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第三章 権能覚醒篇
第七十七層目 怒りに吼える
しおりを挟む少し遡り、ヴェールが黒き虎の元へと駆けつけた時。
瑞郭とジェイ、それから夏蓮の三名は、源之助の呼び出しを受け、私立ルーゼンブル学園の学園長室にやってきていた。
昼間の試験終了後に来るよう、源之助からの指令があったのだ。
学園長室に入ると、源之助が真っ暗な部屋の中で、一人椅子に座ってモニターを見つめていた。
「源之助よ。なにやら騒がしいようじゃが、ワシらは本当に待機でいいのかのう?」
「しかも騒ぎって、封鎖されている旧墨田区でしょ? いったい、何が起こってるのかしら」
「君たちには、今すぐに旧墨田区へと跳んでもらう」
静かにそう言い放つ源之助。
普段から冷静で何処か掴みようのない印象の源之助だが、何故か今日はいつにも増してその感じが強い。
旧知の仲である瑞郭は訝し気な表情を浮かべる。
「おぬし......本当に源之助か?」
「......あぁ。私は間違いなく藤原源之助だ。だが、そうだな......少しだけ、混ざっているのかもしれない」
「それはどういう......?」
ジェイが質問を投げかけようとした、その時。
源之助の背後にあるモニターで爆発が映し出された。
「会長、先ほどから映ってるその映像は......まさか」
「旧墨田区。君たちが向かう先だよ」
「あれほどの爆発が......む?」
ジェイは目を凝らして映像を見る。
見たところ何かが激しくぶつかり合ったりしているようではあるが、速さが尋常ではないのと、映像の解像度が低いために見えづらい。だが、よくよく見ればそれは、ひとりの少女と黒い虎の様なモノが戦っているようだった。
「あの黒い虎は......どこか、弾虎に似ていますね」
「その通り。あれはまさしく、弾虎だ。ただし、正気を失っているがな」
「なっ!? それは、危険なのではないですか?」
「そこからは私が説明いたしましょう」
部屋に隅から、まるで影のように姿を現した人物。
その正体に、三人は驚きの表情を隠すことが出来なかった。
黄金律の聖人。
奇跡のヒト。
輩の父。
光の母。
彼を、彼女を形容する呼び名はいくつも存在する。だが、その中で最も有名なものは、『聖光教会最高指導者』であろう。
世界二十億人にも及ぶとも言われている信徒の長。アモディグスト・エル・ミストフィアその人である。
「まさか、こんな極東の地に来ておるとはのう......アモディグスト殿」
「お初お目にかかります、原初の刃殿。不死の蓮花殿。そして、旧世界の希望」
「その呼び方は......止めていただきたい」
「これは失礼、ジェイ殿。お三方とはもう少しお話をしていたいのですが、このままでは私の大事な『天使』を失う事になります。今回は少し私たちの『既知』とは変わってしまったので」
アモディグストの言っている事は、要領を得ない為にあまり理解できるものではなかった。だが、それでも『天使』が何を指すかは、三人にもなんとなく理解できる。
「あの少女を助けろ、ということかのう?」
「正確には、弾虎を止める事ですかね。勿論、殺さずに」
「いや......だが」
映像で見ているだけでも、あの黒き虎の凄まじさが伝わってくる。今は虎の狙いがそれているので、天使の少女も攻撃が防げてはいるが、それが崩れるのも時間の問題だろうと三人は感じていた。
もしも、あの虎を相手にするとなれば。三人は己の実力と照らし合わせて考え込む。
「そろそろ時間がありません。今回の目標はまずは『天使』達の帰還です」
「......嫌だ、といえば?」
ぎょろりとアモディグストに視線を向ける瑞郭。
「先ほどから話を聞いておるとのう、どうにも弾虎よりも『天使』を優先しろと聞こえるのじゃが、ワシらは探索師じゃ。ならば、どこぞの羽根つきよりも、仲間の方を優先したいと思うのは人としての情とは思わんかのう?」
視線は源之助にも向けられる。しかし、源之助は一切表情を崩さず、静かに言い放つ。
「弾虎の救出は後回しでいい。まずは天使の確保を最優先だ」
その瞬間、源之助の前にある大きな机が宙を舞う。壁にぶつかった机は無残にも破壊され、一瞬でゴミの山となった。
「......いい加減にしてください、会長。私が、何も気がついていないとお思いかッ!!」
「落ち着け、ジェイ理事。らしくないぞ」
「ああ、そのセリフはそのまま返させていただくッ!! 貴方は以前から、何処か私達とは違う視線で世界を見ている節があった。だが、それでも貴方は自分の教え子や、探索師達には心を持って接していたはずッ!
