかもしれない。
ふと、そんなことを考えた。
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