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第三章 権能覚醒篇
第八十七層目 奇跡の流れ星
しおりを挟む夜空を埋め尽くすほどの白い光。
その一つ一つは小さいが、それでもどれほどあるのか判らない光は、圧巻の一言であった。
「これは、いったい......傷がッ!!」
集まった光が一輝に吸収されていくと同時に、周囲に温かな光が円状に放出されていく。その光を浴びた者は、見る見るうちに傷が癒えていく。
「物凄い力を感じる......なのに、温かい。まるで、まるで......」
気がつけば、周囲の人々の目には涙が浮かんでいた。
もしも、本当に神という存在がいるのであれば、奇跡といものが存在するのであれば。それは、いま自分たちが体験しているこの現象の事を指すのかもしれない。皆、胸の中で同じことを考えていた。
「シュウウゥウウ......」
赤竜はその癒しの波動が何かを理解していた。
一般的に、『天叢雲剣』及びそれが転じた『草薙の剣』は、絶大な破壊をもたらす神器として知られている。だが、その本質はヤマタオロチの超絶的な再生能力の根源であり、水神としての癒しの力が本質なのだ。
だが、ヤマタオロチの再生能力は、『天叢雲剣』が無くとも健在だ。確かに癒しの力自体は落ちるが、それでも川の水神であるヤマタオロチはまさに不死といっても過言ではない。
神や悪魔といった『概念』で存在するモノは、その信仰がある限り不滅である。ヤマタオロチは今なお島根県にある川の神として讃えられており、その他にも神話の生物としての知名度などから、信仰による不滅はまさに神のモノだ。
しかし、赤竜は知らなかった。それすらも打ち滅ぼす力が存在する事を。
「......みんな、ありがとう。もう大丈夫だから」
数多の光によって浄化された『天叢雲剣』は、くすんでいたその刀身を白銀へと変化させていた。
淡く光を放つそれを、一輝は天に掲げる。
「神器、究極解放ッ!!」
腕と一つになっていた『天叢雲剣』が一度バラバラに分解され、変形させながら再び一輝の腕に装着されていく。
一輝の右腕にあるもの。
神をもその座から引きずり下ろす、神殺しの力。
それは、神器だけでは至らない。
それは、悪魔の権能だけでは至らない。
それは、天使の祈りでは至らない。
神、悪魔、天使。そして、ヒト。このゲームの盤上を統べる者が揃ってこそ発動する、『規格外』。
それを前に、様子を覗っていた者たちはそれぞれに強い感情を抱く。
悪魔の長は、自らの用意したゲーム盤をひっくり返された『憤怒』で叫び、天使の御使いは『既知』の破壊に歓喜し、不幸なるヒトの代表は『未知』に慄く。
そして、『神』はただ一人、その座で静かに佇んでいた。
「早織......」
「......はい」
「元気でな」
「兄さんも。あの世で、父さんと母さんと言一緒に、お元気で」
早織は、最愛の兄との別れは確信していた。
自ら一輝の腕に触れた時、嫌というほどに理解した。
この力は、命を対価にしても軽すぎる程の力だと。
本当は泣きわめいて止めたかった。それをする権利はあるし、誰も止める権利を持ち合わせてはいない。だが、その選択はきっと大好きな兄を困らせてしまう。
兄を全力で助けると誓ったのだ。それが例え滅びの道であろうとも。ならば、笑って見送りたい。
そう、胸に決めたはずなのに。
「......おにぃッ!!」
一輝の腰にしがみつく早織。
頭では理解していても、ヒトというものはそれだけで生きていける程に単純ではない。
だからこそヒトは強く、弱いのだ。
「本当に、早織は泣き虫だな」
「ぐすっ......うぅ」
「恵。後の事を頼んだ」
「......嫌よッ! 絶対に死んじゃうわけじゃないんでしょ?」
眉を吊り上げる恵に、一輝は困ったように笑みを浮かべる。
恵とて理解している。していないわけがない。
それでもなお、信じたいのだ。胸に秘める想い人の帰還を。
