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7.贈り物

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昨夜のドタバタから一夜明け、なんとなく気まずい雰囲気の中、俺たちは予定通り朝市へ出かけるはずだったのだが。
家の前の道にこんもりと山のように積まれた、怪しく蠢く物体が邪魔をするように鎮座していた。

「…なんだこれ?」
「やはり始まったか…。誰か呼んですぐに片付けさせるから、アラタは絶対に触るなよ」
「うげぇ、なんか動いてる…。もしかして、あれって全部虫?
ひぃぃ…無理無理無理!!俺、虫は大嫌い!」

その塊をよく見ると、小さな虫が折り重なってもがいているようで、これはなんの嫌がらせなんだろうか。俺って実は、めちゃくちゃ嫌われてたりするのか?
蠢く塊から視線をズラし、なるべく視界に入らないように待つことしばし。アレクさんぐらいの体格のお揃いの制服を着た二人組が現れ、大きな袋に詰め込み坦々と虫を処理していく。
二人とも非常に手慣れている。ありがたいことに、すぐに家の門前は綺麗になった。

「処理は全て終わりました」
「ご苦労。俺も後からこの事は上に報告するが、明日から毎朝この辺りを巡回して回収するように本部へ連絡しておいてくれ」
「はい、了解致しました。しばらくはこれが続くでしょうからね。これからどこかへお出かけですか?くれぐれもお気を付けくださいね」
「分かってる。アラタ、少し遅くなったが行くぞ」
「あ、ありがとうございました!」

「いってらっしゃーい」とニコニコ手を振って見送ってくれる隊員さんに慌ててお礼を言って、俺たちは今度こそ予定通り出発した。
しばらくは無言で歩いていたけど、どうしてもさっきのことが気になってしまって俺は歩みを止めた。

「あの…もしかして俺、誰かにものすごく嫌われてるんでしょうか?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって……あんな気持ちの悪い虫を、わざわざあんなに大量に置くなんて、めちゃくちゃ嫌われてるとしか思えないじゃないですか」
「嫌がらせだと思ったのか?」
「だって…そうじゃなきゃあんな事、普通しないですよね?」

なぜかポカンとした顔のアレクさんが突然大きな声で笑い出した。声を立てて笑うなんて珍しいな。もっと笑ってくれたらいいのに、…じゃなくて。

「な、なんで笑うんですか!」
「すまんすまん、そうか。アラタの常識ではそうなるんだな」

いまだに笑いがおさまらないのか、微妙に声が震えている。そんなにおかしなこと言ったのか、と不安になってきた時、ポンと頭をアレクさんの大きな手が撫でてくれた。

「説明するのを忘れてしまって悪かった。あれは、アラタのことが嫌いだからやったわけじゃないんだ。むしろ、その逆だ」
「逆??」
「俺みたいな獣人は肉が好きだが、虫が好きな種族も多い。あそこまで大量に集めるのは大変だっただろうが、全てはアラタに少しでも気に入られたいがために獲ってきたんだろう。つまりあれはアラタへの贈り物だ」
「贈り物……虫が、俺へのプレゼント…?」
「そうだ。でも、愛の籠った贈り物だからといって、受け取るのは危険だからやめておけよ」
「…いりませんよ虫なんて」

回収された袋の中で元気に蠢いていた虫たちを思い出してしまった。あれが贈り物とか…どんな嫌がらせだよ。
しかも、回収してくれた隊員さんが不吉なことを言っていた気がする…。これから毎朝、あの虫の山を見なきゃいけないのかな俺。憂鬱すぎる…。

不気味な贈り物に打ちのめされた俺は、テンションだだ下がりのまま黙々と歩いた。
日本から着てきた服は目立つので、黒い髪を隠すため、耳カバー付きフードのついたオーバーオールのような服に、ダミーの尻尾が付いた短パンを履いている。ちなみに靴は、紐をくるくると足に巻きつけて履くタイプのサンダルのようなものを履かせてもらった。
隣を歩くアレクさんは上半身は惜しげもない筋肉を晒し、尻尾の付け根辺りに穴の空いた獣人使用のパンツを履いている。サンダルは履いていない。
彼らのような身体能力のズバ抜けて高い種族は靴を履いてもすぐに壊してしまうらしいので、裸足が一般的なんだそうだ。昨日アレクさんの異常な跳躍力を実体験した身としては納得のいく理由だった。

目的地はそう遠くなかったようで、出発が遅れてもすぐに到着することができた。
屋台が道の両側に所狭しと並び、通りを歩く人々を観察すると、さまざまな種族が行き交っている。
少し前を行く、ゆらゆら揺れる蜥蜴の尻尾に気を取られていた瞬間、ドンッと固い背中にぶつかった。
前を歩いていた黄色い瞳の蜥蜴顔の男と目があった。縦に割れた無機質な爬虫類の瞳がこちらを睨んでいるようでかなり恐ろしい。

