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第二章 大阪カニ騒動篇
第五十六層目 未来への一歩
しおりを挟む新東京市中央病院。
ダンジョンとは離れた場所にあるこの地は、まるでダンジョン現界以前の様な落ち着いた雰囲気が残っている。
こういった場所は富裕層に人気であり、地価が年々上がっている。
「ふぃ~……さっむい!!」
「あんまり、はしゃぎすぎんなよ。まだ全快してるわけじゃないんだから」
「はーい! でも、こうやって雪に触るのも久しぶりですね」
十二月も暮れに近づき、寒波が押し寄せてきた。未明まで降り続いた大雪も上がり、三日ぶりに見せた晴れ間の中を、一輝と早織は並んで歩く。
旧墨田区サブ・ダンジョンの事件から一ヶ月ほどが経ち、早織の退院が決まったのだ。
心臓の病気は、『万能薬』によってあっという間に回復へと向かった。最初はそんな怪しげな薬を使うことなど出来ないと拒んだ主治医だったが、その後直ぐに現れた藤原源之助と日本ダンジョン協会専属医による説明で渋々と納得した。
いきなり現れた有名人に慌てふためいた主治医だったが、それでも直ぐには薬を使えないといったのは誉められることだ。
そもそも『万能薬』は公式に医学界に存在する物ではない。その名や効能は知られていても、実体が判らないのだ。あまりにも稀少すぎて。その様な認可外の薬を使うことを直ぐに許可する医者がいれば、それはヤブだと言わざるを得ない。
しかし、それで引き下がる源之助ではない。協会から専属の医者をつれてきて、以前に使用された時のカルテ等を提出したのだ。当然ながら、その時の患者には許可を得て。
そして数時間に及ぶ議論の末、責任は源之助が全て受け持つと言うことで、協会の医者が投薬する形で『万能薬』は使用されることになった。
もう数年以上自宅のベッドと病院での生活を強いられていた早織にとって、久方ぶりに触る雪はその冷たさが堪らなかった。
だが、はしゃぎすぎて足をとられた早織は、顔面から雪に突っ込みそうになった。
直ぐ様回り込んで受け止める一輝。気恥ずかしそうに笑う早織を笑顔で見つめつつ、一輝は問いかける。
「なぁ、早織。これから、どうしたい?」
「これから、ですか?」
「そう、これから。これからは、もう病気に怯えなくても良いんだ。だから、好きなことはなんだって出来る」
今までは、病気によっていつこの世を去るのかという恐怖が、常に付きまとっていた。だからか、早織は無意識に将来の事を考えない様にしていたし、会話に出すこともなかった。
しかし、兄は気がついていた。部屋や病室で一人、声を殺しながら己の運命に涙していた妹の悲しみを。
「んー……あの、兄さん」
「ん?」
「私、兄さんの役に立ちたいんです。父さんや母さんが死んじゃって、兄さんは沢山辛い思いしてきたでしょ? それに、怪我だって一杯。だから、私は兄さんの為に頑張りたいんです」
「早織……いいんだぞ? 自分の為にやりたいことをやっても」
「もうー! 違いますッ! 私がやりたいことが、兄さんの役に立つことなんです! だから、決めました!」
「ん? 何をだ?」
「私、魔工学を勉強できる学校に進学します。そして、一流の魔導倶師になって兄さんの役にたちます!」
魔工学。魔術という新学問に対し、科学的な視点からアプローチをしたもので、大阪にいるボブなどが若き時代に牽引し、発展させた新しい技術である。
「ということは、私立ルーゼンブルか?」
「はいッ! あ、そういえば見せてなかったっけ? えっと……じゃじゃーん!」
バッグから取り出したのは、入院中に受けていた模試の結果だった。そこには、『私立ルーゼンブル学園魔工学科:A判定』の文字があった。
「す、凄いじゃないか! あそこ、偏差値70越えてたよな?」
「うん。時間だけは沢山ありましたかほね……勉強してたら、その分なにも考えなくて済んでたし」
