ダンジョン・トラベラー~最弱探索師の下克上~

赤坂しぐれ

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第一章 暴食の権能篇

第十九層目 涙

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 本来、ジェイは一輝にも話した通り、ルーゼンブル学園への途中編入試験の資格と案内を渡す為にダンジョンへとやって来ていた。
 いくら知古の正宗の推薦とは言え、芽の出ない者を温情で入学させるほど私立ルーゼンブル学園は甘くない。日本最難関ということもあり、毎年の試験倍率は数十倍が当たり前。
 ましてや編入ともなれば更にハードルは上がる。面白い奴が居ると聞いて様子を見に来てみたのだ。

 しかし、そんなジェイの思惑は最底辺と呼ばれる少年・一輝によって別の方向へと向かう。

 曰く、覚醒が出来ただけの一般人。
 曰く、報われる事のない苦労人。

 そんな噂の絶えない、探索師として芽がでる事のない存在だと聞いていた。
 だが、そんな少年が本当に三層目を越えて四層目まで来られるだろうか?
 探索師を養成する学校の理事であり教員でもあるジェイは、無論旧世田谷区サブ・ダンジョンの事は熟知していた。
 三層目のフロートアイとマーダードッグの組み合わせは、探索師見習い殺しとして有名であることも。ソロでの探索であれば、自分達の教え子であっても苦労をするであろう事も。
 なので、一輝の口から『調理』の事を聞いた時から、その真贋を見極めようとしたのだ。

 そして、期待は裏切られた。ジェイにとって、いい方向に。

「くくくく……あーっはっはっはっはっ!!」
「……随分とご機嫌ですね、理事」
「ふふ、これが笑われずにはいられまい。こんな蹴りをくらったのは、いつ以来だったか」

 そう言ってシャツを捲るジェイ。
 車を運転していた秘書の猿渡は、バックミラー越しに見えたジェイの脇腹に驚愕する。

「り、理事!」
「狼狽えるな、ただの痣だ。だが、そう……俺に痣をつけるほどの、重い一撃だった」

 思い出しながら破顔するジェイ。
 最後の一手を繰り出すために一輝が見せた数々の技。あれは決して、『調理』という能力だけで繰り出せるものではないだろう。
 十中八九、一輝はなにかを隠している。
 そう考えたジェイだが、それを無理に聞き出そうとは思わない。

 繰り返すようだが、ダンジョンとはモンスターだけが敵ではない。
 一緒に潜った仲間も、生死の境となれば敵となるのが常なのだ。なので、探索師にとって能力を隠すことは当然のことであり、寧ろ馬鹿正直に自分の力を吹聴するようでは生き残られない。

「しかし……あれだけの多彩さを見せながら、そのどれもが結局はあの蹴りの為の捨て石とは。なんとも大胆な奴だ」

 シャツを戻しながら外の景色へと視線を向けるジェイ。

「生きる為の貪欲さがある者は伸びる。さて……一輝君の存在が他の者に良い刺激となると良いが」

 口許を綻ばせながら、ジェイは静かに瞼を閉じるのであった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ジェイの試験を受けてから更に二週間が経った。
 あの日に渡された封筒の中にあった手続きの書類なども書き終わり、更にはその中にあったルーゼンブル学園での待遇に一輝は驚いていた。

「入学金授業料免除に、ダンジョン使用手続き料免除……これは凄すぎるだろ」

 ダンジョンは潜る際に一定の手数料がかかる。
 遭難した際の捜索費用や、ダンジョンの維持費に使われるものだ。ダンジョンから帰還し、素材を売った際に一部返還されるのだが。
 ちなみに、一般的に私立ルーゼンブル学園の入学金は300万円で、授業料は一年で120万円である。それが四年間。私立の大学並みである。
 これには様々な施設、制度の費用などが関わってくるのだが、一旦割愛をする。

