ダンジョン・トラベラー~最弱探索師の下克上~

赤坂しぐれ

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第二章 大阪カニ騒動篇

第三十九層目 それぞれの思惑

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「こいつぁ……」

 とりあえず今使っている装備を見てから最適な装備を作ろうとなったので、一輝は自分の鞄から愛用のボディスーツを取り出す。
 これを使い始めたのは探索師を目指し始めた一年前。そこから幾度もダンジョンで一輝の体を守って来てくれた……と、本人は思っているが。

「もう随分前からスーツの機能が働いてねぇな。おい、ジェイ。お前さんも教師なら、生徒にこんなもん使わせてんじゃねぇ!!」
「いや、本当に面目ない……」
「す、すみません! 俺がどうしても使いたいって……」
「ふー……あのなぁ、俺たち物作りをする側からすりゃあ、一輝みたいに大事に使ってくれるのは本当にありがてえ話だ。オーダーメイドだろうが量産品だろうがな。でもな、それで守れるはずの命を落とされると、これ以上に辛いことはねぇ。道具は使われて初めて意味が出る。使えなきゃ、それは道具じゃねぇ。ただの飾りもんだ」

 ボブの言葉に申し訳なく頷く一輝。
 物が溢れる昨今、なんでも金を出せば良いものが手に入るようになった。それ自体は悪いことではない。
 良いものが多いということは、それだけ使う人にとって便利になり、探索師ならば命を守れるのだ。
 ボブとしてもそんな風潮に思うことは無いわけではないが、それでも一輝の持ってきたスーツには物申さないわけにはいかなかった。
 それは一人の大人としてもそうだし、一輝のスーツを作った者の気持ちを代弁したものでもあった。

「まったく……儂が装備を作るからには、ちゃんと整備には出させるからな! いいな!?」
「はいッ! 約束します!!」
「ふ……だが、俺は初めてみたさ。こんな継ぎ接ぎまみれの市販スーツをよぅ。まぁいい。それで、素材はどれくらいある?」
「とりあえず使えそうな分はこちらに」

 ジェイがアタッシュケース型のマジックバックを開くと、大量の素材が溢れてきた。
 そのほとんどが新宿メイン・ダンジョン、通称メガ・ダンジョンでとれる物であり、これだけでも一財産ある。

「ほぅ! こりゃあ凄いじゃないか!」
「ちょ、ちょっとジェイせんせぇ? いくら教え子やゆうても、これは贔屓やないです?」
「勘違いしてはいけないよ、和葉君。これはあくまでも一輝君本人が集めたものだ。大方、君たちも一輝君については調べているのだろう? なら、わざわざ秘密にする事もあるまい」
「…………ノーコメントでお願いしますわ」

 ジェイの余裕の態度に下唇を小さく噛む和葉。実際、ジェイの言う通りであった。
 この数ヵ月の間に起きたダンジョンにまつわる事件。何故かそこには一輝の名があり、そのどれもが命がいくつあっても足りないものなのに、こうやって五体満足で帰還しているのだ。
 しかも、調べれば一輝は最弱と呼ばれている底辺見習い探索師だった過去がある。それなのに、ジェイに認められて私立ルーゼンブル学園にも入学した。
 こんな経歴の者がまともな訳がない。
 東京支部は必ず一輝についてなにかを隠していると確信した大阪支部は、一輝の身辺調査をしていたのだ。一輝と和葉が同室になったのは偶然であったのだが。
 そして、調べれば調べるほど、やはり一輝は特異な存在であった。何故か、持ち帰ってくる素材が良すぎるのだ。その力量に似合わないくらいに。
 なので和葉はここ最近、出来るだけ一輝と接触をはかっていたのである。

