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本編

25.夢姦

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 粘膜を捏ね回す卑猥な音と呼応するように響く嬌声は甘く、悦びを多分に含んでいる。
 ハッハッと獣のようにだらしなく口を開け忙しなく息を吐き、恍惚に歪んだ顔で蕩けているのは黒髪に黒目の美しい女、いや、男だろうか。
 少し伸び気味の髪が汗で張り付いた背中はおびただしい数の鬱血痕が散らばっている。
 瘦身の骨の浮き出た背骨の溝を流れ落ちる汗を舌で舐めとり、また新たな跡を残していく。

「ああん……ダメ、そこは……ぃ、ああ!」
「逃げるな……」

 過ぎた快感に逃げをうつ腰を逃すまいと背後からのしかかり、体重をかけてベッドへと繋ぎ止めるのは逞しい体躯の金髪の男。
 激しく攻めたてる男は玉のような汗を滴らせるさまも優美で、嫌味なほどに美しい。

「私も随分と甘く見られたものだな。そんな下手な変装で騙せると思っていたのか」
「あぅ……騙すなんて、そんな…」
「おかしな術まで使い閨に忍び込むとはな」
「あ、あぁ…ひぁ、ん、はぁ……あん、あぅ、ひゃあ」

 女のものにしては未熟で、男のものとしては不自然な胸の膨らみを鷲掴み揉みしだく。

「私に気に入られたのがお前の運の尽きだ――――逃げられると思うなよ」

 見え見えで稚拙な罠にわざとかかり犯してから殺す予定であったはずが、これまでどんな男にも女にも執着したことなどなかったフリューゲルは、目の前の怪しい男に今までにない感情を揺り起こされ揺さぶられていた。





 *





 パウロ王国、フリューゲル王子の寝室――。



 ギシギシと勢いよく揺れるベッドの上でゴロリと横になり、大眞はるまはベッドにうつ伏せて激しく腰を振るフリューゲルの痴態を真横からジッと観察していた。

「がんばるなー」

 この状況がもう何時間も続いているため、正直見張るのも飽きていた。
 自分の半分も生きていないフリューゲルの若さに、大眞は密かに圧倒される。若さって怖い。
 調査の結果発覚した相手との年齢差にも地味に衝撃を受け、ますますこの王子のことを好きになれそうもない。所謂嫉妬である。

 富も若さも美貌も、おまけに経験数も負けている。

 そもそも、こんなハイスペックな王子様と張り合う時点で間違っているのではないかと思わなくもないのだが。この王子を見ていると、年上の矜持がぐりぐりと抉られる。


「人の頭の中で犯されてる自分を見せられるって、どんな拷問だよ……。よりにもよって、相手はこの王子様だし。それに、俺が掘られる方だしぃぃ……。
 つか、王子絶倫すぎん? いつまで人のことアンアン言わせる気なの。十代の体力にアラサーは付き合えないよ、むりさせんじゃねーっての」

 ため息と共に口をついて出るのはフリューゲルへの不平不満ばかりだ。相手をしているのは自分ではないのに、つい自分と重ねてしまうので文句の一つも言いたくなるというものだ。

 二日前に突然決まったパウロ王国潜入、フリューゲル王子の魅了作戦は滞りなく進んでいる。
 作戦失敗と見せかけフリューゲルに捕まった捕虜という設定で、大眞は今現在犯されている最中である。もちろん、現実ではなく王子の頭の中でだが。
 たぶん今日は失敗するだろうな~と軽い気持ちで忍び込んだら、逆に相手がノリノリ過ぎて困惑してしまった。本来フリューゲルと二人きりの空間で真正面から相対するだけでよかったのだが、好色な王子のせいで予定が狂ってしまった。

 俺ってば魔性すぎじゃね? と大眞は疑うことはなかったが、その実、精霊シルヴィーの『絶対に落としたい相手に百パーセント効く魅了魔法』の効果であった。

「これ、途中で帰っちゃまずいかな……はぁ…」

 ベッドに倒れ込む大眞のその隣では、未だに楽しげな様子の王子の妄想擬似セックスは続いている。

「なんでか俺のこと、めちゃくちゃ気に入ってくれちゃったみたいだけど、全然全く、これっぽっちも嬉しくないなぁ~……。こいつ可愛くないし、夢の中で俺めちゃくちゃいじめられてるし、可愛くないし、可愛くないし」

 こうしてフリューゲルへ近付くことができたのは予想外のことで、実際はもう少し時間がかかると大眞はふんでいた。結果としては楽勝すぎて拍子抜けもいいところだったのだが。