 ジェイは最初は普通の途中編入試験用の案内を渡そうとしていた。しかし、一輝が垣間見せた力の片鱗は、理事としての力を使うべきだと考え、もしもの時用に用意していた特別待遇の入学案内を渡したのであった。

「制服も驚いた……寸法にいったら、既にジェイさんが御代を支払ってるんだもん。今度あったらお礼を言わなきゃ」

 最近のダンジョンでの稼ぎが良いので、その程度の資金くらいは一輝も持っている。しかし、少しでも早織の治療費を稼ぎたい今はとても助かる。

「さてと……あとは、早織だな」

 一度ルーゼンブル学園の制服に着替えた一輝は、その足で中央病院へと向かうのであった。


 コンッ、コンッ


「はーい。起きてますよ」

 ドアのノックに、部屋の主の少女が快活な声で返す。
 するとゆっくりとドアがスライドし、見慣れた青年が姿を現した。ただし、見慣れない姿で。

「兄さん!? どうしたの、その格好!!」
「よう、早織。に、似合ってるかな?」

 紺色のブレザーに灰色のパンツ。下ろし立てのピカピカの革靴姿ではにかむ一輝の姿に、早織は目を丸くする。

「え、え? どういうことなの……? それに、それって」

 早織が指差したのは、ブレザーに付いてある双頭の鷲を模した校章。
 左を向いた鷲は『過去』を見定め、右を向いた鷲は『未来』を見据える。
 時代を常に牽引する象徴にと、私立ルーゼンブル学園初代学園長がデザインした校章であり、日本においてこの校章を知らない者は少ない。

「早織、兄ちゃんさ……今度からルーゼンブルに通うことになったんだ」

 一輝はいままでの出来事を、話せる部分のみではあるが話すことにした。
 実は工事現場ではなく、探索師見習いとしてダンジョンに潜っていたこと。そこで出会った正宗達大人の存在。そして、ジェイによる試験に合格したこと。
 さすがに最底辺だとかベルゼブブの事は伏せた。前者は兄としてのプライドで。後者は知ってしまうことで危険が降りかかるかもしれないからだ。

 一通りの話を聞き終わった早織は、ふいっと窓の外を向いて黙り込んでしまった。
 その様子に、一輝は頭を掻く。

(そりゃあ怒るよなぁ……内緒にしてたから)

 暫くの間、病室には時計の針の音だけが鳴り響いていた。
 気まずい空気に一輝が出直そうかと思ったその時。

「おにい……」
「…………え?」
「絶対、無事に帰って来てね。約束」

 ポツリポツリと、溢すように言葉を紡ぐ早織。
 両親が亡くなり、これからは自分達で生きていかなければいけないとなった時から、早織は一輝の事を『おにい』とは呼ばず、『兄さん』と呼ぶようになった。
 それは一種のけじめなのだろうと、一輝もそれを黙って受け止めてた。僅かばかりの寂しさと共に。

 早織なりに色々と思うことはあるのだろう。しかし、それでもまだ15歳になったばかりの、一輝にとってはたった一人の妹だ。
 『おにい』と呼んだ、たったその短い言葉の中に、早織なりの想いがあると感じた一輝は、からかうような事は言わずに静かに頭を撫でる。

「勿論だよ、早織。待ってろ、絶対兄ちゃんが治してやるから」
「うん……でも、嫌だよ? 早織が治っても、おにいが居ないなんて……」
「あぁ、勿論さ! 早織を置いて行ったりはしない。約束だ」

 微笑んで小指を差し出す一輝。
 早織はその小指に自分の指をからめて、小さく振りながら笑う。
 その際にぽろりと溢れた涙は、暖かな日差しの中に消えていく。

(俺は、早織の為に生きて帰ってくる。必ず、絶対に……!)

 こうして、私立ルーゼンブル学園への入学準備が整った一輝は、新たな生活へと歩み始める。

 だが、奇しくもこの時、ソレは動き始めた。
 ダンジョンという魔窟を、その全てを喰らうもう一つの『暴食』が。
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