ダンジョン・トラベラー~最弱探索師の下克上~

赤坂しぐれ

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第一章 暴食の権能篇

第三十層目 閃光

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 両親の死は、確かに相手方の不注意によるものだった。
 そこに憤りを感じなかったわけではない。その後の生活や、病気に苦しむ早織の事を思えばいまだに許すことなどできはしない。
 しかし、それでも事故は事故。事故は起きるものなのだ。怨みはしても、心の何処かで仕方がないと諦念を抱く自分があった。

 だが、今は違う。
 奴は確かに笑ったのだ。
 自分にとって大事な人の命を奪いながら。

 いまの自分が抱く感情が『怒り』であると、吹き飛んでいくツイントゥースドラゴンの姿を見据えながら理解する。

「か、一輝くん……君はいったい……」

 木戸の死を目の当たりにし、震えていた青年が繰り出した拳。
 その一撃は遥かに巨大な敵の鼻先を打ち抜き、ありえない光景を作り上げた。

「皆さんは、早く逃げてください」
「いや、しかし……」
「早くッ!!」
「ッ!!?」

 これでも自分達は幾多の死線を生き抜いてきたと自負していた。
 だが、どうだ。
 たった17歳の青年の一喝に、心底震え上がってしまっているのだ。
 それは、ツイントゥースドラゴンを前に抱いたソレと同じ感情。

 『恐怖』だ。

「俺は……このままじゃ自分を抑え込むことが出来ません。そうなった時、きっと正宗さん達を傷つけてしまう」
「……探索師見習いの青年の一睨みで怖じけずく探索師、か。俺たち、もう廃業した方がいいのかもしれんな……厳さん。みんなを連れて行ってくれ。俺は一輝くんと一緒にここに残る」
「正宗さん?」
「そう言ってくれるな。俺たち全員が、一輝くんを置いて逃げたなんて言った日には、御天道様に顔向けできねえわ。幸いにも俺は『自己治癒』もあってそこまで酷い怪我もないし、一輝くんの手伝いをさせてくれ」
「…………わかりました。しかし」
「子供に心配されるほど柔じゃないよ。それより……来るぞッ!」

 吹き飛んだ先の湖から顔を出したツイントゥースドラゴンは、瞳の中で燃える怒りの炎を一層激しく燃え上がらせる。
 だが、怒りに燃えるのは一輝も同じだ。

「こいよ、蜥蜴野郎ッ! どっちが本当の『暴食』か、決めてやるよッッ!!」

 祭壇を足場に凄まじい跳躍を見せる一輝。
 それを迎い討つツイントゥースドラゴンは、身体を一回転させて尾撃を繰り出す。吹き飛ばされたとはいえ、力の差がありすぎてまともなダメージには成っておらず、ピンピンとしていた。

 まるで巨木を振り回したかのような一撃に、一輝の身体は撃ち抜かれそうになる。
 しかし、ちょうど尾が身体に触れようとした瞬間、一輝の身体は残像を残して身体ひとつ分ほど浮き上がった場所に現れ、そのまま尾を伝ってツイントゥースドラゴンの身体を昇っていく。

「凄いな……俺も負けてられんッ!」

 一輝のトリッキーな動きを前に驚きを浮かべる正宗。だが、直ぐに表情を引き締め、愛用の剣を取り出して湖に浮いている足場へとジャンプする。
 暴れまわるツイントゥースドラゴンのお陰で、水中に沈んでいた倒木や死骸が水面に浮かび上がっているのだ。
 常人であればそんな不安定な物を足場には出来ないが、腐っても三級探索師。それくらいはわけもない。

「一輝くん、俺が奴を引き付ける! その内に、奴の急所に!」
「わかりました!」
「でっぇええいッ!!」

 ツイントゥースドラゴンの左脇腹を狙った正宗の一撃。
 しかし、そもそも正宗のステータスでは傷ひとつ付けることができず、比較的柔らかい腹側でさえ弾かれてしまっていた。
 そして、そんなとるに足りない存在など無視だと、ツイントゥースドラゴンは一輝の姿だけを追う。

「あまり俺を……舐めるなッ!!」

 剣を収めた正宗は、体内で魔力を練り始める。
 魔力は血液中に魔素が含まれて、それが循環しているものだと考えられている。これはあくまでもダンジョンが現界してkら発現した現象であり、いまだに謎な部分も多い。
 しかし、確かな事は魔力は間違いなく存在をし、それらを用いて超常を呼び起こすのが『魔術』なのだ。

