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第二章 大阪カニ騒動篇
第四十六層目 ライブ放送
しおりを挟む恵が東京に戻ってきたのは、その日の夜だった。
すぐさま空港からタクシーに乗り、そのまま旧墨田区サブ・ダンジョンへと向かう。
道中では、手持ちのタブレットで報道チャンネルを次々と切り替えながら、旧墨田区の様子を探っていく。しかし、報道陣はゲートのある区画への立ち入りが禁止されており、流れている情報はもはや何度見たかもわからない程の入り口を撮す映像と、各放送局の抱くダンジョンへの姿勢を織り混ぜた雑多なものであった。
(お兄ちゃん……桔梗さん……みんな……)
タブレットをスリープモードにし、目を閉じる恵。
いまはただ、仲間の無事を祈ることしか出来ない歯がゆさが憎たらしい。
(そういえば、一輝にも悪いことしちゃったな……謝ろう)
ダンジョン協会からの連絡があったとき、目の前が真っ暗になる思いだった。
それが故に、一輝に当たり散らすような態度もとってしまった。その事を思いだし、ひどく自己嫌悪に陥る。
恵は直ぐに一輝のスマホに電話をかける。何度かのコール音が聞こえ、ブッと音が聞こえた。
「あっ、もしもし、かず──」
『お掛けになった電話は、ただいま電波の届かない場所に居られるか、電源が入っていない為掛かりません──』
繰り返し流される自動音声。
呆然とそれを二回ほど繰り返し聞いた恵は、終話ボタンをタップして項垂れる。
(スマホの電波が届かないってことは……ダンジョンかしら? ……なによ、お兄ちゃんが大変な時に)
もしかしたら何かの用事で電源を切っていることも考えたが、逆に付いてくると言われなかっただけ、説得の時間が不要なのでよかったかもしれないと恵は頭を振る。
一輝の性格をよく知っているが為に、もしも一緒に帰ってくれば救助に無理矢理でもついてこようとするのは目に見えていたからだ。
座席に身体を預け、再び瞼を閉じる。
すると、タクシーから流れていたラジオ放送に、聞き逃せない単語があることに気がついた。
『はーい! こちら、浅川 秀の~、ダンジョン攻略チャンネル~! 独占、大大大スクープですよ! 僕は現在、とあるダンジョンにお邪魔しております。みなさん、それが何処かわかりますかぁ? それはですね……お昼頃から話題沸騰のあのダンジョンなんです!』
『お昼頃から話題沸騰のあのダンジョン』。そんな物が毎日いくつも存在するわけもなく、指し示すものがナニかなど直ぐにわかった。
恵はガバッと身体をお越し、直ぐにタブレットの電源をつけて動画アプリを開く。
すると、オススメライブの急上昇トップに躍り出ていたライブのタイトル、『ダンジョンの救助活動に参加してみた』という文字が目に飛び込んでくる。
『本日のお仕事は~……旧墨田区サブ・ダンジョンでございます!!』
◇◇◇◇◇◇
「おいてめぇ! ふざけてんのかッッ!!」
スキンヘッドの男が、高身長で人当たりの良い顔立ちをした男……浅川に食って掛かる。
初めは何をしているのかよくわからなかった。
しかし、徐々に浅川がしていることの意味を理解していくと、あっという間に頭に血が上りきるのを感じ、気がつけばその胸ぐらを掴んでいた。
対して浅川は直ぐには振りほどこうとせず、頭から延びる器具に備え付けられたカメラに、満面の笑みと申し訳なさそうな表情を受かべる。
「あー、一旦ミュートにしまーす。ばいばーい! …………『ふざけてる』? あのさぁ、それ僕の台詞なんですけど?」
カメラのスイッチを切り返すと、浅川は自分の胸ぐらを掴む手首を握りしめた。するとメキメキという音をたてながら、胸ぐらを掴んでいたスキンヘッドが顔面を青くする。
「こちとら、生活かけてこれやってんだヨッ! あんまりふざけた事してっと、てめぇブッ潰す動画アップするぞ!!」
浅川のあまりの豹変ぶりに、周囲で様子を窺っていた者もどうしたら良いのかと手をこまねく。そんな中、騒ぎを聞きつけて駆けつけた佐々木が両者の間に割って入った。
