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第一章 暴食の権能篇
第三十三層目 決着の刻
しおりを挟む一輝がその手に握っていたもの。
それは、グラハム・アーサーの使用していた超兵器、『焔王の息吹』と『凍神の瞬き』であった。
「これが特級探索師の持つ力、か……凄まじいな」
グリップを握るだけでみるみる内に魔力を吸いとられていくのがわかる。ツイントゥースドラゴンの腕を食し、更なるパワーアップが施された一輝でさえ、そう長くは保てない。
「返、せ……それは俺以外が、使うことはできない……!」
魔導倶と共に回収されたグラハムの上半身。驚く事に彼は生きており、なんとか首を起こして一輝を見やる。
「貴方の体の秘密、誰にも話しません。だから、少しの間だけこれを貸してください」
「無茶だッ! 持っていかれるぞ!」
「大丈夫です。『魔力変換、ゴーレム・マジシャン』」
一輝の命令により、傍らに立つゴーレム・マジシャンの内部にある機構が高速回転を始める音が聞こえてくる。そして、関節のあちらこちらから漏れ出した紫色の光が、より一層光をまして一輝へと吸い込まれていく。
「ゴーレムによる魔力供給。これで俺でもこの魔導倶を行使出来る」
魔力の充填が最大まで済み、二丁の拳銃が形を変化させる。
「バカなッ!? 殲滅形態だとッ!?!?」
本来であれば、一定の条件下により可能になる、ダンジョンからの無限魔力供給を受けたグラハムだけが使える、真の意味での魔導倶の解放した姿。
その条件と言うのが『ダンジョンコアと接触したダンジョン』というとても厳しいものであり、現在のグラハムをもってしてもそれが可能なダンジョンは僅か二つ。
勿論、例外としてそれを上回る魔力量があれば別であるが。
『ダンジョンの落とし子』。師である瑞郭を含め、僅かな世界ダンジョン協会の役員しか知り得ないグラハムの体の秘密。
それを知っていると言ったことも含め、グラハムの目には一輝はナニか恐ろしい化け物の様に映っていた。
一輝の手の中で変容を遂げる銃。
赤と黒を基調とし、重厚なフォルムの『焔王の息吹』は銃口が二つに分かれ、まるで火龍の様に小さな炎の吐息が漏れだしている。マガジン部分は弾帯に変化して一輝の腰に巻き付いていた。
青と白を基調とした美しい銃身の『凍神の瞬き』は、一輝の腕と同化して小型の対物ライフルとなり、腕の接着面には腕全体を覆う氷の盾が形成される。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ嘘だッ! 俺でさえ、片方が限界なのに……」
愕然とする持ち主。
この世で一番二丁の魔導倶を知っているという自負があるからこそ、その心中は嵐の様に掻き乱されていた。
それに対し、瑞郭はスーッと目を細めて一輝を見つめる。
(こやつは……危険じゃ。危険すぎるぞい。モンスターを喰うことで成長を遂げる肉体。グラハムをも上回る魔力同化率……いや、あの特異なゴーレムも含めてかのう。あれを放置は出来ん)
共に戦っている身であっても、ツイントゥースドラゴンという強敵を目の前にしても、それでもなお瑞郭にとっては一輝の方が恐ろしかった。
そして、その恐怖は殺意を向けられたツイントゥースドラゴンこそが一番感じていた。
「ギャ、ギャオオォォォォォオオオ……」
先ほどまでの勢いは何処へやら。
いくら強大な力を持つツイントゥースドラゴンとはいえ、グラハムの必殺を退け、瑞郭の手によって腕を落とされ、なおも抵抗し続けていたツイントゥースドラゴンに、いま目の前にいる『怪物』の相手は難しい。
食料を一輝に横盗りされてしまったことで、食事もまともに出来ておらず、体力も減りに減っている。
その上、いつの間にか手に入れていた、自分でもあまり使い方のわからない『盾』も使いきってしまっている。
万事休すとはまさにこれである。
ツイントゥースドラゴンは直ぐに生存第一へと思考を切り替える。
両足に力を込めて大跳躍をし湖から飛び出すと、そのまま別階層へと続く階段へと向かい始めたのだ。
