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第三十七回 エルモソ(3)
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エルモソは椅子を引き、ゆっくりと立ち上がった。
太もものちょうど中央辺りまで伸びた黒いスカートがひらりと揺れる。その隙間からちらりと覗く脚は、黒いタイツを履いていたが、人間のそれとまったく変わらなかった。
「ありがとー。じゃあエルモソ、岩山手さんのアドバイス聞いて、ちょっと頑張ってみるっ」
開いた片手を顔の前に出し、手のひらを僕の方へ向けつつ、明るい声で言うエルモソ。
パンチのあるビジュアルが気にならない、可愛らしさだ。
「お力になれたなら良かったです……」
僕はエルモソを直視できず。
さりげなく、彼女から視線を逸らす。
だが、すぐにバレてしまった。
「えー? 岩山手さん、どうしてエルモソから目を離しちゃうのー?」
「……えっ」
「もしかして、エルモソのこと嫌いっ? えーん。エルモソ、悲しいー」
両手を目もとに当て、わざとらしく泣きそうなポーズをする。
「あっ、あ……あの、すみませんっ」
僕は慌てて謝った。
こんなことで慌てるなんて情けない。そう思われてしまうかもしれないが、僕は、経験の浅さゆえか慌てずにはいられなかったのである。
「岩山手さん酷ーい。エルモソ、泣いちゃいそーう」
「えっ!? あ、その、待って! 待って下さいっ!!」
途端に、軽やかな声になるエルモソ。
「うっそだよー!」
……騙された。
「えぇっ……」
「もー、岩山手さんったら本気にしすぎー」
エルモソはにこにこしている。
彼女には、恐らく、罪悪感なんて欠片もないのだろう。
「冗談冗談だよっ」
「なら良かったです……」
「冗談を本気にするとか、岩山手さん可愛すぎー」
今、正直、殴りかかりたい気分だ。
だができない。
怪人でも女性は女性。僕は男。男から女性に攻撃を仕掛けるなんて許されないことだから、実際に殴りかかりはしない。けれど、可能なら殴りかかりたいくらいの苛立ちだ。
そんな風に少々苛立っていると、エルモソが急にこちらへ歩み寄ってきた。
何だろう? と思っていると——抱き締められて。
「可愛いっ!」
「え、え、え……」
僕は言葉を失う。
何か返すべきなのだろうが、返す言葉が浮かばない。
「岩山手さん、今日は本当にありがとっ」
「え、あ……いえ」
「おかげで、エルモソ、何とか頑張れそうっ!」
力になれたのなら、それはとても喜ばしいことだ。
ただ、抱き締められるというのは複雑な心境である。
今もさほど変わってはいないが、僕はずっとぱっとしなかった。二十数年、華のない人生で。女性に抱き締められるなんてこともなくて。
だから、嬉しいはずなのだ。
初めて女性の温もりを感じられたのだから。
……けれど、今はあまり嬉しくない。
その理由は、彼女が怪人だからではない。
彼女の顔の尖ったくちばし状の部分が、肩に若干突き刺さるからである。
ということで。
僕の初めての抱き締められは、ほろ苦い記憶となった。
エルモソに悪気はないのだろうし、彼女の顔の構造上仕方のないことではあるのだが……少々残念だ。
太もものちょうど中央辺りまで伸びた黒いスカートがひらりと揺れる。その隙間からちらりと覗く脚は、黒いタイツを履いていたが、人間のそれとまったく変わらなかった。
「ありがとー。じゃあエルモソ、岩山手さんのアドバイス聞いて、ちょっと頑張ってみるっ」
開いた片手を顔の前に出し、手のひらを僕の方へ向けつつ、明るい声で言うエルモソ。
パンチのあるビジュアルが気にならない、可愛らしさだ。
「お力になれたなら良かったです……」
僕はエルモソを直視できず。
さりげなく、彼女から視線を逸らす。
だが、すぐにバレてしまった。
「えー? 岩山手さん、どうしてエルモソから目を離しちゃうのー?」
「……えっ」
「もしかして、エルモソのこと嫌いっ? えーん。エルモソ、悲しいー」
両手を目もとに当て、わざとらしく泣きそうなポーズをする。
「あっ、あ……あの、すみませんっ」
僕は慌てて謝った。
こんなことで慌てるなんて情けない。そう思われてしまうかもしれないが、僕は、経験の浅さゆえか慌てずにはいられなかったのである。
「岩山手さん酷ーい。エルモソ、泣いちゃいそーう」
「えっ!? あ、その、待って! 待って下さいっ!!」
途端に、軽やかな声になるエルモソ。
「うっそだよー!」
……騙された。
「えぇっ……」
「もー、岩山手さんったら本気にしすぎー」
エルモソはにこにこしている。
彼女には、恐らく、罪悪感なんて欠片もないのだろう。
「冗談冗談だよっ」
「なら良かったです……」
「冗談を本気にするとか、岩山手さん可愛すぎー」
今、正直、殴りかかりたい気分だ。
だができない。
怪人でも女性は女性。僕は男。男から女性に攻撃を仕掛けるなんて許されないことだから、実際に殴りかかりはしない。けれど、可能なら殴りかかりたいくらいの苛立ちだ。
そんな風に少々苛立っていると、エルモソが急にこちらへ歩み寄ってきた。
何だろう? と思っていると——抱き締められて。
「可愛いっ!」
「え、え、え……」
僕は言葉を失う。
何か返すべきなのだろうが、返す言葉が浮かばない。
「岩山手さん、今日は本当にありがとっ」
「え、あ……いえ」
「おかげで、エルモソ、何とか頑張れそうっ!」
力になれたのなら、それはとても喜ばしいことだ。
ただ、抱き締められるというのは複雑な心境である。
今もさほど変わってはいないが、僕はずっとぱっとしなかった。二十数年、華のない人生で。女性に抱き締められるなんてこともなくて。
だから、嬉しいはずなのだ。
初めて女性の温もりを感じられたのだから。
……けれど、今はあまり嬉しくない。
その理由は、彼女が怪人だからではない。
彼女の顔の尖ったくちばし状の部分が、肩に若干突き刺さるからである。
ということで。
僕の初めての抱き締められは、ほろ苦い記憶となった。
エルモソに悪気はないのだろうし、彼女の顔の構造上仕方のないことではあるのだが……少々残念だ。
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