ダンジョン・トラベラー~最弱探索師の下克上~

赤坂しぐれ

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第二章 大阪カニ騒動篇

第五十九話 模造傀儡

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 ヤシガニモンスターは振りかぶった巨大な鋏を突き出してくる。
 弾虎は右から迫ってくる鋏の先端を蹴り上げると、姿勢を低くして左からの一撃を回避する。そして、鋏へと飛び乗ると、そのままヤシガニへと向かって走り出す。

「どっせぇいッ!」

 振り払おうとして再び繰り出される右の鋏をジャンプで回避すると、空中で一回転してから背面のデバイスの出力を最大まで上げる。

「うおぉおおぉおぉぉぉっ! 弾・虎・流・星・蹴・りぃぃぃぃッッ!!」

 デバイスから溢れだす青い光の翼を背に、飛び蹴りを繰り出す弾虎。ヤシガニモンスターは鋏を顔の前でクロスにして防御を固める。
 ぶつかり合う両者。激しい音が響き渡り、衝撃波が発生する。

「ピギィイイィイイッッ!?」

 他の甲殻類モンスターと違い、ヤシガニモンスターの殻は群を抜いて堅牢である。しかし、弾虎の蹴りは勢いを止まることを知らず、徐々に押し始めた。
 蹴りが当たった箇所がミシミシと音を立てて歪み、ヒビが入り始める。

「ぜぇえいッッ!! 砕けろぉおぉッ!!」

 均衡は破られた。
 鋏の殻が砕けて飛び散り、中の繊維がズタズタに切り裂かれる。守りを失ったヤシガニモンスターは尚も突っ込んでくる弾虎の蹴りを防ぐことが出来ず、迫り来る脚が眉間に命中した。
 メキメキ、という鈍い音と共にゆっくりとめり込んでいく脚。殻を砕く破壊音が青い血飛沫と共に吹き出し、ヤシガニモンスターの命の灯火を消し去っていく。
 そして、遂に決着の刻は来た。

「ピィイイィィィッッ!!」

 背面の甲羅を突き破って着地する弾虎。大穴が空いたヤシガニモンスターはぐらりと態勢を崩し、ゆっくりと地面に倒れ伏した。

「なかなか堅い奴だったな……中ボスでこの堅さなのか」

 体に付いた血液や破片を払いながらヤシガニモンスターの死体を見つめる。
 弾虎はこのヤシガニモンスターを中ボスと思っているが、実際の所はグランド・シザースがダンジョンだった頃はこのヤシガニがダンジョンコアを守るダンジョンキーパーであった。
 一級探索師の能力も弾き返す堅牢な甲殻と、巨大な鋏から繰り出される強烈な一撃はブロッカーを紙の様に吹き飛ばす、探索師達にとって悪魔の様な存在だ。
 力こそ正義。それを体現したこのモンスターを、真っ正面から力業で突破する弾虎。
 その存在はグランド・シザース宿主にとって、危険度を上げるに値するものであった。

「次から次へと……!」

 奥から続々と出てくるヤシガニモンスター。
 その数、十。

「だが、なんだ? この違和感は……以前にも確か、この感覚があったような」

 妙な引っ掛かりを覚えた弾虎は、『解析』でヤシガニモンスターを調べてみる。すると、そのステータスには気になる文字があった。

模造傀儡イミテーション・ドール……?」

 ステータスにあった名前は『グレート・アズズ』なっているが、その後ろに『模造傀儡イミテーション・ドール』と書かれていたのだ。
 模造。つまり、何者かによって造られた存在。そして、そこで弾虎は気がつく。
 旧墨田区サブ・ダンジョンで戦った複数のツイントゥースドラゴンの存在に。

「あの時は能力で見る暇が無かったけど……もしかすればアレらもそうだったのか? うおぉッ!?」

 突如、地面が大きく揺れだす。それと同時に響き渡るグランド・シザースの大音叫だいおんきょう
 グランド・シザースの体内に居る弾虎には外の様子は窺うことは出来ないが、それでもなにか大きな事態の変化が起こったことを察した。

