41 / 87
第二章 大阪カニ騒動篇
第四十一層目 新装備
しおりを挟む見た目で言えば、恵よりも少し背が高いくらいだろうか。
後ろ姿だけ見ればまだ中学生くらいにも見える少女が、物凄い勢いで蟹を咀嚼していく。
「ほえ~……手品かなんかか?」
「凄いですね。蟹を剥く動作に淀みがないッ……!」
少女は蟹足を器から取り出すと、スーッとハサミを走らせて切れ目を入れ、つるんっと剥ききってから口に放り込む。その無駄のない無駄に洗礼された動作に、他の客も自分の食事も忘れて様子を見守る。
と、その時。少女の座る席に備え付けられていたタイマーが鳴りだし、食べ放題の時間の終わりを告げる。
「満足していただけましたか? ヴェールさん」
「うん……腹八分目で、止めとく」
ヴェールと呼ばれた少女の向かい側に座っていた男は、その言葉に苦笑いを浮かべる。
「やれやれ……これだけ食べてまだ入るんですか。それにしても、この食べ放題という制度は助かりますね。普通に注文していたら、経費がいくらあっても足りませんので。では、そろそろ出ましょうか」
「うん」
英語でのやり取りだったので周りの人間は今一つ理解していなかったが、現役で英語を習っている一輝達は一応理解できていた。
「すごいな……あんだけ食べてまだ入るんか……」
「何処に消えたんでしょうね?」
『暴食の権能』がある一輝ならいざ知らず、普通の体型の少女が何皿も平らげるのは少し異常だ。とは言え、大食いができる体質の人はそうなのかもしれないと、一輝も特にそれ以上気にすることもなかった。
そうして自分の鍋をつつこうとして時。店から出ようとしてちょうど一輝の隣を通りすぎようとしたヴェールが、ピタリと足を止める。
「……デビル」
ポツリと呟かれたその一言。
店の喧騒に掻き消されそうなその一言に、一輝は食べる手を止める。
「どうしましたか? ヴェールさん」
「ううん、なんでもない。行こう」
そのまま早足で店から出ていくヴェール。
付き添いの男は首を傾げながらその後をついて行った。
「なんやったん? いまの?」
「……さぁ? 俺たちが結構食べたから、ライバルと思われたのかも」
「そうか? ならもっと食わんとな!」
「もうホンマに堪忍してや! 和ちゃんッ!!」
女将の嘆きに対しても、結局二人は手を緩めることなく食いまくった。
結果、二人は一ヶ月の出禁を食らってしまうのであった。
◇◇◇◇◇◇
ボブに装備を注文をしてから二週間が経った。
大阪来訪の際に踏み入れた『城塞蟹ダンジョン』の本格的な攻略を前に、装備が完成したという連絡を受けた一輝は、恵と二人で大阪の地にやって来ていた。
「大阪なんて初めて来たわ」
「ん? ダンジョン探索とかで来たことなかったのか?」
「まぁね。普段は旧墨田区のサブ・ダンジョン専門だし。そう言えば聞いてよ! この間、遂に三十階層にたどり着いたのよ!」
東京のサブ・ダンジョンは基本的に三十から四十階層が最深部となっている事が多く、最深部にはそのダンジョンを守るダンジョン・キーパーと、ダンジョンコアがある。
一般的にダンジョン攻略とは、最深部にいるダンジョン・キーパーを討伐することで完了とされる。本来の意味での攻略であれば、その後ダンジョンコアに触れて破壊をし、ダンジョンを封印することである。
しかし、ダンジョンコアに触れる事は世界ダンジョン協会の規定で禁止されており、もしも触れた場合は永久的な探索資格の剥奪と、国家予算級の賠償が待っている。
それは、ダンジョンという資源を永久に失うことになるからだ。
ダンジョンから取れる素材や、現代でも解明できない技術など、その資源価値は計り知れない。なので、ダンジョンを封印することは許されないのだ。例え、そこから溢れたモンスターが人々に害を与えようとも。
「マジか! 話じゃ、あと五階層で最下層なんだよな?」
「そうそう。だから、今回こっちで色々装備とか調達したいのよね。お兄ちゃんとかは今日も潜ってるみたいだけどね。えっと、それでね……」
「あぁ、買い物だ? それくらい付き合うよ。荷物持ちくらいは出来るからさ」
「ほんと? やったッ! ジェイ先生に感謝だよ」
本当であれば、ジェイと共に装備を受け取りにくる予定であった。
しかし急遽、エジプトで新たなダンジョン発生の兆候があるということで、一級探索師として派遣をされることになったのだ。