なのに、これはどういう事だッ!! 弾虎を......いや、一輝君をこんな危険な目に遭わせて、それでも貴方は教職に携わる者かッッ!!」
源之助の胸倉を掴み上げるジェイ。
だが、源之助は一切抵抗を見せず、傍らに立つアモディグストも動こうとはしなかった。
「ま、待て、ジェイよ。弾虎が、一輝じゃと?」
「......彼は私がスカウトした人材です。そして、私は彼の力の秘密を知っている。気がつかないわけがないでしょう。あれだけ、モンスターの能力を使う者など他にはいないのだから」
しばらく日本を離れていたジェイは、その間に一輝がどの様な活動をしていたかの詳細は知らなかった。だが、今日の昼間に行われたルーゼンブルの入学試験で弾虎が見せたもの。それは間違いなく人が持っている力でない。
それに加え、ジェイは一輝とは短いながらも多くの時間を共にしてきた。ダンジョンに同行することもあったし、訓練を積んだりもしてきた。なので、能力という大きな力で判りにくいものの、弾虎の動きの節々に見られる素人臭さを、一輝の動きと重ねていたのだ。
逆に、瑞郭などはまったくの素人から能力の開花で成りあがった経緯があり、むしろ弾虎の動きはそれこそ『よくある能力が強い者』程度の認識だった。なので、気づくことが出来なかったのだ。
「私は、一教員としても貴方の理念に賛同してきた。だが、どうして......なぜ、子供にこのような危険な事をさせるッ!!」
「......わかるまいよ。この世界に満ちる『既知の円環』に囚われた、私達プレイヤーの業を」
「さきほどから言う『既知』とはなんだ! 貴方は、何を知っている!!」
「残念ながらジェイよ、時間切れじゃ。そろそろあの嬢ちゃんがヤバい」
瑞郭の言葉に視線をモニターへと向けるジェイ。
そこには、必殺の一撃を放つ少女の姿が。だが、その一撃は防がれてしまった。
「そこにあるデバイスを腕に装着するのだ。そうすれば、弾虎と同様のボディスーツが形成される」
客人用のテーブルに乗せられていた三つのデバイス。夏蓮はその一つを手に取ってしげしげと眺める。
「すごいわね、これ。人工魔道俱というより、既にダンジョン産の宝物レベルね」
「致し方ない。その阿呆に問いただすのは後にせい。いまはあの嬢ちゃんと一輝を助けに行くぞ」
瑞郭もデバイスを手に取り、腕に装着する。すると、デバイスから発生したナノマシンが体を覆い、ちょうどのサイズでボディスーツを形成する。
「でも、ここから墨田区まではかなりの距離があるわね」
「私にお任せください。私の能力で、貴方達を向こう側まで跳ばしましょう」
「......まさかッ! 噂は本当じゃったのかッ!!」
瑞郭は目を見開いて声を上げる。
黄金律の聖人が起こす『奇跡』の噂は数多く存在する。
生まれつき光を持たぬ子供の目を瞬時に癒したり、何も無い場所から少量を取り出して村の飢餓を救うなど序の口。
世界監視衛星で同時刻に三人のアモディグストが観測されたという話すら存在する。
そして、瞬間転移能力。地球の裏側であっても、一瞬で人や物を送り込める力は、まさに『奇跡』と呼んでも差し支えのないものである。
「感覚はダンジョンの『門』と同じです。黒き虎の上空に転移させますので、あとはお任せいたします」
「地上ではいかんのかね?」
「地面に埋まりたくなければ。私とて、完璧に運べるわけではないのです。特に、人は」
「わかりました。お願いします。会長......」
ジェイは最後にと、源之助を睨みつける。
「貴方がどういうつもりで一輝君を利用しようと思ったのかは、あえて問いません。私も、彼の価値は知っていましたから。ですが、私が見出したのは彼の『未来』だ。高校生で、人としての強さを持たない現在の彼ではない」
「......」
「......帰ってきたら、彼に頭を下げてください。それだけです」
アモディグストの腕が振るわれ、三人の姿は一瞬にして搔き消えた。
後に残された源之助とアモディグストはただ、静かにモニターを見つめる。
「しかし、驚きましたね。今回は依り代を救う方を選んだのですか」
「第二フェイズが始まった時より、用意はしていた。ただ、時間が足りなさすぎるのだ。『前回の敗者はフェイズごとに記憶を取り戻す』。この様な勝者優位のルールではな」
源之助はウォーターサーバーから冷茶を注いでアモディグストに差し出す。が、アモディグストが首を振って断ったので、自分で一気に茶碗をあおった。
「嫌われたものだ」
「嫌われるのも慣れたものでしょうに」
「……彼のあの言葉を聞くたび、私はまた教職として失敗したのだなと実感するよ。これで何度目だろうか」
「さぁ......依り代に貴方の生徒が選ばれるシナリオは、それこそ星の数ほどありましたから」
「すべては既知の中、か」
小さな溜息を吐き出す源之助。
モニターでは、黒き虎とジェイが対峙していた。
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