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第二章 大阪カニ騒動篇
第六十層目 意外な再会
しおりを挟む凄まじい叫び声と共に、揺れ始めるグランド・シザースの内部。
予想が出来ない振動に苦戦しながらも、弾虎はヤシガニ型モンスター『グレート・アズズ』を打倒していく。
「なにがッ! 起こってるんだ、よッ!!」
振り下ろされた拳がめり込み、一体のグレート・アズズが頭を割られて事切れる。十体現れたグレート・アズズも残るところ三体。
まだ体力、魔力共に余裕があるとは言え、ここまでに掛かった時間は二十分を超える。時間を食い過ぎてしまった感は否めない。
「くっ、一気に終わらせるッ! 『月詠』、起動ッ! モード・八坂瓊勾玉ッ!」
主の命に従い、『月詠』が宙を舞い、三つのユニットに分解する。分かたれたユニットはそれぞれが球体に変形し、回転を始めた。
弾虎はバックステップで一旦下がり、魔力を両手に集中させる。そして、拳を突き出して球体に向けて放つ。
「跳ねろ、勾玉ッ!」
両手から放たれた魔力が球体に当たると、回転の勢いを増しながら他の球体へと魔力を送り出す。受け取った球体は同様にもう一個の球体へ魔力を送り、そして最初の球体へと魔力を戻していく。
それを繰り返す内に、段々と加速していく球体の回転。徐々に魔力は球体に飲み込まれていき、最後には消えてしまった。残ったのは、もはや目で追うことの出来ないほどに高速回転する三つの球体だ。
「いっけぇぇぇえ! ドライブ、シュゥゥウウウトッッ!!」
弾虎のトリガーワードにより、三つの球体は次々とグレート・アズズへと向かっていく。その不規則かつ高速で動く球体を避けることができず、グレート・アズズは球体の着弾を許してしまう。
「ピギイィ、い、い゛、ぎ、ぎゃ、ブシュッ」
鋼鉄よりも堅い甲殻を持つグレート・アズズ。だが、そんな甲殻をまるで粘土の様に抉りながら、球体は体内へと侵入し、その高速回転をもって内部から破壊していく。
甲殻がなくなれば中には柔らかい肉がある……という事はなく、これだけの巨体を動かすにはそれなりの筋組織が存在する。だが、三つの球体はそれらをズタズタに引き裂き、文字通りバラバラにしてから飛び出してきた。
「まだだッ!」
思念で三つの球体を操る弾虎。飛び出した球体をそのまま近くにいたグレート・アズズへと向かわせる。
野球ボール程しかない大きさの球体に、まさかこれ程までの驚異があるとは。焦るグレート・アズズは迎撃しようと、鋏を振り回す。しかし、鋏は球体が当たった部分からバラバラにされてしまい、直ぐに穴だらけになって落ちた。
「ピィイイイィィィッ!?」
「ギギイイィイイィイッッ!!」
二体が力尽きるのに時間は必要無かった。
辺り一面に広がる、グレート・アズズの残骸。弾虎は既にモンスターの死体の山などこれまでも見慣れてきてはいるが、それでもなんとも言えない気分になる。
「威力は高いんだけどなぁ……それと、やはりこれだけはどうにもならない、か」
回転を終え、既に元の形へと戻った『月詠』。背面のホルダーへと戻るよう念じるが、煙をあげながら宙を浮く『月詠』の動きは鈍い。
魔力反応炉を活用した高速回転掘削機能。今回の様な堅く、魔術の通りが悪い敵を相手にすることを想定した機能ではあるが、その負荷はかなり大きい。反応炉を全開で動かす事もあって、熱暴走を起こしてしまうのだ。
故に、起動させて動かしていられる時間は僅か二分少々。だが、それに見合う威力はある。テストでは現在最も硬いとされる魔鋼物質『オルトニウム』すら切り裂いたのだ。
オルトニウムの硬さは一口では語り切れないが、最も硬度の高いと言われていたウルツァイト窒化ホウ素すら凌ぐ硬度を持つ。その威力は推して知るべしだ。
「一度使うと十分は『月詠』が使えなくなるのは痛いけどなぁ……でも、これで進める!」
弾虎は再び走り始める。
そこからは不思議な事に、モンスターが現れることは無かった。それまでうじゃうじゃと涌いていたのに。
