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第二章 大阪カニ騒動篇
第五十五層目 取り引き
しおりを挟む「俺に、ですか?」
時は少し遡り、旧墨田区サブ・ダンジョン事件当日深夜。
藤原源之助に連れられて入った喫茶店は、深夜を回っているにも関わらず店内を芳ばしい薫りで満たしていた。
「そうだ。君の事は瑞郭やジェイ理事を通じて知っている」
「瑞郭さんや、ジェイ先生から......?」
一輝は源之助の言葉に対し、露骨に不信感を表す。
いくら日本ダンジョン協会のトップだとはいえ、瑞郭やジェイがべらべらと自分の事を語るだろうか、と。
その様子を見て、源之助はニヤリと笑う。
「そんな所はやはり子供だな。少しばかり素直が過ぎる。だが、心配する気持ちも分かるさ。安心してくれ、二人は私に話してなどいない」
「それはいったい......」
「なに、私の能力みたいなものだ。私はどちらかと言えばデスクワーク向きな能力でね。残念なことに、現役時代は一級に届くかどうかという所どまりだった。やはり、『覚醒』の壁は厚かったよ」
そう言ってカップに口をつける源之助。店の主人はコーヒーを入れるとすぐに店内から去っており、いまは一輝と源之助の二人しかいない。
「私みたいな人間にもね、慕ってくれる者はいた。瑞郭もその内の一人だった。共に多くのダンジョンに挑み、ロマンを追い求めた。そう、あの大阪の大討伐まではね」
「大阪の大討伐……ツイントゥースドラゴンですか」
「……あの日、私たちは大阪にある『梅田メイン・ダンジョン』へと潜っていた。私のクラン、『無拍子』は順調に階層を降っていってね。そして、奴と出会った。完敗だったよ……その時の代償が、これさ」
自分のズボンの裾を捲りあげる源之助。その下から現れた両足は、人工的な光沢を伴う義足であった。
「多くの仲間が死んだ。私や瑞郭なんかはもういい歳だったが、若い奴もいた……まだ、未来のある者を、俺は死なせてしまったッ……!!」
ピシリっと音が鳴り、源之助が握っていたカップの取手が割れる。
「それからだ。一命を取り止めた……いや、意地汚くも生き残ってしまった。だから私は、若い命を守るために……育成に力を注ぐために、あらゆる手段を使って権力を手にした。だが、それでも足りなかった。
ダンジョンは、現実は残酷だ。この地位についてからもう十五年。しかし、いまだダンジョンで多くの命が失われいる。そこで、君に頼みたいのだ。ダンジョンを守護する存在、英雄をしての役割を」
「……」
源之助の真剣な眼差しに、一輝は思わず頷いてしまいそうになる。
だが、一輝とてそんな一方的な事を言われて、熱に浮かされるほどに愚かではない。
「お断り致します。俺には、俺の成さなければいけない事があるのです。それに、俺は偶然にも力を手にいれてしまいましたが、それを自分や親しい人の為以外に使いたくない。
確かに俺は子供です。まだ社会の事なんかは判らない小僧で、いまでも既に誰かの利益の為に知らない内に動かされているかもしれません。でも、だからこそ……これ以上、利用されるのは嫌なんです」
「……妹さん、早織さんだったね」
ガシャンッ。
店内の棚から次々と落ちる備品。誰も触れてもいないのに、勝手に床に落ちて粉々に砕け散る。
一輝から立ち上る紫色の光がまるで触手の様に暴れまわり、店内を滅茶苦茶にしていく。
「凄い力だな。まるで実体があるかのようだ」
「早織に、関わるな」
「落ち着け。まずは座れ。私は君に、ビジネスの話をしに来た」
「……ビジネス?」
源之助は持ってきていたアタッシュケースをテーブルの上に置いて、指紋認証をして中身を取り出して見せた。
「これは、君が欲するものだ。鑑定系の能力があるならば見てみるといい」
「……な、に?」
一輝は疑いの眼差しのまま、テーブルの上を見やる。
そこにあったのは小さな小瓶。そして、浮かび上がってきた名前は……。
「『万能薬』ッ……!」
「これは昔、三つだけ作られた『万能薬』の内のひとつだ。ひとつはとある人物の為に使用され、ひとつは聖光教会へ。そして、最後のひとつは日本ダンジョン協会で保管されている」
