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第五回 期待と不安
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僕、岩山手 手間弥は、『悪の怪人お悩み相談室』での初日を無事に終えた。
と言っても、僕はほとんど何もしていない。先輩である安寧 由紀が、イカルド・セーラーというイカに似た怪人から飲み会の愚痴を聞くところを、じっと見ていただけだ。
本当の試練は、恐らくこれからになるだろう。
もちろん、初心者の僕にそんなに難しい仕事がいきなり来るということはないだろうが。
しかし、なんせ僕は働いたことがない。
それゆえ、不安要素はいっぱいだ。
ただ、心配していても何も変わらないということは、僕だって分かっている。
今はとにかく、ぶつかるのみ。転んでも、起き上がる。そうやって、徐々に慣れていくしかないのだ。
そうして迎えた翌日。『悪の怪人お悩み相談室』での二日目。
昼過ぎ頃、僕は昼食を済ませて家を出た。そして、事務所へと真っ直ぐに向かった。期待感と不安感が半々の心で。
「こんにちは」
「来てくれたんだっ。こんにちは!」
事務所へ入ると、爽やかな由紀が迎えてくれた。
その瞬間は「ここを選んで良かった」と心から思えた。ここへ来なければ、きっと、僕はずっと一人だっただろう。いや、もちろん友人くらいはいるが。しかし、女性とこんな風に話す機会はなかっただろうと思うのだ。
「あ、これつけといてくれる?」
由紀から手渡されたのは、『研修中 岩山手』と記載された名札。
「あ、はい」
僕はその名札を受け取ると、着ている服の右胸辺りにそれを取り付けた。
安全ピンでつけるタイプの名札だ。
それゆえ、器用ではない僕でも簡単に取り付けることができる。
「今日は、岩山手くんには、一名だけだから」
「は、はい。頑張ります」
一名だけ。それなら何とかなりそうな気がしないこともない。
幾つもの相談をしっかりと聞く自信はない。だが、一つだけならまだ何とかなるかもしれない。もちろん、完璧にこなす自信はないが。
「怒りっぽい人じゃないから、緊張しなくていいよ」
「は、はい……!」
確かに、怒りっぽくないというのはありがたい情報だ。しかし、いくら穏やかな者であったとしても普通の人間ではないわけで。差別するようなことを言うつもりはないが、やはり、どうしても身構えてしまう。
「きちんと聞いてあげる。それが一番だからっ」
「は、はい。頑張ります」
「岩山手くんなら大丈夫。元気出してね!」
由紀の心遣いはとても嬉しい。
女性にこんな風に言ってもらえるなんて、心が朝日を浴びているかのようだ。
「ところで、どんな方がいらっしゃるのですか?」
勇気を出して尋ねてみた。
すると由紀は、笑顔のまま、さらりと答えてくれる。
「A115さん!」
え……えぇ?
思わずそう漏らしてしまいたくなってしまった。
僕は、いくら怪人とはいえ、イカルドのように名前があるものだと思っていた。しかし、今由紀の口から出たのは、明らかに番号のようなもの。いや、もちろん、番号さえなく他者と識別できないよりは良いのだろうが。
「そ、そうなんですね……」
と言っても、僕はほとんど何もしていない。先輩である安寧 由紀が、イカルド・セーラーというイカに似た怪人から飲み会の愚痴を聞くところを、じっと見ていただけだ。
本当の試練は、恐らくこれからになるだろう。
もちろん、初心者の僕にそんなに難しい仕事がいきなり来るということはないだろうが。
しかし、なんせ僕は働いたことがない。
それゆえ、不安要素はいっぱいだ。
ただ、心配していても何も変わらないということは、僕だって分かっている。
今はとにかく、ぶつかるのみ。転んでも、起き上がる。そうやって、徐々に慣れていくしかないのだ。
そうして迎えた翌日。『悪の怪人お悩み相談室』での二日目。
昼過ぎ頃、僕は昼食を済ませて家を出た。そして、事務所へと真っ直ぐに向かった。期待感と不安感が半々の心で。
「こんにちは」
「来てくれたんだっ。こんにちは!」
事務所へ入ると、爽やかな由紀が迎えてくれた。
その瞬間は「ここを選んで良かった」と心から思えた。ここへ来なければ、きっと、僕はずっと一人だっただろう。いや、もちろん友人くらいはいるが。しかし、女性とこんな風に話す機会はなかっただろうと思うのだ。
「あ、これつけといてくれる?」
由紀から手渡されたのは、『研修中 岩山手』と記載された名札。
「あ、はい」
僕はその名札を受け取ると、着ている服の右胸辺りにそれを取り付けた。
安全ピンでつけるタイプの名札だ。
それゆえ、器用ではない僕でも簡単に取り付けることができる。
「今日は、岩山手くんには、一名だけだから」
「は、はい。頑張ります」
一名だけ。それなら何とかなりそうな気がしないこともない。
幾つもの相談をしっかりと聞く自信はない。だが、一つだけならまだ何とかなるかもしれない。もちろん、完璧にこなす自信はないが。
「怒りっぽい人じゃないから、緊張しなくていいよ」
「は、はい……!」
確かに、怒りっぽくないというのはありがたい情報だ。しかし、いくら穏やかな者であったとしても普通の人間ではないわけで。差別するようなことを言うつもりはないが、やはり、どうしても身構えてしまう。
「きちんと聞いてあげる。それが一番だからっ」
「は、はい。頑張ります」
「岩山手くんなら大丈夫。元気出してね!」
由紀の心遣いはとても嬉しい。
女性にこんな風に言ってもらえるなんて、心が朝日を浴びているかのようだ。
「ところで、どんな方がいらっしゃるのですか?」
勇気を出して尋ねてみた。
すると由紀は、笑顔のまま、さらりと答えてくれる。
「A115さん!」
え……えぇ?
思わずそう漏らしてしまいたくなってしまった。
僕は、いくら怪人とはいえ、イカルドのように名前があるものだと思っていた。しかし、今由紀の口から出たのは、明らかに番号のようなもの。いや、もちろん、番号さえなく他者と識別できないよりは良いのだろうが。
「そ、そうなんですね……」
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