悔しいが、いまはあの小さき者と戦って生き延びる事は難しい。ならば、追いつかれない場所へ逃げて力を貯めればいいのだ。
ツイントゥースドラゴンは必死、まさに必死の表情で走り始めた。
しかし、右足を踏み出した拍子に何故か、自分の体がぐらりと傾いている事に気づいた。
「ッッ!?」
「何処に、行こうって言うんだ?」
徐々に傾きは強くなり、頭が状況に追い付かないままツイントゥースドラゴンは地面に転がっていた。
混乱のままに視線を動かすと、いつの間にか大きな脚をまるでクリスマスチキンの様に片手で持ち、大口でかぶりつく一輝の姿があった。
その脚の断面は黒く炭化しており、どれ程の超火力で焼けばそうなるのか、皆目検討もつかない。
「さっきも思ったけど、旨いな。お前」
倒れ伏したツイントゥースドラゴンを見下す一輝。いや、サイズ的には倒れていても一輝より目線は高い位置にあるのだが、それでもツイントゥースドラゴンは見下された感覚があった。
『捕食者』と、『被捕食者』という一方的で覆せぬ関係。
「先にトドメを刺すか」
一輝は脚を放り投げると、銃口を地面に突き刺していた『焔王の息吹』を引き抜いて構える。
だが、ツイントゥースドラゴンとて『君臨者』としてのプライドがある。そう易々とやられてやる訳にもいかない。
「グオオオオォオオオオオオオォオオッッ!!」
体を捩って首から上を起こし、一輝へと噛みつこうとするツイントゥースドラゴン。
しかし、それよりも速く、蒼の光がツイントゥースドラゴンの眉間にソフトボール大の穴を穿つ。
「安らかに眠ってくれとは言わない。俺の中で、生きろ──」
一輝の言葉が最後までツイントゥースドラゴンの耳に届くことはなかった。
◇◇◇◇◇◇
「あちゃー、やられちゃったか」
「まぁ仕方ないんじゃにゃい? 実験みたいなもんだし」
「しかし、あんまり時間もないわよ? 『門』からあの忌々しい羽虫の気配がビンビンきてるぅ!」
「……アスモ、うるさい」
ほの暗い部屋の中で、壁に掛けられた巨大なモニターを見つめる六つの人影。
その内の一人、白い髪の毛の若い青年がメガネをかけ直して口を開く。
「今回、我々が目的とした『権能』の並列起動実験は失敗に終わりました。しかし、その芽が失くなった訳ではない」
「しかり、しかり。あの小僧が再び実験対象になってくれおったからのう」
禿げ上がった頭皮を撫でながら、幼児サイズの老人がふぇっふぇっと笑い声をあげる。
異様なのが、いま会話していた青年と老人が同一人物だと言うこと。言葉を言い終わると次々とその姿を変えているのだ。
しかし、この場にはそれを指摘するものは誰もいない。
「このままでは『ゲーム』での勝負をする前に、盤面にすら立てなくなる。あまり使いたくはない手だが……増やすか」
「私は反対であーる」
モニターを囲んで話し込む五人から少し離れた場所で食事をしていた男が、その手を止めて異を唱える。
「そうは言っても、今回一番やらかしたのってお前だぜ? ベルゼブブ」
ソファーに上半身を投げ出したままの赤い男、サターニアが気だるそうに言う。
「そうそう。ルシ様の言いつけも守らず、同時に二つの存在に『権能』を許すとか。そんにゃに簡単には『権能』を渡しちゃいけにゃーいんだー」
「……なーいんだー」
猫耳の女性が尻尾をゆらゆらとさせると、それを掴もうと前髪で顔の半分が隠れた少女が追いかける。
それを面白がって猫耳の女性は尻尾を激しく動かす。
「それは違うのであーる。主の神子は仰った。『求めよ、さらば与えられん』と。望み、掴もうとした者へ私は手を差しのべただけであーる」
これで話は終わりだと、ベルゼブブはナプキンで口許を拭いてから立ち上がる。
その様子を静かに見送り、誰でもなく呟いた。
「己の信じる存在であれば、自分を裏切った者の言葉も借りる、か……まさに、『悪魔』だな」
静寂が訪れた部屋のなかに、遠ざかっていくベルゼブブの足音が木霊する。
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