「ひぃっ…」
「坊主、気を付けな」
「…すみませんでした!」

ぶつかった相手に頭を下げようとしてアレクさんにペシッと止められる。「なぜ?」と視線で問うと、
「こんな所で無闇に服従のポーズなんてしてみろ。すぐに連れて行かれるぞ」と耳元で囁かれた。

でた。異世界の物騒な習慣。
「服従のポーズ」って、頭下げるだけでそう見られちゃうの?日本人なんて、日常的にペコペコ頭下げちゃう民族なのに。異文化って恐ろしい…。
もしかして、握手とかもダメだったりするのかな。あとでアレクさんに聞いてみよう。

「すまない。こいつは田舎育ちで、街中はまだ歩き慣れてないんだ」
「そうかい。ここいらはそう治安も悪くねぇが、変なのがいないわけじゃねえ。坊主は可愛いからな。妙なのに目をつけられないよう気を付けて歩きな」
「あ、はい!気を付けます!」

ついまた頭を下げようとして、またもアレクさんにペシッと額を叩かれてしまった。地味に痛いよ。
それを見ていた男は、がははと大きな口を開けて笑いながら「坊主のお目付役は大変だな」と言いながら、悠然と尻尾を揺らし去って行った。
見た目は怖いけど、意外と気のいい蜥蜴だったのかもしれない。

「はぁ、怖かった…。でも優しい方でしたね」
「さっきの奴は荒事にはおそろしく好戦的だが、普段は比較的温厚な種族だ。それでも念のため、一人の時は絶対に声をかけるなよ」
「は、はい!」

そうか、あれがしおりで見た好戦的な種族なのか。
今度から見かけたら絶対に避けて通ろうと俺は硬く心に誓った。小心者でもいいんだ。我が身が可愛くて何が悪い。

その後も何事もなかったとは言えず、波に流されてはぐれそうになったり、人混みに押しつぶされそうになりアレクさんの逞しい胸に抱きしめられたりと、ハプニングは多々あったけど、概ね楽しい買い物ができた。
今見ているのは、カラフルなフルーツがカゴいっぱいに並んだ屋台だ。

「あれはなんですか?」
「これはリゴの実だ。殻は硬いが中身はトロッとして甘くて美味しいぞ」
「へぇ~、食べてみたいな。あ、これパパイヤみたい」
「それはパイの実だ。あまり甘くはないが、ペーストにしてソースに混ぜるのが多いと聞いたことがある」

パイの実って…中身はチョコレートだったりしないよね?と馬鹿なことを考えてしまったが、俺は悪くないはずだ。

「フルーツがかなり多いですね」
「そうだな。ここいらは年中温暖な気候だから、フルーツもよく育つし質もいい」
「たしかにあったかいですよね。行ったことはないけど、ハワイってこんな感じなのかな。
あそうだ、肉も見に行きましょうよ」
「肉ならこの先のバランじぃの店がオススメだぞ」

肉と聞いてアレクさんの尻尾が嬉しそうに揺れたのを俺は見てしまった。耳も落ち着きなくピンと立っていて可愛い。
それにしても、あれもこれも珍しい物がたくさんあって目移りしてしまうな。

こちらの貨幣価値については昨日受付で軽く説明してもらっているので、俺でも問題なく買い物ができた。
そして当面の生活費としてたっぷりと資金も頂いているので、ありがたく使わせて貰っている。

そう言えば、握手のことを聞くのを忘れていたな。

「あの、アレクさん。こっちの人の挨拶はどうするんですか?握手とかもしたりします?」
「アラタ…握手は絶対にしてはダメだぞ。「貴方に拐って欲しい」と言ってるようなものだからな」
「拐って欲しい…ですか。うわー、破廉恥」
「「ハレンチ」かどうかは知らんが、情熱的な愛の告白方法なのは間違いない。言葉が通じない種族に対して使うのが一般的だ」
「そうか、種族によっては言葉の壁があるんですね」
「そもそも発音器官が違ったりするから、いくら共通言語といっても全員が使えるわけじゃないんだ」
「なるほど。異種族間の恋愛って大変なんですね」

たしかに同じ共通言語があったとしても通じ合えないもどかしさってあるよな。世代の違いとか、まなりがキツすぎる田舎とか。

「こちらでの挨拶はこうだ。手を出してみろ」
「あ、はい。こうですか?」
「人差し指だけでいい」
「これが挨拶なんですか?」
「挨拶というより「貴方に敵意は有りません」と相手に伝える方法だな」

アレクさんの重ねられた少し硬い肉球の感触が気持ちいいなー、なんてことを思いながら、俺はつい自転車に乗った少年とカゴにのった宇宙人を思い浮かべてしまった。異世界の挨拶って宇宙人と同じなのか。
なんか思ってたのと少し違うんだけど…これは俺が慣れるしかないんだろうな。

「もっとも、普段はこっちの方を使うがな」

そう言ってアレクさんは俺に人差し指をピッと立てて見せた。
なんだ、よかった。そんな簡単なのでいいのか。
毎回挨拶するたびに、あの映画のワンシーンのBGMが流れる所だったよ。
異世界の異文化交流って奥が深い。
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