 そんなこんなで作戦は順調に進み、すでに第二段階へとうつろうとしている。
 大眞がこうして王子を引きつけている間に、別動隊の二人が召喚者たちに接触をはかっていることだろう。ヘタするともう城を脱出しているかもしれない。

 王子の頭の中の自分はすでに快楽の虜となっており『らめ♡らめ♡おかしくなっちゃう~♡』と騒いでいる。色々と酷い己の姿にげんなりとして、大眞は覗くのをやめた。



「うっ……」

「お、ようやく終わったか?」

 荒い息をはきながらフィニッシュをきめたらしいフリューゲルは、そのまま弛緩してベッドに沈み込んだ。その体勢だと寝苦しそうだな、とこの時いらない親切心を働かせたのがいけなかったのか。

 肩を押して転がそうとした腕を掴まれグイッと引かれると、油断していた大眞は簡単にフリューゲルの上へと倒れ込んでしまった。

「ちょっ、……へ、な、なに…むぅ?」

 くちゅりと音がしたかと思うと、気付いた時にはもう唇を割り開かれていた。
 ディープキスとか、なんのジョーダン???
 頭の中はパニック状態で、その間にも王子の攻めは続き、巧みな舌使いに息が上がってしまう。

「ふ……ぁ、まって、あぅ……ふぁ…」
「まだだ、逃さないと言っただろう」
「ヤベェ、なんなのコイツ………あ、こら! 変なとこ、触んなってぇ!!」

 ようやくディープキスから逃れたと思いきや、今度は腰の辺りを怪しく蠢くフリューゲルの手を、ワタワタと必死にとめるハメになる。

 薄ら開いたフリューゲル目にはまだ濃い霞がかかったように膜が張り、起きてはいない。夢の中で行為の続きをしているらしいフリューゲルの魔の手は、慣れない攻防戦に四苦八苦する大眞へ忍び寄る。

「ひっ!! ほ、ほ、ほんと止めろってばぁ、やぁん!」

「ひゃ!! なめんな! クリクリすんな!! いや分かる、同じ男としては、気持ちは分かるよフリューゲルくん! でも、俺のはダメ、あーー噛むなーー!!!」

「あー!! あー!! しり、そこ、ダメ!! 俺、処女だから!? 指ダメ! 無理無理無理、裂けちゃうからぁーー?!」



「………………うるさい」



 眉間に深い皺わ寄せたフリューゲルに、またしてもディープキスで口を塞がれた。
 モガモガと口内で上がる抗議の声を無視して、フリューゲルの再び立ち上がったフリューゲルがグリッと下から腹に押し付けられる。

「やべぇ、やべぇ……マジでやべぇ!!!
マジでやべぇって……!!!」

 極度の焦りのせいか大眞の語彙力が死んでいる。


『äĴ……ijŃġ……ű…ǒ…ƣ£Ä…………』

 その間にもブツブツと聞いたことのない不思議な呪文を唱え終え淡く笑ったフリューゲルは、大眞の首筋にあろうことか、ガリっと嚙みついてきた。

「ってぇな!!! この!!!」
「ぐっ……」

 ガツンと手加減なしにフリューゲルの脳天に拳を見舞うとようやく解放され、弛緩した重たい体を容赦なく蹴り飛ばし脇にどかす。

「ふぅ……えらい目にあった……狂犬め」

 心持ちヒリヒリする尻に泣く泣く回復魔法をかけつつ、フリューゲルの眠るベッドから降りる。
 なんだかんだ、今までも危機やピンチには魔法や力でどうにかしてきたが、ここまで身の危険を感じたのは初めてであった。
 それが尻の貞操の危機というのがなんとも情けない。

 ピリッとひきつる感覚に、項にも傷があったことを思い出した。
 恐る恐る触れると歯形の形にゴツゴツとした凹凸ができてしまっている。かすかに血の滲む傷口に先ほどと同じように大眞は回復魔法をかけたが、魔法が反発するような違和感を感じて目を見張る。

「うげぇ……。なんだよこれ、跡が消えない__!?」


 なにか、途轍もなく嫌な予感がする――――。


「――――はっ、はやく逃げなきゃっ!!?」

 状況を思い出した大眞は乱された派手な衣装を慌てて整え、仲間との合流地点へ一瞬のうちに転移した。













 大眞が去った後薄暗い室内では、静かに起き上がる人影があった。


「――――夢の中の虚像よりも実物の方がより魅力的とはな、嬉しい誤算じゃないか」

 フリューゲルは口の端に着いた血痕をねっとりとした仕草で舐めとり、仄暗い顔で笑った。
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