52 / 87
第二章 大阪カニ騒動篇
第五十二層目 鶏肉のダンジョンコアソース煮こみ
しおりを挟むそもそもコアはどんな味で、どんな食感なのか。
疑問に思った一輝はコアへと手を伸ばす。だが、その時ベルゼブブから待ったの声がかかった。
「触れたら必ず、ダンジョンを閉じる事を選ぶのであーる」
「選ぶ? どういうことですか?」
「む? 覚えていないのであるか? そもそも、カズキはこのコアに一度触れているのであるが……」
一輝は伸ばしかけていた手を引っ込めて考え込む。
(一度、触れている……? 俺は此処に来たのは初めてのはずだが……)
じっとコアを見つめてみる。
だが、当たり前の話であるがコアは何もしゃべらない。ただ、赤く淡い光だけを湛えながら静かに祭壇に収まっていた。
「ん? 待てよ……確かに、これを何処かで……………………あッッ!!」
突然脳内に数ヵ月前の記憶が蘇る。
初めてベルゼブブと出会った時の探索。その際に一年以上ダンジョン内をさ迷った一輝は、わけも解らないまま辿り着いた部屋で、ひとつの宝箱を見つけた。
その中から現れた赤い珠に触れた瞬間。ダンジョンの入り口付近に戻されただけでなく、ダンジョンに潜っていた時間までねじ曲がってしまっていた。体感では一年だった遭難生活が、たった二週間となっていたのだ。
「カズキ……あまり時間がないから問答をするつもりもないが、ダンジョンとは巨大な……『願望器』なのであーる」
「願望器、ですか」
「そう。強く願い、望んだ者の求める事象を産み出す……まさに、願望器なのである。これ以上は残念ながら『ルール』で教えることが出来ないのであるが、それだけは覚えておくといいのであーる」
「……はい」
遭難をした際、一輝は確かに願った。
ダンジョンの脱出でもなく、誰よりも強い力でもなく、ただ……最愛の妹の顔が見たいと。
一年にも渡るダンジョン生活は、『暴食の権能』のお陰もあって飢えることはなかった。だが、それでもただひたすらに同じ景色、同じモンスター、同じ食事の連続は一輝の精神を蝕んでいたのだ。
最後の方など、もはやまともな思考力はなかった。そんな中で触れたコアに、時を遡る帰還の願いをしたのも無理はない。
ただ、コアをしても万能ではない。なので、現実では本当に時を遡ったわけではないのだが……その事を一輝が知ることはない。
その謎を解明する為のダンジョンは、この日をもって死ぬのだから。
「……ぶっつけ本番ということか。でも、やるしかないよな。取ります」
再びコアへと手を伸ばす一輝。
その指先が触れた瞬間、脳内に無機質な声が響き渡る。
『欲望を追い求めるものよ。汝、願いを乞うか。それとも、栄光を手にするか』
「願い……は多分、違うんだろうな。栄光を……ダンジョンの閉鎖を選ぶ」
『──一時管理者の命令により、崩壊システムプロトコル発動……ホストより許可。ただちにダンジョン崩壊が始まります。それに伴い、ダンジョンコア0991内に蓄積されたコアエナジーが解放されます』
ピシリッと音を立ててコアに亀裂が入り始める。
亀裂から漏れだす光は七色に輝いており、空中に散る様はまるで花火の様であった。
「綺麗……」
「美しいのであーる。人の願い、その結晶。願望器はただ慈善的に人の願いを叶えるのではない。器、すなわち、人の願いを集めて活動の為のエナジーとするのである。そして、人を集める為に願望器として撒き餌をするのである」
それこそがモンスターであり、宝物なのだ。
例えダンジョンに人が殺されても、世界中で全てのダンジョンを閉じてしまおうとはならない。
危険とその対価を天秤にかけた時、現状ではあまりにも旨味が多すぎるのだ。特に、支配層にとっては。
そして、そこに潜る探索師もまた、その欲望に魅入られた存在なのだ。
「さて、そろそろ食べようではないか! どの様に調理をするのであるか?」
「まずは少し味見を……失礼します」
光が収まり、まるで死んでしまったかにも見えるダンジョンコア。
