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第一章 暴食の権能篇
第三十五層目 ダンジョン・トラベラー
しおりを挟む旧墨田区・世田谷区サブ・ダンジョン討伐任務。通称、『冬の大討伐』。
かつて大阪で行われたツイントゥースドラゴンの大討伐を、関ヶ原夏の陣に見立てて『夏の大討伐』という呼び名であるのに対し、今回の事件の通称だ。
冬の大討伐で犠牲になった探索師は驚くほどに少ない。
死者、二十一名(当初重傷を負っていて、後程亡くなった者も含む)。負傷者十二名。
実際のところ、ツイントゥースドラゴンによって裏で食われた者がいるかもしれないので、正確な数を集計できないが。
その中でも、唯一の未成年であり、本来旧世田谷区サブ・ダンジョンに居なかったはずの青年は、事件後しばらくは時の人となった。
しかし、それがツイントゥースドラゴンの持つ特性『ダンジョン渡り』によるものであると報じられ、さらには被害者が未成年ということもあって直ぐに情報は規制された。
インターネットではそれでも話題に上ることはあったが、ある程度以上の情報がなければ人というものは飽きるもの。
人の噂は七十五日。実際は二週間程度だが、事件の事に話す人はほとんどいなくなっていた。
「よーし。これで終わり、っと」
自室で掃除を終わらせた一輝は、三角巾を頭から外して窓の外を見る。
「自分の部屋なのに、僅か二日で病院行きになるなんてなぁ……お陰で、荷物の片付けも出来なかったし」
冬の大討伐後。一輝は旧世田谷区サブ・ダンジョンにあったツイントゥースドラゴンの食糧庫で救出された。
衰弱していた(様に見える)一輝はそのまま中央病院へ救急搬送。その後、ダンジョン協会の聞き取りや検査などで二週間近い時間が過ぎていた。
実際のところはあの後直ぐにツイントゥースドラゴンを食べ、獲得した能力で食糧庫まで跳んだのだ。
「『ダンジョン・トラベラー』、か……」
一輝の体内に取り込まれた『ダンジョン渡り』は、様々な能力と融合し、『ダンジョン・トラベラー』という能力へと変化した。融合した能力が多すぎて、もはやどんな能力なのかが把握出来ていないが、それでも判明している『ダンジョン渡り』の能力は強力無比だ。
『ダンジョン渡り』の能力は、ツイントゥースドラゴンも使っていた通りダンジョンを行き来するという能力だ。魔力を消費して思い浮かべたダンジョンに転移するというものだが、実はこれには制約もある。
ひとつは、自分が行ったことのある場所であるということ。これについては、一輝はあまり納得がいっていなかった。
何故なら、ツイントゥースドラゴンはその制約があるのなら、どうやって行ったことのないはずのダンジョンに行くことができたのかという点だ。
しかし、これは答えのでない問題だったので、一先ず放置することにした。
次に、移動するためには一度ダンジョンに入る必要があるということだ。その能力の性質上、ダンジョンからダンジョンへと移動するものなので、外からいきなりダンジョンへ行くことはできない。
それでもダンジョン内であればどの階層でも場所でも行くことが出来るのはかなり大きい
「それに……どうしたものかな。これ」
机の上に置かれていた二通の手紙。その内の達筆な字で書かれた方を開く。
差出人は『法皇寺 瑞郭』であった。
「瑞郭さんのクランへの誘いねぇ……」
一輝自身の力を知る自分であれば、一輝の立場を守りつつも活かすことが出来る。
その提案は一輝にとってもありがたいものであった。しかし……。
「俺にはまだ早い」
一輝は瑞郭の誘いを断った。
一人の力ではツイントゥースドラゴンに勝つことはできなかった。それに、まだ一輝にとっての目標は達成されていないのだ。
ツイントゥースドラゴンの核。
『万能薬』の材料となるそれは、いまは日本ダンジョン協会で厳重に管理されている。
所有権は表向きにはツイントゥースドラゴンを討伐した瑞郭とグラハム。それとその場で協力した正宗が持っている。表向きというのは、実際は核については一輝が使うべきだと三人は考えていたのだ。一輝はその提案には難色を示したが。
