ダンジョン・トラベラー~最弱探索師の下克上~

赤坂しぐれ

文字の大きさ
上 下
77 / 87
第三章 権能覚醒篇

第七十七層目 怒りに吼える

しおりを挟む

 少し遡り、ヴェールが黒き虎の元へと駆けつけた時。
 瑞郭とジェイ、それから夏蓮の三名は、源之助の呼び出しを受け、私立ルーゼンブル学園の学園長室にやってきていた。
 昼間の試験終了後に来るよう、源之助からの指令があったのだ。

 学園長室に入ると、源之助が真っ暗な部屋の中で、一人椅子に座ってモニターを見つめていた。

「源之助よ。なにやら騒がしいようじゃが、ワシらは本当に待機でいいのかのう?」
「しかも騒ぎって、封鎖されている旧墨田区でしょ? いったい、何が起こってるのかしら」
「君たちには、今すぐに旧墨田区へと跳んでもらう」

 静かにそう言い放つ源之助。
 普段から冷静で何処か掴みようのない印象の源之助だが、何故か今日はいつにも増してその感じが強い。
 旧知の仲である瑞郭は訝し気な表情を浮かべる。

「おぬし......本当に源之助か?」
「......あぁ。私は間違いなく藤原源之助だ。だが、そうだな......少しだけ、混ざっているのかもしれない」
「それはどういう......?」

 ジェイが質問を投げかけようとした、その時。
 源之助の背後にあるモニターで爆発が映し出された。

「会長、先ほどから映ってるその映像は......まさか」
「旧墨田区。君たちが向かう先だよ」
「あれほどの爆発が......む?」

 ジェイは目を凝らして映像を見る。
 見たところ何かが激しくぶつかり合ったりしているようではあるが、速さが尋常ではないのと、映像の解像度が低いために見えづらい。だが、よくよく見ればそれは、ひとりの少女と黒い虎の様なモノが戦っているようだった。

「あの黒い虎は......どこか、弾虎に似ていますね」
「その通り。あれはまさしく、弾虎だ。ただし、正気を失っているがな」
「なっ!? それは、危険なのではないですか?」
「そこからは私が説明いたしましょう」

 部屋に隅から、まるで影のように姿を現した人物。
 その正体に、三人は驚きの表情を隠すことが出来なかった。

 黄金律の聖人。
 奇跡のヒト。
 ともがらの父。
 光の母。
 彼を、彼女を形容する呼び名はいくつも存在する。だが、その中で最も有名なものは、『聖光教会最高指導者』であろう。
 世界二十億人にも及ぶとも言われている信徒の長。アモディグスト・エル・ミストフィアその人である。

「まさか、こんな極東の地に来ておるとはのう......アモディグスト殿」
「お初お目にかかります、原初の刃殿。不死の蓮花殿。そして、旧世界の希望」
「その呼び方は......止めていただきたい」
「これは失礼、ジェイ殿。お三方とはもう少しお話をしていたいのですが、このままでは私の大事な『天使』を失う事になります。今回は少し私たちの『既知』とは変わってしまったので」

 アモディグストの言っている事は、要領を得ない為にあまり理解できるものではなかった。だが、それでも『天使』が何を指すかは、三人にもなんとなく理解できる。

「あの少女を助けろ、ということかのう?」
「正確には、弾虎を止める事ですかね。勿論、殺さずに」
「いや......だが」

 映像で見ているだけでも、あの黒き虎の凄まじさが伝わってくる。今は虎の狙いがそれているので、天使の少女も攻撃が防げてはいるが、それが崩れるのも時間の問題だろうと三人は感じていた。
 もしも、あの虎を相手にするとなれば。三人は己の実力と照らし合わせて考え込む。

「そろそろ時間がありません。今回の目標はまずは『天使』達の帰還です」
「......嫌だ、といえば?」

 ぎょろりとアモディグストに視線を向ける瑞郭。

「先ほどから話を聞いておるとのう、どうにも弾虎よりも『天使』を優先しろと聞こえるのじゃが、ワシらは探索師じゃ。ならば、どこぞの羽根つきよりも、仲間の方を優先したいと思うのは人としての情とは思わんかのう?」

 視線は源之助にも向けられる。しかし、源之助は一切表情を崩さず、静かに言い放つ。

「弾虎の救出は後回しでいい。まずは天使の確保を最優先だ」

 その瞬間、源之助の前にある大きな机が宙を舞う。壁にぶつかった机は無残にも破壊され、一瞬でゴミの山となった。

「......いい加減にしてください、会長。私が、何も気がついていないとお思いかッ!!」
「落ち着け、ジェイ理事。らしくないぞ」
「ああ、そのセリフはそのまま返させていただくッ!! 貴方は以前から、何処か私達とは違う視線で世界を見ている節があった。だが、それでも貴方は自分の教え子や、探索師達には心を持って接していたはずッ!
 なのに、これはどういう事だッ!! 弾虎を......いや、一輝君をこんな危険な目に遭わせて、それでも貴方は教職に携わる者かッッ!!」

 源之助の胸倉を掴み上げるジェイ。
 だが、源之助は一切抵抗を見せず、傍らに立つアモディグストも動こうとはしなかった。

「ま、待て、ジェイよ。弾虎が、一輝じゃと?」
「......彼は私がスカウトした人材です。そして、私は彼の力の秘密を知っている。気がつかないわけがないでしょう。あれだけ、モンスターの能力を使う者など他にはいないのだから」