「早織……」
「ただ、その為には一度でもダンジョンに足を踏み入れてないといけないんです……だから、お願い!」
「あぁ、そんな事か。全然構わないよ。そうだ、恵も呼ぼうか。あいつ、いま暇みたいだし」
「ほんと? やったー!」
ピョンピョンと元気に跳ね回る早織。
私立ルーゼンブル学園魔工学科の受験要項には、ダンジョンに一度でも足を踏み入れている事という条件がある。
これは、『覚醒』を得られたかどうかの点を見るためだ。と言っても、別に『覚醒』が得られなかったからと言って受験できないわけではない。ただ、有能な『覚醒』を得た者が居た場合、それを取り漏らさない為の措置だ。場合によっては探索師の道へ進める場合もある。
必ずしもこの要項を満たしてある必要もないのだが、それでも満たしていれば受験合格に近づけるのだ。やらない手はない。
「じゃあ、今晩にでも連絡しとくよ」
「はい! ありがとうございます!」
「……っと、すまん。ちょっと電話だ」
ちょうど時間を確認しようと取り出したスマホに着信が入る。
ディスプレイに浮かぶ『会長』の文字に、一輝は一瞬だけ嫌そうな顔をして耳にスマホを近づける。
「もしもし……?」
『もしもし、弾虎か? いま何処にいる』
「妹の退院の付き添いです。なので、後でかけ直しますねー」
『待て待てッ! 別に今日は依頼の電話ではない。っと、ちょうど良い。あとでメールで送るが、今年の学園の入試について協力を仰ぎたい。ちゃんと目を通しておいてくれよ』
「入試? はぁ」
『では、良いお年を過ごしてくれ。たぶんこれで今年の連絡も最後だろうからな。依頼があれば知らんが』
「あぁ、そう言えばもうそんな時期でしたね。はい、今年は色々とお世話になりました。来年もよろしくお願い致します」
『うむ。それでは』
通話終了ボタンをタップし、ディスプレイのカレンダーを見てみれば12/29の文字があった。
「お仕事?」
「ん? あぁ、違うよ。『中臣』さんだよ。話しただろ? 海外にいた父さんの親友で、俺たちの後見人になってくださった方だよ」
「おー、中臣さん! そういえば兄さんは会ったことあるんだよね? 中臣さん。どんな方でした?」
「……優しい人だよ。たぶん」
「むー? なんでしょう? その自信のなさは……」
首を傾げる早織。
源之助が後見人になったことは、早織には伏せることにした。
流石に、自分がいま世間を賑わせている弾虎であり、その契約条件で源之助が後見人になったなど言えるはずがないのだ。
「さてと……今日は早織の退院祝いに御馳走にしようか。何が良い?」
「んー……久しぶりなので、兄さんのご飯がいいです」
「俺の? なんでまた」
一輝が『調理』の才能を得たのは早織が入院した後であり、まだ家に居たときはそこまで料理が上手かったわけではない。むしろ、いままでやったことのない料理だったので下手な部類に入っていたはずだ。
「なんとなく、ですかね? いいからいいから、スーパーに行きましょう! っと、うわぁ!?」
「あぶなっ! まったく……勘弁してくれ」
「えへへ、面目ない」
再び雪に足を取られて転びそうになる早織。
受け止める一輝は呆れてため息を吐き出す。
傾きだした太陽が、二人の影を帰路に伸ばす。
一輝にとっての激動の一年はもうすぐ幕を閉じる。
世には言霊というものがある。
言えば出来る。
言えば起こる。
言葉にすることで、様々な事象が引き起こされる事を指す。科学的には説明がつかないのだが、それでも起こるものは起こるのだ。なぜか、不思議な事に。
源之助が電話の終わりにポロッと溢した、『依頼があれば知らんが』という言葉。
まさか、それが現実のものになるなど思ってもいなかった一輝は、その夜に掛かってきた電話に項垂れるのであった。
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