そうなるとせっかく取った飛行機のチケットが無駄になる。ならば和葉がとなったのだが、和葉は和葉で三年の課題であるダンジョン探索試験があり、空いているのが同じクラスの者に限られてしまった。そこで一輝とも付き合いの長い恵が手をあげたのだ。
(普段世話にもなってるし……たまには恵に恩返しをしないとな)
一輝の視線の先には、ガイドブックを楽しそうに眺める恵の姿があった。
どうやら赤ペンで立ち寄りたい店をチェックしているようだ。
だが、その中にあった一軒の店名を見て、一輝は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまん、恵……『蟹好』さんとこは、出禁になってる……」
「なんでよ!?」
丸めたガイドブックでバシバシと叩かれる一輝であった。
「すみませーん! お邪魔します」
「邪魔するなら帰れッ!」
「えぇえ……?」
「冗談じゃ。イッツ、大阪ジョーク」
ボブのガレージに到着した二人は、いきなりのボブの出迎えに頭をおさえる。
当のボブは上機嫌に鼻唄を歌いながら、台車をついて現れた。
「ほれ、出来たぞい! 儂の生涯最後の傑作じゃ!」
「しょ、生涯最後って……そんな縁起でも無いことを言わないでくださいよ」
「いや、確信がある。これ以上の物は、儂には作れん。まぁ、もう歳も歳じゃしのう。それより、早速着てみてくれんか?」
「……わかりました」
台車に乗せられていたのは、全身を覆う黒い密着型のスーツであった。少し一輝には大きめだが、着込んでから腕の部分のスイッチを押すと、自動的に一輝の身体にフィットするように縮んでいく。
「まずはスーツの説明からするぞ。こいつは『フウセンオニナマコ』の素材を基に、『ライトニングホーン』の甲殻を合わせた、儂オリジナルのボディスーツじゃ」
「ナマコ、ですか?」
「うむ。ナマコは特殊な体の構造をしておってな、あれらは普段は柔らかいくせに、力が加わると硬くなる性質がある。『キャッチ結合組織』というやつじゃ。詳しく話しておると時間がないから、物は試しじゃ」
ボブは金属の棒を取り出すと、思いっきり振りかぶって一輝の足に叩きつける。
すると、先ほどまで柔軟性のあったスーツが、殴られた箇所だけ青白く光ながら硬化していた。
「この様に、衝撃に対して瞬時に反応し、あらゆる衝撃を防ぐことができる。ナマコだけでは強度や反応速度に難があるから、他の素材も掛け合わせた形じゃな」
「凄い……まったく痛くない。それに、このスーツ物凄く軽いです」
「この構造を利用することで、強度をあげつつも軽量化出来ておるからの。だが、あまり過信はし過ぎるな。あくまでもボディスーツじゃからのう」
試しに色々な動きをしてみる一輝。
一切動きを阻害する感覚がないのに、それでいてしっかりとしたフィット感が心地よい。
「気に入って貰えたようで嬉しいのぅ。じゃが、ここからが本番じゃ。こいつこそが、儂の五十年の集大成……」
台車に被せてあった布を取り払うボブ。
現れたのは、スーツと同じ黒で統一された、二基の球体とそれを収めるホルダーらしき機具であった。
「ダンジョンがこの世に現れ、魔力という新しい要素が生まれた。その時から儂は、魔力と科学を融合させた新しい魔導倶の開発に打ち込んできた。そして、これがその技術の結晶……『天照』と『月詠』じゃ」
ボブが機具を起動させると、二つの球体は静かに宙に浮き始めた。
0
お気に入りに追加
423
あなたにおすすめの小説

はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!


【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?
黒井 へいほ
ファンタジー
ミューステルム王国に仕える兵であるラックス=スタンダードは、世界を救うために召喚された勇者ミサキ=ニノミヤの仲間として共に旅立つ。
しかし、彼女は勇者ではあるが、その前に普通の少女である。何度も帰りたいと泣き言を言いながらも、彼女は成長していった。
そして、決断をする。
勇者になりたい、世界を救いたい、と。
己が身に魔王の魂を宿していたことを知ったラックスだが、彼もまた決断をした。
世界を救おうという勇者のために。
ずっと自分を救ってくれていた魔王のために。
二人を守るために、自分は生きようと。
そして、彼らは真の意味で旅立つ。
――世界を救うために。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる