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第三十四回 食事(4)
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僕と由紀は、それからも、たわいない話を続けた。
その内容は多岐に渡る。
例えば、日頃の暮らしの中でのくすっと笑える話だとか、逆にイラッとした話だとか。その他にも、学生時代のことを聞いたりもした。
特に、由紀が中学高校共に美術部だった話などは、かなり驚きで。けど、話を聞いているうちに、段々似合っているような気もしてきて。
僕も何かやっていれば良かった。そうすれば、話題になったのに。
そんな風に、少し後悔した。
ただ、話をすること自体はとても楽しい。後悔なんて気にならないほどに。
美味しい料理を食べつつだから、話は盛り上がる。楽しい話をしながらだから、料理がさらに美味しくなる。
「それでねー。バレンタインの時、『クラス全員に』って言って手作りチョコを持ってきている子がいたの。けどその子、『全員に』って言ってるのは口だけで、全員になんてあげてなかったんだよね」
由紀も楽しそうにしている。
僕にとってそれは、とても嬉しいことだった。
「数が足りなかったんですかね?」
「ううん。たくさん持ってるのにだよ」
「あー……。もしかして、本命でないとはいえ渡す相手は選びたいってことですか?」
「うーん……そうかも?」
——それにしても、このネギ塩そばは美味しい。
塩気の利いた汁が細めの麺に見事に絡み、口の中で味がなくならない。濃い味が苦手な人なら「味が濃すぎる」と思うかもしれないが、僕は嫌いじゃない。
また、ふんと香るネギの匂いが、どことなくおしゃれだ。
「女性って、さりげなく相手選びますよね」
「確かに」
「不思議です」
「そっかー。だよね、不思議に思うよね。実はあたしも」
すべてを食べ終えた頃には、外は完全に暗くなっていた。
もっとも、道には外灯がちらほらあるから、視界が悪くなってしまっていることはなかったが。
「今日はごちそうさまでした」
僕は結局、由紀に支払ってもらってしまった。
いや、もちろん、断ろうとは思っていたのだ。しかし、由紀がそそくさと支払いを済ませてしまったため、気づけば奢ってもらってしまっていたのである。
「僕の分まで払っていただいてしまって、すみません」
「いいのいいの! 気にしないで!」
由紀は笑ってそう言う。
でも、僕は笑えない。
こんなことを言ったら性差別的と言われるかもしれないが……いくら年上とはいえ女性に払わせてしまったのだ、複雑な心境である。
「今日は楽しかったね!」
「……は、はい」
「え。もしかして、岩山手くんは楽しくなかった?」
「い、いえ! べつに、楽しくないなんてことはありませんですたよ!」
慌てるあまり、本来「でした」のところを「ですた」と発してしまった。
……恥ずかしい。
「なら良かった! 安心したよ」
「中華料理、好きになりました」
僕はよく分からないことを言ってしまった。けれど、由紀がそのおかしさに突っ込みを入れることはなかった。多分彼女は、うっかり妙なことを言ってしまっただけだと、察してくれているのだろう。
こうして、僕は由紀と別れた。
大きな進展は何もなかったけれど、彼女と喋ることができた今日この時間は、僕にとっては宝物だ。
その内容は多岐に渡る。
例えば、日頃の暮らしの中でのくすっと笑える話だとか、逆にイラッとした話だとか。その他にも、学生時代のことを聞いたりもした。
特に、由紀が中学高校共に美術部だった話などは、かなり驚きで。けど、話を聞いているうちに、段々似合っているような気もしてきて。
僕も何かやっていれば良かった。そうすれば、話題になったのに。
そんな風に、少し後悔した。
ただ、話をすること自体はとても楽しい。後悔なんて気にならないほどに。
美味しい料理を食べつつだから、話は盛り上がる。楽しい話をしながらだから、料理がさらに美味しくなる。
「それでねー。バレンタインの時、『クラス全員に』って言って手作りチョコを持ってきている子がいたの。けどその子、『全員に』って言ってるのは口だけで、全員になんてあげてなかったんだよね」
由紀も楽しそうにしている。
僕にとってそれは、とても嬉しいことだった。
「数が足りなかったんですかね?」
「ううん。たくさん持ってるのにだよ」
「あー……。もしかして、本命でないとはいえ渡す相手は選びたいってことですか?」
「うーん……そうかも?」
——それにしても、このネギ塩そばは美味しい。
塩気の利いた汁が細めの麺に見事に絡み、口の中で味がなくならない。濃い味が苦手な人なら「味が濃すぎる」と思うかもしれないが、僕は嫌いじゃない。
また、ふんと香るネギの匂いが、どことなくおしゃれだ。
「女性って、さりげなく相手選びますよね」
「確かに」
「不思議です」
「そっかー。だよね、不思議に思うよね。実はあたしも」
すべてを食べ終えた頃には、外は完全に暗くなっていた。
もっとも、道には外灯がちらほらあるから、視界が悪くなってしまっていることはなかったが。
「今日はごちそうさまでした」
僕は結局、由紀に支払ってもらってしまった。
いや、もちろん、断ろうとは思っていたのだ。しかし、由紀がそそくさと支払いを済ませてしまったため、気づけば奢ってもらってしまっていたのである。
「僕の分まで払っていただいてしまって、すみません」
「いいのいいの! 気にしないで!」
由紀は笑ってそう言う。
でも、僕は笑えない。
こんなことを言ったら性差別的と言われるかもしれないが……いくら年上とはいえ女性に払わせてしまったのだ、複雑な心境である。
「今日は楽しかったね!」
「……は、はい」
「え。もしかして、岩山手くんは楽しくなかった?」
「い、いえ! べつに、楽しくないなんてことはありませんですたよ!」
慌てるあまり、本来「でした」のところを「ですた」と発してしまった。
……恥ずかしい。
「なら良かった! 安心したよ」
「中華料理、好きになりました」
僕はよく分からないことを言ってしまった。けれど、由紀がそのおかしさに突っ込みを入れることはなかった。多分彼女は、うっかり妙なことを言ってしまっただけだと、察してくれているのだろう。
こうして、僕は由紀と別れた。
大きな進展は何もなかったけれど、彼女と喋ることができた今日この時間は、僕にとっては宝物だ。
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