悪の怪人☆お悩み相談室

四季

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第四十五回 休息(3)

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 運動はできない。仕事には慣れていない。コミュニケーション能力も低め。どれも、自慢できることではない。人前で言うなんてことは極力避けたいところである。だが、由紀の前では素直でありたい。そんな思いがあるから、僕は言ったのだ。

「そうかな? それはさすがに謙遜しすぎじゃない?」

 由紀はそう言った。
 それに対し、僕は首を左右に振る。

「いえ、事実です」
「だとしても……岩山手くんの伸びはまだまだこれからじゃない?」
「いえ! もし仮にそうだとしても、今駄目駄目であることに変わりはありません!」

 駄目なところが多いというのは、誇っていいようなことではない。むしろ、恥じるべきことだろう。

 それは分かっているのだが。

「駄目駄目な僕に比べたら、由紀さんは凄い方です!」
「そ、そう……?」

 またしても、由紀を戸惑ったような顔にさせてしまった。

 もしかしたら、僕の発言は少しおかしいのかもしれない。自覚はないが、彼女の顔を見ていたらそんな風に思えてきて。

「取り敢えず、岩山手くん。お茶を飲むっていうのはどう?」
「……あ」

 言われてから、由紀が淹れてくれたハーブティーを放置してしまっていることに気がついた。僕は慌てて椅子に座る。

「そ、そうでした! すみません!」

 僕はティーカップに手を伸ばし、その縁を唇に当てる。

 ——あれ?

 液体が口に流れ込んでこない。

「岩山手くん、それね」
「……はい?」
「まだ、カップは空だけど」
「……え?」

 すぐにカップを覗き込む。
 確かに、そこには何も入っていなかった。

「空、ですね……」
「今から注ぐところよ」
「えぇ!? そうでしたっけ!?」

 もう一度見直してみるが、やはり、カップは空だった。液体は一滴も入っていない。

「そうそう」
「すっ、すみません! つい慌て……うわっ!」

 急いで謝ろうとあたふたしていると、椅子ごと後ろ向けに転んでしまった。

 ガタァンッ、と、乾いた音が響く。

「大丈夫!?」

 まさかの転倒には、由紀もかなり動揺しているようだ。

「は、はいぃ……」

 幸い頭を打つことはなく、肩周りや背中を少し打っただけで済んだ。それゆえ、深刻なダメージを受けるには至らなかった。

「怪我はない!?」
「……はい」

 僕は頷いた。

 怪我があるかと聞かれれば、「ない」と答えるだろう。

 ただ、痛くないことはなく。
 肩やら背中やらが、微妙にじんじんと痛む。

 そんな状態のせいでなかなか起き上がれないでいると、由紀が片手をすっと差し出してきた。

「起き上がれる?」
「え……」

 彼女が手を貸そうとしてくれる流れなど想定していなかったため、僕はすぐに反応できなかった。

「岩山手くん? 大丈夫?」

 由紀が上から覗き込んでくる。

「……あ、はい」
「ほら、起き上がって」

 差し出されている細い手を、僕は恐る恐る握る。

 その手は、細いにもかかわらず温かさがあって。ただ握るだけでも、ほっとできるようなものだった。

 そうして何とか起き上がることができた——が、恥ずかしくて、由紀に目を合わせることができない。

 せっかく二人でのんびりできる時間だったのに、こんなことになるなんて。
 自分の情けなさが悔しい。
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