「会長ッ! いったい何が起こっている! 会長ッ!」
『ザ……シザー……にげ……ザザッ……』
「ん? お、おいッ! 聞こえるか、会長!」
『……』

 ヘルメットの通信機が上手く作動しなくなっているのか、源之助に呼び掛けてもノイズしか聞こえてこない。

「チッ、故障か……? いや、ボブさんの作るものに限ってそんな事があるのか? 仕方ない、今はこいつらを倒して進むしかない、かッ!!」

 突き刺さる巨大な鋏。跳躍で回避した弾虎は、再び背面にある二基のデバイスを起動させる。



 ◇◇◇◇◇◇


「被害状況を報告しろッ!」
「現在、海は第三師団から第八師団までの補給と再編成を行っておりますッ!」
「空は壊滅です。奴の放った音波攻撃によって戦闘機のパイロットが次々と気を失い、撃墜されています」
「クソッ! 化け物めぇッ……!!」

 グランド・シザースを討伐するために出動した自衛隊。だが、その現実はただの足止めしか出来ないというものだった。
 通常兵器では魔力を多く保有するモンスターに対して、有効な攻撃を仕掛けることは出来ない。ジャイ・アントなどの等級が低いモンスターであれば十分に相手はできるのだが、保有魔力が多くなればなるほど、魔力を含んだ攻撃や戦技といった、能力によって発動できる攻撃しか通用しなくなるのだ。

「総司令ッ! 本部より通信ですッ!」
「なに? 繋げッ!」
『戦況は悪いようだな、水鏡みかがみ総司令』

 通信モニターに映しだされた人物。顔面右側に大きな傷を持つ老人に、作戦の総司令官である水鏡中将は目を見開く。その様子を見ていた補佐官も息を飲む。

相良さがら防衛大臣……」

 日本における防衛のトップにして、最強の一角に名を轟かす男、相良さがら じん。元探索師であり、現役当時はあの法皇寺瑞郭を凌ぐとも言われていた猛者だ。
 右目の怪我により引退してからは、その手腕を買われて陸上自衛隊の教官として着任。そこからは地位に胡座をかいてのさばるキャリア組や上官を持ち前のカリスマ性で引きずり落とし、遂にはトップまで登り詰めた叩き上げである。その背後には、とある両義足の男が居るという噂もあるが。

「申し訳ございませんッ! 戦況は芳しくありませんッ!」
『だろうな。あれは人間がどうのこうの出来る格ではない。だが、それでも我々は退くわけにはいかない。そうだろう、水鏡総司令』
「ハッ! その通りでありますッ!」
『……現在、例の弾虎というゲンの隠し球が潜っているそうだな。それについてはどう考える』
「……作戦遂行上、致し方なしと考えます。ただ、あえて言わせていただくのであれば、人ひとりに……しかも、軍籍にない市民にその重責を背負わせて良いものかと、情けなく思う所存ですッ……!!」

 悔しさに握りこぶしから血を滴らせる水鏡。
 本来であれば、日本国民の安全と生活を守るべきは自分達だ。だが、ダンジョン現界以降その形は世界の在り方と共に変わってしまった。
 『覚醒』という神か悪魔からの贈り物。自衛隊は贈り物を得ることの出来なかった者の集まりと、影で囁かれている事も知っている。
 だがそれでも、人々を守りたいという気持ちは誰よりも強く持っているのだ。

『現在、北陸開発局より新兵器を空輸している』
「……新兵器、でありますか?」
『対魔粒子破壊兵器。通称、DMシリーズ。その最新型の砲弾だ』
「ッ!! まさか、もう実用段階になったのでありますか!?」
『性能の問題があり、まだ小型化は出来んがな。しかし、今回の様な巨大な的であれば問題ないであろう。発射機構などは従来の物を流用出来る。奴の土手っ腹に風穴を開けてやれッ!!』
「ハッ! ありがとうございますッッ!!」

 総員の敬礼をもって通信は終わった。
 そして、三十分後。輸送ヘリ五基によって運ばれてきた砲弾を搭載した艦隊が、再びグランド・シザースへと接近していく。
 人類は、その叡知をもってモンスターと対峙しうるのか。

 いま、決戦の刻を迎える。
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