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第七回 A115(2)
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頼まれてしまうと、どうしても断れない。
A115の言葉から、僕は、彼が善良な人間——いや、怪人であることを理解した。
人間の社会にも親切ゆえに苦労する者がいる。が、それは何も、人間の社会においてだけではなくて。どんな世界にも、優しさゆえに苦労している者はいるのだろう。
「無理だと思う時には、勇気を持って断りましょう!」
僕はそう提案した。しかし彼は頷かなかった。
……いや、頷かなかったのではなく、頷けなかったのであろう。
「デ、デキマセン。イマサラコトワルナンテ、フカノウデス」
「けど、任されるのが嫌なんですよね?」
そう問うと、彼はこくりと頷いて、小さく「ハイ」と発した。
自分の考えに自信がないのか、弱々しい声だ。
「ジブンガツメタイカイジンダトイウコトハ、ショウチシテイマス。タダ、カテイデスゴスジカンサエナイヨウナマイニチハ、モウイヤデス」
家庭もあるなら、なおさらだ。
他者のためになることをする、というのは悪いことではないだろう。しかし、ただ周囲から利用されるだけの存在になってしまうというのは、可哀想だと思ってしまう。
「勇気を出して、言ってみたらどうですか? もう手伝いません、って」
僕の発言に、俯くA115。
「ハイ……シカシ、ドノヨウニイエバイイモノカ……」
彼はこれまで、よほどすべてを受け入れてきたのだろう。
ただ断るだけのことをこんなに難しそうにしている者を見るのは、初めてかもしれない。
「ええと、例えば……『これからは自分でやって下さい』と言うのはどうですか?」
僕は一体何の話をしているのだろう。
少し、そんな風に思ってきてしまった。
こんなことに人生を使うなんて、勿体ないことをしているのではないだろうか。そんな考えが脳内をよぎる。しかし僕は、心の中で、首を強く左右に振った。少しでも働くと決意したのだから、と。
「コレカラハジブンデヤッテクダサイ、デスカ?」
「それならシンプルで分かりやすいと思いますよ」
「シカシ……ソンナストレートニイッテシマッテ、ヨイノデショウカ?」
A115は、納得しきれていないような調子で言った。
様子から察するに、今の彼は「これからは自分でやって下さい」なんて言えそうにない。もし仮に勇気を出して言おうとしても、途中で詰まってしまうものと思われる。
「あ、いきなり直接的な言い方は難しいですよね」
「ユウキガ、タリマセン……。テイアンシテクダサッタノニ、モウシワケナイデス……」
彼は僕にまで気を遣っているようだ。
べつに、仕事でやっている僕なんかに気を遣うことはないのに。
「いやいや! 気にしないで下さい! 他を考えましょう!」
「アリガトウゴザイマス……」
僕はひたすら思考を巡らせる。
何か良いアイデアはないだろうか、と。
「では、『今度からは自分でやって下さい』と遠回しに言っておくとかはどうですか?」
「イヤミミタイナコトハ、イエマセン……」
「なら、『今は自分の仕事で手がいっぱいなので』はどうでしょう」
「ソレハムリデス……。アトデイイカラトイワレテ、ケッカハオナジコトデス……」
幾つか提案してみたものの、すべて却下されてしまった。
原因は僕のアイデアが悪かったことなのだろうが、それでも、何度も却下されるというのは精神的にダメージを受けるものだ。
だが、A115とて、悪気があって却下し続けているわけではない。なので、彼を恨むというのも、おかしな話である。彼はただ善良なだけであって、別段罪はないのだから。
A115の言葉から、僕は、彼が善良な人間——いや、怪人であることを理解した。
人間の社会にも親切ゆえに苦労する者がいる。が、それは何も、人間の社会においてだけではなくて。どんな世界にも、優しさゆえに苦労している者はいるのだろう。
「無理だと思う時には、勇気を持って断りましょう!」
僕はそう提案した。しかし彼は頷かなかった。
……いや、頷かなかったのではなく、頷けなかったのであろう。
「デ、デキマセン。イマサラコトワルナンテ、フカノウデス」
「けど、任されるのが嫌なんですよね?」
そう問うと、彼はこくりと頷いて、小さく「ハイ」と発した。
自分の考えに自信がないのか、弱々しい声だ。
「ジブンガツメタイカイジンダトイウコトハ、ショウチシテイマス。タダ、カテイデスゴスジカンサエナイヨウナマイニチハ、モウイヤデス」
家庭もあるなら、なおさらだ。
他者のためになることをする、というのは悪いことではないだろう。しかし、ただ周囲から利用されるだけの存在になってしまうというのは、可哀想だと思ってしまう。
「勇気を出して、言ってみたらどうですか? もう手伝いません、って」
僕の発言に、俯くA115。
「ハイ……シカシ、ドノヨウニイエバイイモノカ……」
彼はこれまで、よほどすべてを受け入れてきたのだろう。
ただ断るだけのことをこんなに難しそうにしている者を見るのは、初めてかもしれない。
「ええと、例えば……『これからは自分でやって下さい』と言うのはどうですか?」
僕は一体何の話をしているのだろう。
少し、そんな風に思ってきてしまった。
こんなことに人生を使うなんて、勿体ないことをしているのではないだろうか。そんな考えが脳内をよぎる。しかし僕は、心の中で、首を強く左右に振った。少しでも働くと決意したのだから、と。
「コレカラハジブンデヤッテクダサイ、デスカ?」
「それならシンプルで分かりやすいと思いますよ」
「シカシ……ソンナストレートニイッテシマッテ、ヨイノデショウカ?」
A115は、納得しきれていないような調子で言った。
様子から察するに、今の彼は「これからは自分でやって下さい」なんて言えそうにない。もし仮に勇気を出して言おうとしても、途中で詰まってしまうものと思われる。
「あ、いきなり直接的な言い方は難しいですよね」
「ユウキガ、タリマセン……。テイアンシテクダサッタノニ、モウシワケナイデス……」
彼は僕にまで気を遣っているようだ。
べつに、仕事でやっている僕なんかに気を遣うことはないのに。
「いやいや! 気にしないで下さい! 他を考えましょう!」
「アリガトウゴザイマス……」
僕はひたすら思考を巡らせる。
何か良いアイデアはないだろうか、と。
「では、『今度からは自分でやって下さい』と遠回しに言っておくとかはどうですか?」
「イヤミミタイナコトハ、イエマセン……」
「なら、『今は自分の仕事で手がいっぱいなので』はどうでしょう」
「ソレハムリデス……。アトデイイカラトイワレテ、ケッカハオナジコトデス……」
幾つか提案してみたものの、すべて却下されてしまった。
原因は僕のアイデアが悪かったことなのだろうが、それでも、何度も却下されるというのは精神的にダメージを受けるものだ。
だが、A115とて、悪気があって却下し続けているわけではない。なので、彼を恨むというのも、おかしな話である。彼はただ善良なだけであって、別段罪はないのだから。
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