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第四十六回 ムクティ(1)
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本格的に夏になってきた。
半袖でなくては、暑すぎて、外を歩くこともできない。そんな時期だ。
僕の苦手な季節が来てしまった。
けれど仕事はなくならない。
どんなに暑くても、嫌な季節でも、そんなことはまったく関係ない。決まっている日程に変更はなく、時間は何事もなかったかのように進んでいく。
しかし暑い。
数分でも外を歩くと、自然に「暑い」という言葉がこぼれてしまう。
それほどに暑い。
そんな夏のある日、『悪の怪人お悩み相談室』へやって来たのは、怪人とはとても思えないような非常に大人しい怪人だった。
「あ、こんにちは!」
「…………」
こちらから挨拶をしても返さないという恐るべき静かさを発揮しつつ個室へ入ってきた怪人は、狼を二足歩行に変えたアニメのキャラクターのような姿をしていた。
背は高い。手足はすっと伸びていて、体も引き締まっているように見えるから、体形的には女性に人気が出そうだ。
そんなかっこいい体形とは裏腹に——いや、そう言っては失礼かもしれないが、服装はかなり個性的である。
頭にはリンゴのような赤ベレー帽。着ているのは、右胸元に水着を着た女性のアニメキャラクターの柄がプリントされている、淡い紺色の浴衣。その裾からは、足首までの白いスパッツが覗いている。さらに、虹色の足袋を着用しており、靴は厚底のサンダルだ。ちなみに、サンダルだけは女性用のようで、さくらんぼの飾りがついたものである。
「予約して下さっていた、ムクティさんですよね?」
「…………」
「違いましたか?」
「……いえ」
二足歩行の狼のような姿の怪人——ムクティは、ほとんど言葉を発することがない。
これはもはや、大人しいなどという次元ではなく。言葉があまり分かっていないか、発声器官の不調か、といったところだろう。
「では、そちらの椅子にお座り下さい」
「…………」
ムクティは椅子に座った。
ということは、言葉が分からないということではなさそうだ。
「喉、痛めていらっしゃるのですか?」
「……いや、違う」
ムクティは初めて、三文字以上を続けて発した。
しかし謎だ。
言葉は理解できている。喉がどうということもなく、声を発することができないというわけでもない。
となると、何が彼をここまで無口にさせているのか。
「僕は岩山手と申します。よろしくお願いします」
またしても沈黙。
こんなにも言葉が返ってこないのは、これが初めてだ。
「では早速。ムクティさんの相談内容を、教えていただけますか?」
僕はそう問った。けれど何も返ってはこず。そこにあるのは、肌を刺すような静寂だけだ。何とか話してもらえるように進めたいところだが、僕にできるかどうか、少々不安である。
「……だん」
待つことしばらく、ムクティは小さく口を開いた。
が、まったく聞こえない。
「……そう、だ……ん……です、か?」
今度は何とか聞き取ることができた。
「はい。何か相談しようと考えて、来て下さったのですよね?」
「…………」
ここに来て、また沈黙。
「ムクティさん?」
半袖でなくては、暑すぎて、外を歩くこともできない。そんな時期だ。
僕の苦手な季節が来てしまった。
けれど仕事はなくならない。
どんなに暑くても、嫌な季節でも、そんなことはまったく関係ない。決まっている日程に変更はなく、時間は何事もなかったかのように進んでいく。
しかし暑い。
数分でも外を歩くと、自然に「暑い」という言葉がこぼれてしまう。
それほどに暑い。
そんな夏のある日、『悪の怪人お悩み相談室』へやって来たのは、怪人とはとても思えないような非常に大人しい怪人だった。
「あ、こんにちは!」
「…………」
こちらから挨拶をしても返さないという恐るべき静かさを発揮しつつ個室へ入ってきた怪人は、狼を二足歩行に変えたアニメのキャラクターのような姿をしていた。
背は高い。手足はすっと伸びていて、体も引き締まっているように見えるから、体形的には女性に人気が出そうだ。
そんなかっこいい体形とは裏腹に——いや、そう言っては失礼かもしれないが、服装はかなり個性的である。
頭にはリンゴのような赤ベレー帽。着ているのは、右胸元に水着を着た女性のアニメキャラクターの柄がプリントされている、淡い紺色の浴衣。その裾からは、足首までの白いスパッツが覗いている。さらに、虹色の足袋を着用しており、靴は厚底のサンダルだ。ちなみに、サンダルだけは女性用のようで、さくらんぼの飾りがついたものである。
「予約して下さっていた、ムクティさんですよね?」
「…………」
「違いましたか?」
「……いえ」
二足歩行の狼のような姿の怪人——ムクティは、ほとんど言葉を発することがない。
これはもはや、大人しいなどという次元ではなく。言葉があまり分かっていないか、発声器官の不調か、といったところだろう。
「では、そちらの椅子にお座り下さい」
「…………」
ムクティは椅子に座った。
ということは、言葉が分からないということではなさそうだ。
「喉、痛めていらっしゃるのですか?」
「……いや、違う」
ムクティは初めて、三文字以上を続けて発した。
しかし謎だ。
言葉は理解できている。喉がどうということもなく、声を発することができないというわけでもない。
となると、何が彼をここまで無口にさせているのか。
「僕は岩山手と申します。よろしくお願いします」
またしても沈黙。
こんなにも言葉が返ってこないのは、これが初めてだ。
「では早速。ムクティさんの相談内容を、教えていただけますか?」
僕はそう問った。けれど何も返ってはこず。そこにあるのは、肌を刺すような静寂だけだ。何とか話してもらえるように進めたいところだが、僕にできるかどうか、少々不安である。
「……だん」
待つことしばらく、ムクティは小さく口を開いた。
が、まったく聞こえない。
「……そう、だ……ん……です、か?」
今度は何とか聞き取ることができた。
「はい。何か相談しようと考えて、来て下さったのですよね?」
「…………」
ここに来て、また沈黙。
「ムクティさん?」
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