「最後まで迷惑かけてごめんな。ありがとう」
「......馬鹿一輝」
ポツリと呟いて顔を伏せる恵。その真下の地面に、数滴の染みが出来ては消えていく。
「皆さんも、ありがとうございました」
「......礼を言うのは、私たちの方だ一輝君。君と出会えていなければ、私たちに未来は無かった。だが、一人の大人として謝らせてくれ。守るべき未来のある者を犠牲にして、生きながらえてしまう事を」
「ジェイ先生......いえ、俺の方こそ、いろいろと助けて貰いました。ルーゼンブルに入っていなかったら......どうなっていたのでしょうかね?」
「ほっほっ。案外、それでも一輝が一輝だったかもしれんのう」
大人組は一輝を止めることはしない。いや、本心では代われるものなら、自らの命など幾らでも差し出すつもりだ。だが、それが出来ない事は、経験を積んできた彼らだからこそ判っている。
「さて......待たせたな。赤竜......いや、ヤマタオロチ」
赤竜の体は、不思議な事に元のヤマタオロチの体に戻っていた。
それは、『天叢雲剣』の癒しの力に他ならない。この世に満ちる魔力がヤマタオロチの体を作り変えようとしていたのだが、それは実質的に言えばヤマタオロチの体を蝕むのと同じこと。
いまでこそ世界中の生物は当たり前の様に魔力を持ち合わせて生まれてくるが、ダンジョンが現界して魔力がこの世界を満たした時、少なくない魔力不適合障害で亡くなった者がいた。当然と言えば当然である。いきなり現れた物質が肉体に融合するのだ。拒否反応があって然るべきである。
再生能力によって死ぬようなことは無かったが、それでも魔力による蝕みはヤマタオロチにとっては『害』だったのだ。
「フシュルルル......」
吐息を漏らすヤマタオロチ。
不思議な力の存在によって気分がおかしくなり、まるで自分が自分ではない感覚の中で暴れてしまった。それがまるで霧を晴らした様になくなり、すっきりとした表情を浮かべる。
だが、それは別にヤマタオロチが改心をしたとか、そういう事ではない。ヤマタオロチはヒトに生贄を強要する神であり、謂わば元来より敵対しているものなのだ。
ヤマタオロチは牙を剥く。八本の首をうねらせ、一輝を食わんと迫る。
「これが......これこそが、ヒトの持つ『力』だッ!!!」
右腕を後ろに引き、大地を駆けだす一輝。
迫りくる首を次々と避けながら、ヤマタオロチの懐に潜り込む。そして、その拳を腹に突き立てた。
「うおぉおおおぉぉおぉぉおッッ!!!」
小さくなったとはいえ、ヤマタオロチの体は100mを超す巨体。だが、自分よりも遥かに大きなその体を、一輝は拳で押して尚も走り続ける。
「シュウウゥウウゥウウッッ!!」
「あああぁああああッッ!!」
負けてたまるかと踏ん張るヤマタオロチ。しかし、一輝の腕から噴き出す光の粒子が、推進力をさらに増加させる。
そして、遂にヤマタオロチの体が浮きあがった。
「ひ・か・り・に......なれえええぇえぇええッッッ!!」
宙に浮きあがったヤマタオロチの体と共に、空を駆けていく一輝。
体の変異が収まったとしても、その体に存在する毒を撒き散らすわけにはいかない。
そのまま角度を真上に軌道修正し、一輝とヤマタオロチは一本の光の帯となって夜空へと消えていく。
この日現れた極大の流れ星は、不思議な事に世界中の何処からでも見ることが出来たという。
それは、この流星が実際の現象ではなく、『概念』同士がぶつかり合って生まれたものであるからに他ならない。
そうして世界中を駆け巡った流れ星は、明けの明星と共に消えていった。
残された者達の心の中に、確かな希望を残して。
神園一輝。享年17歳。
本人の死体が無いままに葬儀が執り行われたのは、捜索が打ち切られた約一年後の事であった。
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