「まさか……これを?」
「言っただろう、ビジネスの話だと。とりあえず、そのおっかない物を引っ込めて座りなさい」
「……はい」
一輝は魔力を収めて素直に応じる。
『万能薬』。いまの一輝がなんとしても手に入れたいものであり、その為に大阪の『城塞蟹ダンジョン』に潜ろうと思っていたのだ。
しかし、実際のところ間に合うかどうかはわからなかった。もしも城塞蟹ダンジョンで素材を獲得出来たとしても、それ以外にもあと二つ素材が必要であり、しかも難易度で言えば城塞蟹の肝やツイントゥースドラゴンの核よりも遥かに高いのだ。
「私は一人でも多くの者がダンジョンから帰還できる事を望んでいる。だが、その為に君に頼ることはその望みに反しているのだ。君もまた、私が守るべき若い命だからな。
しかし、現実問題でいまのダンジョンはあまりにも人間にとって過酷だ。制度の見直しも考えているが、早急的な対策が必要だ。だからこそ、君と取り引き……契約を結びたい」
「……続けてください」
「私が求めるのはダンジョン災害及び、モンスター被害が発生した場合の出動だ。ダンジョン協会で君の……というよりは、弾虎という人物の身柄を預かり、災害発生時には日本ダンジョン協会からの要請に従って現場に向かって欲しい」
「ですが、俺は学生です。必ず応じられるとも限りませんよ?」
「その時は私が学園長権限で呼び出すから心配はいらない」
胸に輝く双頭の鷲のバッジ。青みのかかった金属光沢がキラリと輝く。
「……俺が別のダンジョンに潜っていた場合は?」
「ダンジョン間を移動できるのだろ? その程度の調べはついている。老婆心ながら言っておくが、不自然過ぎるのだよ。君の持つ能力がね。私も鑑定系統の能力だが、そこまであちらこちらのモンスターの能力を持つ者はいまい。
別に君の力の根源まで調べようとは思わんがね、せめてもう少し隠蔽する術を知るべきだ。鑑定系統の能力を持つ者は世界でもほとんどいないが、それでも全くではない」
「…………まじか」
一応、一輝も対策として『擬態』などの能力を使って見せない様にはしていた。一度ジェイの協力のもと、鑑識魔導倶で調べた時もそれで大丈夫だった。
「その点に関しても私が何とかしよう。それと、君たち兄妹の後見人を受け持っても良い。まだ君たちは未成年だ。なにかと不自由しているだろう」
「なぜ、そこまでしてくれるんですか?」
「はは、単純な話だ。私は君にそれだけの価値を見出だしている。だからこそ、対価をもって態度を示さねばいけない。それとも、耳障りのよい綺麗事でも並べ、正義を囁けばいいのかな?」
「いえ……俺はまだ、世間の事は右も左もわかりません。でも、俺は必ず早織を助けると誓いました。だから……お願いします」
「そうか。では、まずは契約書を一緒に精査しようではないか。ついでに、契約書で騙されない方法も教えておこう。君の後見人としての初仕事になるな」
アタッシュケースから三枚の紙を取り出すと、源之助はペンを取り出す。
「まずは、契約書に魔術が掛けられてないかチェックをすること。鑑定系の能力があれば見えるはずだ……」
こうして、一輝……いや、弾虎は日本ダンジョン協会と契約に至った。
その出自や能力に関しては最重要機密とされ、源之助の側近すら知らされない内容である。
本来であれば、この様な独断での決定は問題がある。しかし、その事について横槍を入れてくる者はいなかった。
皆、あの旧墨田区サブ・ダンジョンでの弾虎の姿を見ていたからだ。
勿論、日本ダンジョン協会とて一枚岩ではない。それでも、誰しもが諸手をあげて喜んだ。
新たなる特級探索師の誕生と、協会への契約を。
皮肉な事に、この後で源之助が記者会見で語った『世界は英雄の存在をを欲している』という内容が、協会の総意でもあったのだ。
この日、一人の英雄が生まれた。
後の世に『護虎聖』と呼ばれる男、弾虎である。
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