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第三章 権能覚醒篇
第六十七話 トリプルブッキング
しおりを挟む『校内に不審人物の目撃情報があった』という源之助の指示のもと、学園内のセキュリティ警戒レベルが引き上げられる。
しかし、その事を受験生達は知ることはない。訓練を受けている職員達は静かに、迅速に、それぞれが自分の持ち場、役割をこなして、生徒たちの安全を最優先に行動するからだ。
もしもこの職員達の動きに気がついた者がいれば、その受験生は別室へ連れていかれる。
それは、不合格を言い渡す為ではない。むしろ、合格を告げる為だ。
過去にも入学試験の日に侵入者が発生したことがあった。むしろ、毎年恒例行事だったりもする。想像以上に私立ルーゼブル学園とは狙われてる場所なのだ。
学園では、外部から人を入れる行事というものはいくつか存在する。
例えば文化祭や体育祭といったものだ。しかし、そういった行事が行われるのは基本的にセキュリティゲート外の区画であり、ダンジョン入り口や校舎のある場所までは入ってこれない。
例外としてあるのが、この入学試験と入学・卒業式だ。だが、後者二つは生徒の肉親しか入れないので概ね問題がない。問題は入試試験の方だ。
完全に外部から内部へと人が入る行事で、実技試験などはダンジョンで行う年もある。それに乗じて侵入してくる輩がいるのだ。
なので、各職員は日頃からこの日の為に侵入者想定訓練を行ってきた。
訓練の中には『受験生に気づかれない』という項目がある。
これは先述の通り、受験生に事件が発生していることを知られない為のものだ。ただでさえ受験で気を削っている所に事件が起きているなどと知れば、ポテンシャルを発揮できないかもしれない。
そこで、学園長である源之助は職員に命じた。
『バレたら、一年間減俸ね』、と。
職員は必死になって訓練を積み、この日を迎える。
もしかすれば、来年度には自分の生徒になるかもしれない子供たちを。そして、今年一年の自分自身の給料を守るために。
そんな事もあって、事件が受験生にバレることはほとんどない。ただ、一部で優れた能力を持つ者が気づくことがあった。なので、そういった優秀な生徒は先に別室に連れていき、事件が終わるまで保護するというわけだ。過去に一度だけ、しかも同時に二名居たことがある。
ちなみに、この裏試験とも呼べるものは公にはなっていない。それは単純に、合格した二人が黙っていただけであるが。そもそも、この事を誰かに話したところで変人扱いを受けるだけだ。
そんな中で引き続き行われる入学試験。
早織もなんとか無事教室に合流し、試験を受けることができた。遅れた時間分のハンデなどないとばかりに、誰よりも早く問題を解き終わり試験官の教員を驚かせた。
そうして、特に何事も起こらず迎えた昼。
解放された学食の中には一輝と早織の姿があった。
「学園長先生に話を聞いたときは兄ちゃん心臓が止まるかと思ったぞ、まったく」
「すみません......今後気をつけます」
「普段はしっかりしてるし、俺なんかより全然頭が良いのに、時々ポンコツになるからな早織は......はぁ。まぁ午後の実技頑張れよ。つっても、魔工学科はあまり実技らしい実技もないって話だけど」
「はい。『覚醒』の有無を見極めるというか。まぁ私はどちらにせよ関係ありませんが」
入試の一週間前。早織は一輝と共に一度だけダンジョンに足を運んだ。しかし、残念なことに才能の発現、『覚醒』を得ることは無かった。
だが、早織は別に最初から当てにもしていなかったので、そんな事は割とどうでもよかったのだが。
「簡単な体力テストはあるらしいから、ちゃんと食っとけ。ほら」
一輝は自分の昼食の海老天そばから海老天を一本箸でつまんで、早織のハンバーグセットの皿に乗せてやる。
「あ、ありがたいですが、ハンバーグに海老天は......」
「ん? 嫌いだったっけ?」
「いえ、いただきます......それにしても、兄さんは午後はどちらの試験のお手伝いに?」
「えっと、確か探索師学科のCコースだったはずだ」
勿論これは嘘だ。午後は弾虎としてAコース希望の受験生の相手をする。
探索師学科には複数のコースがある。近接戦主体の者が受験するAコース。魔術の能力者が受験するBコース。罠の解除や生活回り、ダンジョン学などに強いCコースなど多岐にわたる。
その中でもCコースは実技の内容が戦闘ではなく、モンスター知識などを主体としたものなので、一輝でも手伝いが出来る......という設定だ。実際は参加しないし、担当教員も一輝が来るなど聞いていない。
「あ! でしたら、友人の高崎さんが受験しているコースですね。メールで伝えときます」
「へ?」
目が点になる一輝。
早織に同級生の友人がいるというのも初耳だし、その友人がCコースに受験しているというのも同じくだ。
「ま、まま、待て、早織。お前の友人って......?」
「え? 兄さん会ったこと無かったですっけ? 小学校からの親友で、高崎さんと満田さんが今日は一緒に受験に来ています」
「二人も!? 兄ちゃん、知らなかった......お前に友達がいるなんて」
「それはすっごく不名誉な事を言われている気がするのですが......多分、私が病弱であまり学校に行っていなかったから、それでそう思い込んでいた、という事ですよね?」
「あ、あぁ......その通りだが」
一輝の背中に汗が伝う。
もしも、Cコースに居るという友人とやらが後で自分が居なかった何てことを早織に言えば。きっと早織は何かがあったのではと心配をかけてしまう。だが、弾虎としてAコースの試験官もしなければいけないし、二つの試験に同時に出るというのは無理がある。
さらに言えば、早織の護衛もしなければいけないのだ。どう考えても手が足りない。
(急いで会長にメールだッ!)
早織が食事に夢中になっている間に、恐ろしい速度でメールを打つ一輝。そして、メールを送ってか二分後。源之助から返信が返ってきた。
無情な言葉と共に。
『すまん、無理。弾虎は頭から出ずっぱりの予定だ。なんとか誤魔化せ』
「出来たら相談してねぇよぅ!!」
「ど、どうしたんですか、兄さん。いきなり叫んで......恥ずかしいです」
「す、すまん。ちょっと友達からのメールでな......」
周りからの視線を集めてしまった一輝は、誰にでもなく頭を下げつつ椅子に座りなおす。
(考えろ、俺......最低でも俺がもう一人必要だ......もう一人?)
一輝の脳裏に先ほど気絶させた男、真治の顔が思い浮かぶ。だが、あの男を使っても大丈夫なものか。
(いや、駄目だ。最悪それでなんとかしてもいいが、あいつは信用ならん。というか、まだ目を覚ましてないだろうし。こうなったら......やるしかない)
Aコースの試験をこなしつつ、Cコースの試験の手伝いをしつつ、早織を守る。
そのあまりにもハードすぎるスケジュールを前にしても、一輝は心の炎を消すことはない。
一人三役。それを可能にするプランを頭の中で練り始めるのであった。
ただ、後日に一輝はこの日の事を思い出いしながら、寂しげに笑った。
『体調不良』とでも言って、Cコースの手伝いをなかった事にすればよかったと。
あまりにも膨大過ぎるタスクに、頭の計算が追い付かなかったのだろう。こういった点で、ステータスの『頭脳』が働かないあたり、上手くはいかないなと振り返ることになるのであった。
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