 だが、そうやって一輝の事を嗅ぎ回っている存在に気がついたジェイは、事情を知る瑞郭達にも協力を仰ぎ、少しづつではあるが一輝の力や情報をわざと小出しにしてきた。
 そうすることにより、一輝には『何か』があり、更にその背後にはジェイや瑞郭といった影響力のある人間がいると牽制していたのだ。
 日本ダンジョン協会といっても、その全てが一枚岩ではない。出来るだけ自分たちの懐に有能な探索師を抱えたいという思惑がある。そして、今回秘蔵中の秘蔵であるボブを一輝に紹介したのも、大阪支部による一輝の取り込む算段のひとつでだった。

(変やと思うたんよ……大阪支部でのあの態度)

 和葉はここに来る前に立ち寄った、大阪支部でのジェイや大人達の違和感の正体に合致がいく。
 普通、他の支部からダンジョン探索目的で来訪する場合、あらかじめ書類などで申請する必要がある。しかし、今回ジェイはそういった物は一切用意をしていなかった。
 それにも関わらず、大阪支部局長……和葉の父である須藤 光琳こうりんはそういったジェイの不手際に文句を言うこともなく、手続きを迅速に済ませた。
 つまり、一輝が大阪に来ることは最初から予定に組み込まれており、既にある程度の情報共有はジェイと大阪支部の間で交わされていたのだ。
 恐らくボブを紹介することもその中に組み込まれた流れなのだろう。つまり、和葉は自分の父親に良いように駒にされていたのだ。一輝をおもてなしする為に。
 知らぬは末端の自分だけ。それに気がついた和葉は、一輝の肩を掴んで最高の笑顔を見せる。

「今晩はカニとフグやんな!」
「えぇえ!?」
「や・ん・な!」
「えぇえ……?」

 何故に和葉が怒っているのか理解できない一輝は、それでも逆らってはいけない気がして渋々頷く。
 その様子を見ていたジェイは苦笑いを浮かべてため息をつく。

「まぁ、そう一輝君をいじめてやらないでくれ。須藤局長としても、大事な娘さんを成長させたいと思ってのことだから」
「……わかっとりますぅ」

 光琳の求めた正答は『大阪支部でのやりとりで、既に上層のやりとりが完了していることに気がつく』である。その点に気がつけなかった時点で和葉は落第であり、家に戻ればしたり顔の父親からお小言を貰うことだろう。
 探索師はダンジョンを相手にするのに対し、ダンジョン協会の職員は人を相手にする仕事だ。もしも和葉が職員を目指すのであれば、こういった表には見えない部分を察して、流れを汲み取りながら動く能力も必要になってくるのだ。
 父なりの不器用な愛情と言っても良いだろう。

「ふむ……ふむ……ぬおっ!? お、おい……!」

 そんな和葉達のやりとりなど興味もないと素材を漁っていたボブは、素材の山から現れた鋭い牙の群を見て驚きの声を上げる。

「それも使ってやってください。一輝君にとって思い出の品でもあるので」

 そう言ってジェイがニヤリと笑う。
 いったい何事かと思った和葉がボブの手元を覗き込むと、そこには二列に並んだ歯がついた下顎があった。

「え……これって、まさか?」
「法皇寺氏が一輝君の見舞いにとね」
「ツイントゥースドラゴン……」

 旧世田谷区サブ・ダンジョンで討伐されたツイントゥースドラゴン。その内で残されていた頭部の一部である。
 実際は一輝が食べてしまったのでその死骸は残らなかったのだが、記録上はグラハムによる最大の一撃で体が消し飛んだということになっている。
 なので、この下顎の一部だけでも、かなり貴重な素材と言っていい。残された核については、東京支部に厳重に保管されている。

「こいつを扱うのは大阪の大討伐依頼じゃ。腕が鳴るわい!!」

 俄然やる気を出したボブは、早速図面に取りかかり始める。
 ジェイも出来る部分は協力すると、メジャーで一輝の寸法を測り始めた。
 そして一人残された和葉は、そのあまりにも非常識な事態に戦慄する。

(なんで……なんでそないな事になっとるん!? 見舞いやからって、こないな貴重なもん貰えるはずがないやろう!? カズはいったい……いったい何者なんよ!!)

 既に作業に没頭し始めた三人には、和葉の心の叫びを知るよしもなかった。
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