「そこまでです。この騒ぎはいったいなんですか? ここはもうダンジョンの中なんですよ?」
「佐々木さん……こいつが、あまりにもふざけた事をしていたもので……」
スキンヘッドの男の指差す先には、頭部に装着する型のカメラがあった。
浅川の探索スタイルや、動画投稿の事は事前に知っていた佐々木は、それでおおよそ何が原因で言い争いになったのかを察する。
「浅川さん。勝手な事をされては困ります。探索師の中には自分の事を知られるのを嫌う方もいます。今回はいつも貴方が行う様なソロでのダンジョンアタックではないので、その点はご理解いただきたい」
「その点については申し訳ありません。ただ、僕もただ自分の顕示欲を満たしたいが為でもないのです」
「……お聞かせください」
「佐々木主任もご存知の通り、ダンジョンは未知に溢れています。今回のダンジョン変異も、前例はクレタ島の大迷宮のみ。ならば、その記録をリアルタイムで保存するのは必要なことではありませんか?」
「……なるほど」
確かに、秘密主義の者が多い探索師界隈では、浅川の様に映像媒体で記録を残す者はあまりいない。いたとしても、名を売りたいけれど実力の低い探索師がほとんどだ。
それに対し、腐っても浅川は二級の上位に名を連ねる探索師。実力は十分にある。それでいて、今回の様な特異な変化を記録出来るのは、世界的に見ても稀なことである。
「……わかりました、一部許可を出します。条件としては、許可の取れない他の探索師を出来るだけ撮さないこと。そして、私たちの指示があり次第、撮影を中断すること。森田さん、それでどうでしょうか?」
話を振られたスキンヘッドの男……森田はウッと唸りながら閉口する。はじめこそ、自分達の救助を見世物にする浅川の行為を許すことはできなかったが、その理由を聞いていると一理あると思った。
それに、探索師はただダンジョンに潜っていれば良いと言うものでもない。時には知名度が必要な事もある。
探索師達は、ある程度の年齢になれば引退をし、他の職を探す事もある。身体の老いには勝てないからだ。
そんな時、有名な探索師は広告塔になったり、ダンジョンについての講師を勤めたりするケースもある。中にはダンジョン協会に引き上げられる事もあるが。
だが、知名度の低い探索師にそんな御鉢は回ってくることはない。なので、メディア媒体に出ることは決して悪いことではないのだ。
特に、『自分の限界』を知る者こそ必要なことである。
「わ、わかった! そういう理由なら、文句はねぇよ……みんなも、そうだろ?」
「あ、あぁ!」
「撮影に気をとられて怪我すんなよ?」
険悪だった空気が薄れていくのを佐々木は感じた。
佐々木とて、浅川が本心であの主張をしているなどという、おめでたい考えをしているわけではない。
だが、ダンジョン協会という場である程度の責任を持つ者として、探索師の将来というものを考えることもあるのだ。
森田達は幸いにも二級探索師として活躍はしている。二級とは日本の探索師全体で見れば15%にも満たない数であり、それだけ貴重な存在だ。
しかし、そこから上に昇れる者は更にほんの僅かであり、だいたいがそこの壁にぶち当たって、引退するか最期まで探索師として生きるしかない。引退を選ぶとき、その先を得るのに有名であることは悪いことではないのだ。
佐々木自身、自分がその道を通ってきたが故に、浅川の狙いもある程度理解出来ていた。
(ダンジョンのメディア展開、ですか……本気で今後取り組む課題ですね)
「はーい、ごめんなさいね! ちょっといきなりカメラ回しちゃったものだから、恥ずかしがり屋の人が怒っちゃって。あっ! 『イーイーさん』、投げ銭ありがとうーッ! 君の応援が力になります!」
カメラの前でキメポーズをする浅川を眺めながら、佐々木はそんな事を考えるのであった。
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