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32話 お誘い
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もっちりした白い物体を一気に食べ切り、紅茶をゆっくり飲んで、私はまた一人になる。
悶々としていた心は、いつの間にか爽やかになっていた。
雨が止んだ後の空みたいに晴れやかな心で見上げた天井は、先ほどまでより綺麗な白色をしているように見える。
天井そのものは何も変わっていないはずなのに……不思議。
その日の夜。
夕陽が沈み、空が紫から青へと変化した頃に、リンツがやって来た。
「やぁ、キャシィさん。元気かね?」
「はい。元気です」
「それは良かった!」
「ありがとうございます」
リンツは何やらかごを持っている。
「少し、星でも見に行かないかね?」
そういうことか。
夜空の下で二人きりのピクニックをするつもりなのね、きっと。
ということは、恐らく、彼の持っているかごには食べ物か何かが入っているのだろう。無論、実際に確認してみなければ真実は分からないわけだが。
しかし、夜に出歩いて大丈夫なのだろうか。
「それは構いませんけど……怒られたりはしませんか?」
少々心配だったため、尋ねてみた。
そんな私の問いに対し、リンツは柔らかい笑顔で答える。
「怒られる? ははは、そんなことあるわけがないよ」
彼は非常に呑気だ。周囲に何か言われたら、なんて、まったく気にしていないようである。私が気にしすぎとも言えるのかもしれないが、彼はもう少し気にした方が良いと思う。
「女性一人で出歩くならともかく、男女、それも夫婦が出掛けることにいちゃもんをつける者なんて、いないと思うのだがね」
まぁそうね。女性一人というわけではないのだし、そこまで神経質になることもないわよね。
簡単にそう思えるような性格だったら、もっと楽に生きられたのかもしれない。
しかし、私はそうではなかった。
夫婦だから問題ない、という主張が理解出来ないわけではないけれど。でも、問題はそこだけではないと思うのだ。
私たちは王子と王女。ピシアにとってもアックスとっても、それなりには存在感のある存在のはずである。それだけに、命を狙われたりする可能性もないことはないと思う。
勝手に出掛け、もし何者かに殺されたりなんかすれば、二国間の信頼関係を崩すことにもなりかねない。そういう意味では、勝手な行動は極力避けた方がいいかと考えるのだが。
「ところで、どこへ?」
「え?」
「どこまで出掛けるのですか?」
取り敢えず重要になってくるのはそこだろう。
行くかどうかは、目的地までの距離にもよる。
城からあまり離れていないところへなら行く気になれるかもしれないし、かなり遠いところへなら正直あまり行きたくない。
「うーむ……あっ、そうだ。この城の裏辺りにある、丘なんてどうかな?」
「丘、ですか」
「そうそう。城の裏口から出ればすぐに着くところだよ」
丘について話すリンツは、何だか妙に楽しげな顔つきをしていた。
きっと、行きたくて行きたくてたまらないのだろう。
夜間に外へ出るなんて、私は、ほぼ経験がない。だから、どうしても警戒してしまう。危険はないのか、不審者に絡まれるなんてことはないか、と、様々なことを考えてしまうのである。
でも、「悪くはない」と思う心がまったくないというわけではない。
日が落ちた後の外出という響きには、子ども時代にはあって今は失われたと思い込んでいた好奇心が、妙に掻き立てられる。
だから私は言った。
「いいですね。城から近いなら、行ってみましょうか」
常に警戒心を持つことが大事だと思いはするが、ただやみくもに警戒しているだけでは、新しいことに挑戦するなんて何もできない。時には、思いきって一歩前へと踏み込んでみることも必要なのだろう。
「おぉ! 良いのかね!?」
「はい」
「おおお! 良いのかねぇっ!?」
「はい」
「おおおおっ! 良いのかねぇぇっ!?」
「……そろそろ面倒臭いですよ、リンツさん」
喜んでいることは顔を見れば分かる。そんな幸せそうな彼に対して冷たいことを言うのは、心ない人間のすることかもしれない——そう思いもした。けれど、一人で考えた結果「やはり本音を言うべきだろう」という考えへたどり着いたので、はっきりと言わせてもらうことにした。
「一回だけで十分です」
思ったことをはっきり言える関係の方が、私としてはありがたいから。
「あ、そうでした。では今から準備をするので、少しだけ待っていて下さいね」
悶々としていた心は、いつの間にか爽やかになっていた。
雨が止んだ後の空みたいに晴れやかな心で見上げた天井は、先ほどまでより綺麗な白色をしているように見える。
天井そのものは何も変わっていないはずなのに……不思議。
その日の夜。
夕陽が沈み、空が紫から青へと変化した頃に、リンツがやって来た。
「やぁ、キャシィさん。元気かね?」
「はい。元気です」
「それは良かった!」
「ありがとうございます」
リンツは何やらかごを持っている。
「少し、星でも見に行かないかね?」
そういうことか。
夜空の下で二人きりのピクニックをするつもりなのね、きっと。
ということは、恐らく、彼の持っているかごには食べ物か何かが入っているのだろう。無論、実際に確認してみなければ真実は分からないわけだが。
しかし、夜に出歩いて大丈夫なのだろうか。
「それは構いませんけど……怒られたりはしませんか?」
少々心配だったため、尋ねてみた。
そんな私の問いに対し、リンツは柔らかい笑顔で答える。
「怒られる? ははは、そんなことあるわけがないよ」
彼は非常に呑気だ。周囲に何か言われたら、なんて、まったく気にしていないようである。私が気にしすぎとも言えるのかもしれないが、彼はもう少し気にした方が良いと思う。
「女性一人で出歩くならともかく、男女、それも夫婦が出掛けることにいちゃもんをつける者なんて、いないと思うのだがね」
まぁそうね。女性一人というわけではないのだし、そこまで神経質になることもないわよね。
簡単にそう思えるような性格だったら、もっと楽に生きられたのかもしれない。
しかし、私はそうではなかった。
夫婦だから問題ない、という主張が理解出来ないわけではないけれど。でも、問題はそこだけではないと思うのだ。
私たちは王子と王女。ピシアにとってもアックスとっても、それなりには存在感のある存在のはずである。それだけに、命を狙われたりする可能性もないことはないと思う。
勝手に出掛け、もし何者かに殺されたりなんかすれば、二国間の信頼関係を崩すことにもなりかねない。そういう意味では、勝手な行動は極力避けた方がいいかと考えるのだが。
「ところで、どこへ?」
「え?」
「どこまで出掛けるのですか?」
取り敢えず重要になってくるのはそこだろう。
行くかどうかは、目的地までの距離にもよる。
城からあまり離れていないところへなら行く気になれるかもしれないし、かなり遠いところへなら正直あまり行きたくない。
「うーむ……あっ、そうだ。この城の裏辺りにある、丘なんてどうかな?」
「丘、ですか」
「そうそう。城の裏口から出ればすぐに着くところだよ」
丘について話すリンツは、何だか妙に楽しげな顔つきをしていた。
きっと、行きたくて行きたくてたまらないのだろう。
夜間に外へ出るなんて、私は、ほぼ経験がない。だから、どうしても警戒してしまう。危険はないのか、不審者に絡まれるなんてことはないか、と、様々なことを考えてしまうのである。
でも、「悪くはない」と思う心がまったくないというわけではない。
日が落ちた後の外出という響きには、子ども時代にはあって今は失われたと思い込んでいた好奇心が、妙に掻き立てられる。
だから私は言った。
「いいですね。城から近いなら、行ってみましょうか」
常に警戒心を持つことが大事だと思いはするが、ただやみくもに警戒しているだけでは、新しいことに挑戦するなんて何もできない。時には、思いきって一歩前へと踏み込んでみることも必要なのだろう。
「おぉ! 良いのかね!?」
「はい」
「おおお! 良いのかねぇっ!?」
「はい」
「おおおおっ! 良いのかねぇぇっ!?」
「……そろそろ面倒臭いですよ、リンツさん」
喜んでいることは顔を見れば分かる。そんな幸せそうな彼に対して冷たいことを言うのは、心ない人間のすることかもしれない——そう思いもした。けれど、一人で考えた結果「やはり本音を言うべきだろう」という考えへたどり着いたので、はっきりと言わせてもらうことにした。
「一回だけで十分です」
思ったことをはっきり言える関係の方が、私としてはありがたいから。
「あ、そうでした。では今から準備をするので、少しだけ待っていて下さいね」
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