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第一回 僕の第一歩
しおりを挟む僕の名前は、岩山手 手間弥。
今日から『悪の怪人お悩み相談室』で働き始める、二十三歳の若者だ。
墨汁のような黒の髪は、見事にパサついてしまっている。染めると髪が痛む、などということを聞いたことがあるが、僕の場合は、染めたこともないのに髪の質が良くない。もしかしたら、生まれつきのものなのかもしれない。あるいは、だらしない生活がそこに現れているという可能性もあるが……そうは考えたくない。
また、顔立ちは並。
極めて不細工ということはないが、女性から人気になるような整った顔面ではない。
ーーそして。
実は、僕はこれまで一度も、仕事というものをしたことがない。
取り敢えず高校を卒業するところまではいったが、その後は仕事もせず、親の給料だけに頼って生きてきた。父親が一流企業である程度出世しているため、幸い、働かずともお金に困ったことはない。
しかし先日、このままでは駄目だと思い立ち、突然何か職に就こうと決意したのだ。
とはいえ、毎日働かなくてはならない仕事は無理だ。家の中だけで怠惰に暮らすという日々を数年続けていたため、体がたるんでいて、毎日どこかへ行って熱心に働くなんてできっこない。
そんな時だった。
僕は出会ってしまったのだ——この仕事に。
家のポストに入っていた『悪の怪人お悩み相談室』の求人広告。そこには、週二日から歓迎と書いてあって。これなら僕にでもできるかもしれないと思い、記載されていた電話番号に早速電話をかけた。すると、一瞬で採用になった。
そして今、僕はここにいる。
僕が暮らしている根源市。
その市内にある、地味な見た目の数階建てのビルの、一階。
これから働くこととなるであろう、『悪の怪人お悩み相談室』の事務所に。
「やぁ、こんにちは! 君が噂の、岩山手 手間弥くんだね?」
初めて事務所へ入った僕を最初に迎えてくれたのは、一人の女性だった。
ほんの少し茶色がかったショートヘアが印象的な人である。
「あ、はい。岩山手です」
「よろしく!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
少し男性的な顔立ちだが、にこっと笑うと案外可愛らしい。そんなギャップが素敵な女性だ。個人的には、比較的好みである。
「あたしは、安寧 由紀。由紀って呼んでいいよ」
女性にいきなり呼び捨て許可を貰えるなんて、なんて素晴らしい職場なんだ! ……と、そんなことを言っている場合ではない。
「ありがとうございます、由紀さん。それで、僕は何をすれば良いのでしょうか?」
「そうだねー……ま、いっか。岩山手くんには早速働いてもらうよ!」
早速の働いてもらう宣言。
これはもしかして、男子がこき使われるというパターンではないだろうか。
そうだったとしたら、少しまずい。僕は用事を押し付けられるのが苦手で、一方的に言われると逃げ出してしまうタイプなのだ。
「早速ですか?」
「そ! あと少ししたらお客さんが来るから、取り敢えず一緒に来てくれる?」
まずは仕事を見学、ということだろうか。
少し安心した。
由紀がしている仕事を見るということだけなら、極めて怠惰な僕にでも不可能ではなさそうだから。
「そこで仕事内容を覚えてね!」
「は、はい……!」
働くなんて向いていない。僕はそう思い込んでいた。しかし、今は若干わくわくしている自分がいる。その理由は分からないが、今はとにかく前へ進んでみようと思う。
これが僕の第一歩だ。
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