それはまるで『獣達の大行進』を引き起こしかけた旧墨田区サブ・ダンジョンを彷彿させるものであり、『模造傀儡』の事もあいまって弾虎の脳裏に不安が過る。
そして、走ること五分少々。狭く長い通路の先にあった、公園ほどに開けた場所に出る。
ドックン……ドックン……。
その中央には一定の音と振動を伴う巨大な器官。
傍らには一人の少女と、長身の男の姿があった。
「人……? なんでこんな場所に……?」
「おや? もうたどり着いてしまいましたか。なかなかに足の速い方だ」
「貴方は……確か」
弾虎は長身の男に見覚えがあった。
と言っても一度しか顔を合わせていなかったので、直ぐには思い出せなかったが。
「……これはマズイです、グルさん。あの人、デビルの人です」
隣にいた少女が弾虎を指差す。
その言葉に弾虎の中で記憶の線が繋がる。
「あっ! あの時の蟹大食いの女の子!」
「ん? ヴェールさん。あの方とお知り合いですか?」
「……ううん。違う。多分、ストーカー」
「んなッ!?」
ヴェールと呼ばれた少女の発言に、弾虎は思わず「そんなことあるか」とツッコミを入れそうになる。
だが、いまはそんな場合ではないとそれを飲み込んで、ゆっくりと近づく。
「あんた達、ここがどんな場所で今がどんな状況かわかってるのか? 避難命令は知らなかったって事はない……よな?」
一瞬、二人が英語を話していることから、協会の避難命令が通じていないのかと思った弾虎。しかし、こういった場合は英語を始め、中国語やスペイン語、ヒンドゥー語などの多言語での勧告がされること思い出す。
「既に自衛隊の攻撃も始まってるし、このままじゃ街も危ない。俺がグランド・シザースを止めるから、あんた達も避難を……」
「グルさん、こう言ってますが、どうします?」
「うーん……正直、悪魔の力があるのなら私の立場であれば見逃す事は出来ないんですがねぇ……まさか、かの弾虎氏が悪魔の手先だった、か。まぁ良いでしょう。今回は私も実験がうまくいきました。帰りますよ」
「なにを、言っているんだ……?」
二人の話す内容にいくつもの不穏なワードが聞こえてくる。
自分が悪魔の力……権能を持っている事も何故か知られているし、なにより実験という言葉に弾虎は一番反応した。
『模造傀儡』。このワードが、実験と結びつかない程鈍くもないし、その考えに到って二人を逃すほど甘くもない。
「動くな。逃げ遅れたってわけでも無さそうだな……少し、話を聞かせて貰うぞ」
「……と、言っていますが?」
「待つわけないでしょうに。あぁ、弾虎さん。貴方の事をベラベラと話すつもりもありませんし、ここは取り引きとしませんか? 私達は貴方と出会ってはいない。だから、貴方は私たちの事など知らないし、私たちも貴方の事を知らない。ほら、お互いWin-Winんでしょう?」
「それは……出来ない。もしもあんた達があの『模造傀儡』を造っているのなら、俺は見逃すことなど出来はしないッ!」
気迫の叫び。
仮に、この二人が『模造傀儡』を造り出したのであれば。それが、あの偽物のツイントゥースドラゴンであったのなら。
多くの人々が、悲しみと不安の中で涙したのだ。
そんな事を、見逃すことなどできはしないッ!!
「おやおや……予想外でしたね。アレを知られては生かして返すわけにもいきません。残念ですが、交渉の余地なしです。ヴェールさん」
「わかりました」
ヴェールは羽織っていたローブを脱ぎ捨てる。
その下には胸を隠す程度のトップスと、ショートパンツのみと言った、ダンジョンに入るとすれば到底相応しくない格好があった。
「詠唱、開始。── Filer querla Gotus el ,『Olusivel』yah gannzz」
弾虎にはヴェールの唱える言葉が理解出来なかった。
それもそのはず。それは、この世界に存在し得ない『あちら側』の言葉であるからだ。
「穢れし魂に、救いを」
小さな体を宙に浮かばせるヴェール。
その背には、二対の大きな蝶の様な羽根が広がっていた。
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