「フレイム……ジャベリンッ!!」

 天に掲げた正宗の両手に魔力が集中し始める。
 そして、正宗が口に出した『呪文ワード』を起動の鍵とし、巨大な炎の投げ槍が現れた。

「喰らえッ!!」

 手を振り下ろす事により、指向性を得た炎の投げ槍は一直線にツイントゥースドラゴンの背中に迫る。
 そのスピードは時速200kmを越える高速であり、空気を焦がしながら真っ直ぐに着弾した。
 激しい音と共に燃え上がるツイントゥースドラゴンの背中。だが、赤く輝く炎は、まるで出来の悪いトリック映像の様に渦を巻きながら、消え去ってしまった。

「馬鹿な……! 俺の、最大火力が……!」

 ただの一撃で良い。その想いを込めたまさに乾坤一擲の魔術が効かない。
 その驚愕の最中、著しく魔力を失ったことにより激しい頭痛と吐き気が正宗を襲う。

「ちく、しょう……」

 ダンジョン現界という争乱の中で共に生きてきた戦友。その無念を少しでも晴らすべく奮闘した正宗だったが、君臨者の持つ壁は想像を絶するものだった。
 最大の想いを込めた魔術でも、鱗のひとつにすら傷をつけることが出来ない。
 正宗の頬に無念の涙が流れる。

「ちくしょう! 誰か、誰でもいい! 一輝くんを助けてくれぇ!」

 正宗の悲痛の叫びを聞き入れる者など、この場にいない。
 現実とは常に無情なのだ。

 だが……。

「かっかっかっ!」

 現実とは。

「へぇー。やばいね、アレ」

 小説より、奇なりッッ!!!

 いつの間にか現れた二人組。
 長い白髪を赤いリボンで括り、これまたお揃いのリボンで長いあごひげを束ねる老人、法皇寺 瑞郭。
 その傍らで、青い髪の毛を撫で上げた青年、グラハム・アーサーがサングラスを外す。現れた黄金色の瞳が鋭さを増した。

「あ、あなた方は……まさか」
「ほっほ、お主の依頼、確かに任されたぞい。しかし……あれは少々厄介じゃのう」
「瑞郭じいちゃんがそう言うってことは、かなりまずいんじゃねぇ?」
「じゃのう。しかし、ワシはそれよりもあの青年が気になるのう」

 怒りに任せた激しい攻撃を、次々と避けながら反撃の機会を窺う一輝。その姿を見た瑞郭は、頬を伝う汗をそのままに笑う。

「まさに化け物が二匹、といった感じかのう。じゃが、いまはそれどころではないわ」
「だな。後続はまだ到着できねえだろうし、来ても役にたたねえかもだし」
「では、ちょっくら蜥蜴退治と行こうかのう。グラハム」
「あいよ」

 グラハムが両股に装備していたホルスターから銃を抜く。
 ダンジョンから出土した魔導倶を基に、現代科学と魔術を融合させた、世界でも現存するのはこの二丁のみと言われる兵器アルティメット・ウェポン

 『焔王の息吹』と『凍神の瞬き』。
 
 赤と黒を基調とした重厚なフォルムの拳銃が、グラハムの魔力を吸い上げていく。

「はっは! 最初からクライマックスだぁ!!」

 銃口から放たれる熱線。
 あまりにも強大なエネルギーの塊は、空間をねじ曲げながらツイントゥースドラゴンの太ももに吸い込まれていく。
 その力の奔流を察知したツイントゥースドラゴンは、その巨体には似合わない俊敏さにより間一髪で回避をする。

「おっ? 避けるか。しかし、避けると言うことは怖えってことだよな? じゃぁ、ガンガンいこうじゃねえの!」

 グラハムは再度『焔王の息吹赤い銃』に魔力を装填しながらも、もう片方の『凍神の瞬き青い銃』も同時に起動させる。
 一見するとグラハムはなんでも無いように扱っているが、この二丁の銃はグラハムでしか扱うことが出来ない。
 普通の探索師であれば、どちらか片方を起動させようとするだけで魔力が枯渇してしまう。最悪、死に至る可能性もある。
 だが、特殊な出自を持つグラハムはこの二つを手足の様に使うことができるのだ。

「さぁ、楽しませてくれよ蜥蜴ちゃんッ!」

 そう言って青い銃を向けるグラハム。
 そして、銃口から青い閃光が放たれるのであった。
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