素材も放棄させて、その上で核までとなると貰いすぎていると。なので、一先ず一輝の取り分としては『万能薬』の分だけとなった。
そして、『万能薬』の素材はツイントゥースドラゴンの核だけではない。
『グランド・シザースの肝』。
『世界樹の新芽』。
『太陽の影』。
そのどれもが市場には出回っていない、特級探索師ですら入手が難しいものだ。
世界で最初の特級探索師である瑞郭でさえ、どれも一度しか目にしたことがなく、その一度の機会も前回『万能薬』が作られた時の話だ。
そもそも、『万能薬』は謎が多すぎた。製法、素材、効能。どれもが異質過ぎて、例え素材が集まったとしても作れるのかわからない。
しかし、一輝は僅かなその望みにかけるしかなくなっていた。
二通の内のもう片方には、『新東京市中央病院』の文字があった。
『早織さんの身体が、我々の予想を遥かに越えるほどに悪くなっています……』
主治医の話を思い出しながら、封筒を握る手に力が籠る。
例え今すぐに治療費を揃えたとしても、最速で手術にこぎつけるのは半年後。早織の心臓はそれすらも間に合わなくなっていたのだ。
事情を知った瑞郭は一輝獲得の意味も込めて援助を申し出たが、いくら金を積んでも叶わないことはある。
以前の世界であればある程度金での融通もついただろう。しかし、ダンジョンのあるこの世界では、以前よりもドナーの数は減少。確保が難しくなってしまったのだ。
「お兄ちゃんが、必ず助けてやるッ……!」
グシャリと握りつぶされた封筒。
その上に、ようやく降り始めた例年よりも遅い初雪が窓からはらりと降り注いだ。
◇◇◇◇◇◇
ダンジョンが現界し、世界のすべては変容した。
姿形、生き方、価値観。
だが、それでも変わらないモノは存在する。
それは、『信仰』。
人は何かを信じ、その為に生き、そして死ぬ。
信仰するものは変われど、人の本質である祈りというものは変わることがない。
始まりのダンジョン・バチカン市国。
この世界で最初にダンジョンが現界した場所であり、ある者は聖地として、ある者は諸悪の根元として『信仰』の対象になっている。
曰く、ダンジョンは主が与えたもうた試練であり、人がの越えるべきものだと。
その信仰は人々に直ぐに浸透することになった。
ダンジョンが根幹となったこの世界において、弱き者がすがったものは、やはり宗教であった。
バチカン市国ダンジョンは神殿型のダンジョンであり、地上にその全貌がある。
通常のダンジョンは資格のない者は入ることができない。これは世界ダンジョン教会の定める規定によるものであり、世界共通の取り決めだ。しかし、このバチカン市国ダンジョンだけは例外だ。
『バチカン市国ダンジョンは神に守られている。故に、人に危険はない』。
これもまたひとつの不文律であり、世界ダンジョン教会もこれを認めている。なので、神殿部分にはいつも探索師ではない教徒が押し寄せているのだ。
しかし、実際は地下に続く部分もある。それを知るのは『教会』でも一握りだが。
バチカン市国ダンジョン、地下五階層目の一室。
「起きなさい、ヴェール」
何も知らない人が見れば、この部屋を見て抱く印象は『手術室』だろう。
その中心にあるベッドの上に仰向けに寝かされていた少女は、ゆっくりと瞼を開く。
「おはようございます、アモディグスト様」
「おはよう、ヴェール。気分はどうだい?」
「……問題ございません。『触媒』も順調に馴染んでおります」
「それは良かった。君は我々にとって、大切な大切な使徒だからね。なにかあればどれだけ小さな事でも良い。必ず教えてくれよ」
少女は静かに頷き、再び瞼を閉じる。
その瞬間、少女の背中から二対の羽が現れた。
まるで蝶を思わせる美しい羽。
「素晴らしい……」
恍惚の表情を浮かべるアモディグストと呼ばれた男。
男はずり落ちそうになるメガネをかけ直し、手元のファイルにペンを走らせるのであった。
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