 しばらく日本を離れていたジェイは、その間に一輝がどの様な活動をしていたかの詳細は知らなかった。だが、今日の昼間に行われたルーゼンブルの入学試験で弾虎が見せたもの。それは間違いなく人が持っている力でない。
 それに加え、ジェイは一輝とは短いながらも多くの時間を共にしてきた。ダンジョンに同行することもあったし、訓練を積んだりもしてきた。なので、能力という大きな力で判りにくいものの、弾虎の動きの節々に見られる素人臭さを、一輝の動きと重ねていたのだ。
 逆に、瑞郭などはまったくの素人から能力の開花で成りあがった経緯があり、むしろ弾虎の動きはそれこそ『よくある能力が強い者』程度の認識だった。なので、気づくことが出来なかったのだ。

「私は、一教員としても貴方の理念に賛同してきた。だが、どうして......なぜ、子供にこのような危険な事をさせるッ!!」
「......わかるまいよ。この世界に満ちる『既知の円環』に囚われた、私達プレイヤーの業を」
「さきほどから言う『既知』とはなんだ! 貴方は、何を知っている!!」
「残念ながらジェイよ、時間切れじゃ。そろそろあの嬢ちゃんがヤバい」

 瑞郭の言葉に視線をモニターへと向けるジェイ。
 そこには、必殺の一撃を放つ少女の姿が。だが、その一撃は防がれてしまった。

「そこにあるデバイスを腕に装着するのだ。そうすれば、弾虎と同様のボディスーツが形成される」

 客人用のテーブルに乗せられていた三つのデバイス。夏蓮はその一つを手に取ってしげしげと眺める。

「すごいわね、これ。人工魔道俱というより、既にダンジョン産の宝物レベルね」
「致し方ない。その阿呆に問いただすのは後にせい。いまはあの嬢ちゃんと一輝を助けに行くぞ」

 瑞郭もデバイスを手に取り、腕に装着する。すると、デバイスから発生したナノマシンが体を覆い、ちょうどのサイズでボディスーツを形成する。

「でも、ここから墨田区まではかなりの距離があるわね」
「私にお任せください。私の能力で、貴方達を向こう側まで跳ばしましょう」
「......まさかッ! 噂は本当じゃったのかッ!!」

 瑞郭は目を見開いて声を上げる。
 黄金律の聖人が起こす『奇跡』の噂は数多く存在する。
 生まれつき光を持たぬ子供の目を瞬時に癒したり、何も無い場所から少量を取り出して村の飢餓を救うなど序の口。
 世界監視衛星で同時刻に三人のアモディグストが観測されたという話すら存在する。
 そして、瞬間転移能力。地球の裏側であっても、一瞬で人や物を送り込める力は、まさに『奇跡』と呼んでも差し支えのないものである。

「感覚はダンジョンの『門』と同じです。黒き虎の上空に転移させますので、あとはお任せいたします」
「地上ではいかんのかね?」
「地面に埋まりたくなければ。私とて、完璧に運べるわけではないのです。特に、人は」
「わかりました。お願いします。会長......」

 ジェイは最後にと、源之助を睨みつける。

「貴方がどういうつもりで一輝君を利用しようと思ったのかは、あえて問いません。私も、彼の価値は知っていましたから。ですが、私が見出したのは彼の『未来』だ。高校生で、人としての強さを持たない現在いまの彼ではない」
「......」
「......帰ってきたら、彼に頭を下げてください。それだけです」

 アモディグストの腕が振るわれ、三人の姿は一瞬にして搔き消えた。
 後に残された源之助とアモディグストはただ、静かにモニターを見つめる。

「しかし、驚きましたね。今回は依り代を救う方を選んだのですか」
「第二フェイズが始まった時より、用意はしていた。ただ、時間が足りなさすぎるのだ。『前回の敗者はフェイズごとに記憶を取り戻す』。この様な勝者優位のルールではな」

 源之助はウォーターサーバーから冷茶を注いでアモディグストに差し出す。が、アモディグストが首を振って断ったので、自分で一気に茶碗をあおった。

「嫌われたものだ」
「嫌われるのも慣れたものでしょうに」
「……彼のあの言葉を聞くたび、私はまた教職として失敗したのだなと実感するよ。これで何度目だろうか」
「さぁ......依り代に貴方の生徒が選ばれるシナリオは、それこそ星の数ほどありましたから」
「すべては既知の中、か」

 小さな溜息を吐き出す源之助。
 モニターでは、黒き虎とジェイが対峙していた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?

黒井 へいほ
ファンタジー
 ミューステルム王国に仕える兵であるラックス=スタンダードは、世界を救うために召喚された勇者ミサキ=ニノミヤの仲間として共に旅立つ。  しかし、彼女は勇者ではあるが、その前に普通の少女である。何度も帰りたいと泣き言を言いながらも、彼女は成長していった。  そして、決断をする。  勇者になりたい、世界を救いたい、と。  己が身に魔王の魂を宿していたことを知ったラックスだが、彼もまた決断をした。  世界を救おうという勇者のために。  ずっと自分を救ってくれていた魔王のために。  二人を守るために、自分は生きようと。  そして、彼らは真の意味で旅立つ。  ――世界を救うために。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

処理中です...