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第二十九回 マンティーデ(5)
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「三つめは、『マンティヨロシクゥスペシャル』です」
結構長いし、これはさすがにないか。僕は内心そんな風に思いつつ述べた。
狭い部屋に、沈黙が訪れる。
あれだけ騒がしかったマンティーデが黙ったということは、彼でさえ戸惑ってしまうようなダサさだったのかもしれない。
僕は彼からの返事を待つ。
沈黙の中で返事を待つというのは、実に緊張するものだ。狭い部屋にいるにもかかわらず、冬の海に放り出されたような感覚を覚えた。
「……お、おぉ」
長い沈黙の果て、マンティーデがようやく口を開く。
だが、良い反応なのか悪い反応なのかは、まだ分からない。
「いかがでしょうか?」
僕は確認する。
すると、止まっていた時が動き出したかのように、マンティーデはこちらへ駆け寄ってきた。
凄まじい勢いで。
「スゲェ!」
恐るべき速さで接近し、その鎌のような両手で机をバンと叩く。
「スゲェ!! ひゃっふぅーっ!!」
「え……」
マンティーデは尋常でないテンションだ。僕はそのハイテンションについていけなかった。逆に戸惑ってしまって。
「決まりだ決まり! よろしくぅーっ!!」
「気に入っていただけましたか」
「おぅよ! それはカッケーよ! 気に入ったァ!!」
机に両手をつき、身を乗り出してくる。驚くべき速さで、頭と頭が、今にもぶつかりそうなくらい接近した。内緒にしておきたいことだが、内心怯んだ。
「いやーいいな! 『マンティヨロシクゥスペシャル』は、俺様のかっこよさを上手く表現できているぜ!!」
そうだろうか……?
考えて提案しておいてなんだが、そこまで上手く作ることができたとは思えない。
だが、本人である彼が「表現できている」と言うのなら、それでいいのだろう。僕としても、再び考え直すことになるよりかは、このまま通った方が嬉しい。
そんなことを一人考えていた僕に、彼は片手を差し出した。
「え、あの……」
「ほらよ、手! 握手だ! いいもの考えてもらったお礼に、俺様と握手する権利をやるぜぇーっ!!」
正直嬉しくはないのだが、せっかくなので握手してもらっておいた。
こうして、マンティーデはご機嫌になりながら帰っていった。その背中を眺めながら、僕は安堵の溜め息をつく。向いていない内容ではあったが何とかなってよかった、と。
一か月後。
この『悪の怪人お悩み相談室』に僕が勤め始めてから、早いもので、もう二か月になる。
僕が働き始めたのは、年度が始まる四月を少し過ぎた頃だった。だが、今ではもう、夏のように晴れている日も少なくはない。太陽の日差しは徐々に強まり、昼間に日向を歩けば汗が出ることだってある。
そんなある日のこと。
僕は由紀から、突然の誘いを受けた。
「ねぇ、岩山手くん。もし大丈夫そうなら、今度、食事でもいかない?」
「え……」
「いつも働いてくれてるお返しと言っちゃなんだけど、あたしが奢るからさ!」
まさかそんなお誘いを受けることになるとは思っていなかったため、僕は驚き言葉を返せなかった。女性と喋った経験すら豊富ではない僕にしてみれば、向こうから食事に誘ってもらったという事実が衝撃的で。とても平常心を保ってはいられないことだった。
「どう?」
「は、はい」
「嫌ならいいよ?」
「いえ、嫌というわけでは……」
喉が強張って、まともに話せない。
「大丈夫?」
「は、はいっ!」
しまいに、声が裏返ってしまった。
……恥ずかしすぎる。
「良かった。じゃあ、どうしよっか? 岩山手くんは何食べたい?」
由紀はそう聞いてくれていたけれど。
僕はというと、食事に誘われてしまったということばかりが脳内を巡り、彼女の問いに答えるほどの余裕はなかった。
結構長いし、これはさすがにないか。僕は内心そんな風に思いつつ述べた。
狭い部屋に、沈黙が訪れる。
あれだけ騒がしかったマンティーデが黙ったということは、彼でさえ戸惑ってしまうようなダサさだったのかもしれない。
僕は彼からの返事を待つ。
沈黙の中で返事を待つというのは、実に緊張するものだ。狭い部屋にいるにもかかわらず、冬の海に放り出されたような感覚を覚えた。
「……お、おぉ」
長い沈黙の果て、マンティーデがようやく口を開く。
だが、良い反応なのか悪い反応なのかは、まだ分からない。
「いかがでしょうか?」
僕は確認する。
すると、止まっていた時が動き出したかのように、マンティーデはこちらへ駆け寄ってきた。
凄まじい勢いで。
「スゲェ!」
恐るべき速さで接近し、その鎌のような両手で机をバンと叩く。
「スゲェ!! ひゃっふぅーっ!!」
「え……」
マンティーデは尋常でないテンションだ。僕はそのハイテンションについていけなかった。逆に戸惑ってしまって。
「決まりだ決まり! よろしくぅーっ!!」
「気に入っていただけましたか」
「おぅよ! それはカッケーよ! 気に入ったァ!!」
机に両手をつき、身を乗り出してくる。驚くべき速さで、頭と頭が、今にもぶつかりそうなくらい接近した。内緒にしておきたいことだが、内心怯んだ。
「いやーいいな! 『マンティヨロシクゥスペシャル』は、俺様のかっこよさを上手く表現できているぜ!!」
そうだろうか……?
考えて提案しておいてなんだが、そこまで上手く作ることができたとは思えない。
だが、本人である彼が「表現できている」と言うのなら、それでいいのだろう。僕としても、再び考え直すことになるよりかは、このまま通った方が嬉しい。
そんなことを一人考えていた僕に、彼は片手を差し出した。
「え、あの……」
「ほらよ、手! 握手だ! いいもの考えてもらったお礼に、俺様と握手する権利をやるぜぇーっ!!」
正直嬉しくはないのだが、せっかくなので握手してもらっておいた。
こうして、マンティーデはご機嫌になりながら帰っていった。その背中を眺めながら、僕は安堵の溜め息をつく。向いていない内容ではあったが何とかなってよかった、と。
一か月後。
この『悪の怪人お悩み相談室』に僕が勤め始めてから、早いもので、もう二か月になる。
僕が働き始めたのは、年度が始まる四月を少し過ぎた頃だった。だが、今ではもう、夏のように晴れている日も少なくはない。太陽の日差しは徐々に強まり、昼間に日向を歩けば汗が出ることだってある。
そんなある日のこと。
僕は由紀から、突然の誘いを受けた。
「ねぇ、岩山手くん。もし大丈夫そうなら、今度、食事でもいかない?」
「え……」
「いつも働いてくれてるお返しと言っちゃなんだけど、あたしが奢るからさ!」
まさかそんなお誘いを受けることになるとは思っていなかったため、僕は驚き言葉を返せなかった。女性と喋った経験すら豊富ではない僕にしてみれば、向こうから食事に誘ってもらったという事実が衝撃的で。とても平常心を保ってはいられないことだった。
「どう?」
「は、はい」
「嫌ならいいよ?」
「いえ、嫌というわけでは……」
喉が強張って、まともに話せない。
「大丈夫?」
「は、はいっ!」
しまいに、声が裏返ってしまった。
……恥ずかしすぎる。
「良かった。じゃあ、どうしよっか? 岩山手くんは何食べたい?」
由紀はそう聞いてくれていたけれど。
僕はというと、食事に誘われてしまったということばかりが脳内を巡り、彼女の問いに答えるほどの余裕はなかった。
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