その欠片を手にして、一輝は少しだけ噛る。
パリッとした食感は飴細工を噛った時の様な儚さを感じた。
しかし、フワッと口内をかける甘味と、後を追ってくる芳醇な薫りは決してか弱いモノではなく、むしろコアの持っていた数多の人の願いを受け止める器の大きさを想い起こさせる。
舌を撫でる苦味は決して不快なモノではなく、味に深みをもたらす。
「美味しい……なんだろう、あんまり一杯食べたことはないけど、高級なチョコレートみたいだ。でも、デザートか……」
一輝は悩んだ。一応調味料や道具は持ってきているが、いままで食べるモンスターといえば焼いたり煮たり、揚げれば食べられるものばかりだった。
しかし、今回の素材は調理をするにしても、単純な調理では旨味を出せないと感じたのだ。
「ん……? うわ、手の熱で溶けるのか。本当にチョコレートみたいだな。時間が掛からないで作れるチョコレート料理……そうだ、アレがある! ベルゼブブさん」
「ん? なんであるか?」
「鶏肉とかって何処かにありますか? それと、トマトなんかもあると良いのですが」
「その程度であれば、この『暴食の貯蔵庫』に入っておる」
ベルゼブブがマントを翻すと、まるで手品でも見せられているかのように突然食材の山が現れた。
「す、凄い……あれ? でも、その食材があれば俺は食事が摂れたんじゃ……」
「そうなればコアを食わないであろう。私はコアを所望しているのであーる!!」
「そ、そうですか……でも、助かります」
一輝は調理道具を出して、鶏肉を受けとる。きちんと血抜きをしてから保存されており最高の状態だ。
大きさで言えば鶏よりも遥かに大きく、解析で見れば『ベア・コカトリス』という名前が見えた。が、一輝には何の問題もない。
「では、まずはこの鶏肉を食べやすい大きさに切ってからコショウを振っておきます。次に玉ねぎやキノコ、トマト等の野菜をスライスし、にんにくは細かく切っておきます」
次にコンロを取り出し、深底のフライパンを熱しながらオリーブオイルを入れていく。
「鶏肉に焼き色をつけていきます。焦がしすぎるとと苦味等がでるので、強火でさっと表面を狐色に焼いてメイラード反応の香ばしさをつけます。次に、水、香辛料、カットした野菜、コンソメスープ……は今回作っている時間がないので、固形の物で我慢してください。そして次に……コアを入れます」
「むっ!? コアはチョコレートの様な味ではないのか?」
「そうです。なので、その味と風味を活かした煮こみ……メキシコの料理『ポジョデモーレ』、鶏肉のチョコレートソース煮を作ります。煮こみといっても、二十分も煮れば出来ます。本当は赤ワイン等もあればなお良いのですが……」
「あるのであーる!」
「おぉ……では、煮込みに加えて……もう暫くお待ちください」
ダンジョンの最奥。そこで繰り広げられるこの奇妙な光景を見る者があれば、間違いなく泡を吹いて即倒してしまうだろう。
至宝と言われるダンジョンコアを砕き、あまつさえそれを調理して食おうというのだ。正気の沙汰ではない。
だが、そんな事などお構いなしにと、部屋には食欲をそそる香りが充満していく。
「非常に良い香りなのであーる」
「ダンジョンコアのお陰ですね。普通はチョコレートはカカオ成分の多い物を使ったりするんです。そして、一口噛ってみて感じたのは、ダンジョンコアは少しだけですがフルーティーな香りもあるんです。肉と果物って結構相性が良くてですね、きっと旨いと思いますよ」
そんな風に和やかな会話を繰り広げる二人。
しかし、既にダンジョンの崩壊は始まっており、あちらこちらが崩れ始めていた。が、そんなものは旨い飯の前では些事ッ!
そして、三十分後。
旧墨田区サブ・ダンジョンの最奥の部屋は完全に崩壊をするのであった。
芳醇なチョコレートとスパイスの香りを残して……。
0
お気に入りに追加
423
あなたにおすすめの小説

はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる