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前編

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「お前って可愛くねーよな」

 ある日のこと、婚約者エーゲルハウトが突然女を連れてやって来た。

「何ですかいきなり」
「てことで、婚約は破棄とする」
「えっ」

 エーゲルハウトはいつも重大なことを急に言い出す。
 それは彼の以前からの特徴である。
 これまでにも「いやいや今言う!?」と思ってしまうようなことは多々あった、それゆえそういうところは確かに彼の個性なのだと思われる。

「聞こえなかったか? 婚約は破棄とする、だ!! ……今度こそ聞こえたか? いや、さすがにもう、聞こえただろう?」

 そういう意味の「えっ」ではないのだが……。

「はい」
「俺はな、この女性と、彼女と結ばれ幸せになるんだ」

 するとエーゲルハウトの隣にいる女性はふふと笑みを浮かべた。

「ご迷惑お掛けてしてすみませんね、婚約者さん」

 彼女の笑みは、私に勝ったことで余裕を感じている、みたいな笑みであった。

「愛されちゃったみたいで」
「貴女……エーゲルハウトに婚約者がいると知って、彼と仲良く?」
「すみませんね。でも、あたしのせいじゃないんですよ? だって彼の方から近づいてこられたので。あたしが寄っていったわけではないですので、そのあたりお間違いなく」

 女性は内心私を見下しているようであった。

「ではな、永遠にさよなら。俺は彼女と幸せになるから。ま、遠くから羨みつつ見ていればいいさ」
「うふふっ。貴女にもまた良き出会いがありますようにっ」

 二人は腕を組んでいちゃつきながら最後私に対してそんな言葉を吐いてきた。

 何なの一体……。

 二人は明るい未来を見つめているようだ。
 その瞳はどこまでも輝いて。
 黒い部分など汚い部分など一切見えない、そんな状態になっているよう。

 恋の力か、これが。

 そんなことを何となく思いつつ、私は、エーゲルハウトと女性の重なった背を見送った。
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