10 / 87
第一章 暴食の権能篇
第十層目 ダンジョンの変異
しおりを挟む二階の長い廊下をしばらく歩き、一輝は応接室のひとつに案内された。
「ここで座って待っててくれ。直ぐに佐々木主任を呼んでくる」
「お手数お掛けします」
一輝の礼に畑山は口許を緩めて頭を下げる。
そうして暫くの間一人で待っていると、遠くから足音が近づいてくるのがわかった。
足音はいま居る部屋の前で止まると、コンコンっとノックが聞こえてきた。
「はい」
「遅くなって申し訳ない、佐々木です」
「こんにちは、羽崎です。御体の具合はどうですか?」
入ってきたのは一輝の担当である佐々木と、以前遭難をして無事に帰還した際、素材を預けた窓口担当の羽崎であった。
「なんとか、検査も無事に終わりました。その節ではご迷惑を御掛けしました」
「いやいや、無事であれば良かった。とまぁ、あまり世間話をしていても仕方がないので、早速本題に入らせていただきます」
一輝の対面にある椅子へ座る二人。
羽崎は持っていたアタッシュケースを取り出すと、蓋を開けて一輝に見せた。驚く事に、ケースの中には銀行の帯で括られた真新しい札束が二つと、いくつかの資料であった。
「この様な場で裸の札をお見せするのは失礼ですが、『かならず現金で、かつ本人が承諾できるよう報酬は可視化すること』という協会の決まりですので、御理解いただければと思います」
「えっと、はい……それは大丈夫なのですが、これ、本当に報酬ですか?」
「はい。今回の査定でお持ち込みいただいた素材は、『フレイムリザード』の甲殻でございます。旧墨田区のサブ・ダンジョンを専門とされている神園様にはあまり馴染みがないモンスターかと思われます」
羽崎の言葉に一輝は首を縦に振る。
ダンジョンに潜りだしてまだ一年も経ってはいないが、それでも自分が潜るダンジョンの情報位であれば、いつも最新のものを仕入れている。
能力で劣る一輝にとって、情報とはまさに命綱であり、これを欠いた事に後悔しても、その時にはダンジョンの栄養になってしまっているからだ。
「フレイムリザードの等級はC級のちょうど真ん中、と言った所でしょう。素材の買い取り額としましては、色々と差し引いて百万円といった所です」
「C、級……?」
羽崎の言葉に一輝は納得がいかず、確認をするように問いかける。
「神園様の疑問はごもっともでございます。旧墨田区のサブ・ダンジョンでは、モンスターの等級はD級が関の山です。本来、フレイムリザードはメイン・ダンジョンの浅層で見られるモンスターなのです」
「メイン・ダンジョン、ですか……でも」
「はい。神園様はサブ・ダンジョンに潜っておられました。ですので、是非この甲殻を入手した経緯をお聞きしたい。その分の報酬がこちらです」
そう言って羽崎は、先にケースから出した札束の隣に、もう一つの札束を並べる。
計二百万円也。
一輝が死に物狂いでダンジョンに自生する草花等の素材を集めたり、放置されたジャイ・アントの死骸を剥ぎ取ったりして得られる報酬の十倍近い額だ。
「これは新しい発見、と言えば聞こえは良いのですが、ともすればサブ・ダンジョンの生態系が変化している可能性があるのです。そして、その被害に遭うのが、神園さん達探索師だ。是非、協力をお願いしたい」
「……わかりました。俺も無我夢中でしたが、なんとか覚えていることをお話します」
一輝が協力をすると聞いて、二人はホッとした表情を浮かべる。
当の一輝としても、このフレイムリザードの甲殻については嘘偽りなく説明が出来る。
何故なら、これは一輝が倒した物ではなく、偶然にもさ迷っている内に死骸を発見をし、それを持ち帰って来ただけだからだ。
「…………という訳で、ダンジョン内をさ迷っている時に発見をしました。あっ、そう言えば……この甲殻の持ち主、フレイムリザードでしたか。これは胴体しか残ってなくて、その胴体にも大きな噛み痕がありました」
「なに? 神園さん、それはどんな噛み痕だったか覚えていますか?」
「確か……そう、こんな感じで」
一輝がメモ用紙に、記憶を便りにスケッチをしていく。意外にもそのスケッチが上手く、佐々木は感嘆の声をあげる。
「神園さん、絵が上手なんですね」
「ちょっと趣味でして……そう、こんな感じです」
一輝が描きあげたスケッチを見て、二人はゴクリと唾を飲み込む。口々に「まさか……」「そんなはずは……」と呟きながら、思考の渦に囚われる。
「あの……この噛み痕が何かわかるのですか?」
「えっ!? あ、いや……どうだろうか……佐々木主任はどうお考えですか?」
「わ、私か!? あ、いや……でも……」
メモに描かれた噛み痕のスケッチ。
それはまるで同じ場所を二回噛まれた様に、二列の歯形がついたものであった。
「……万が一ということもある。これはあまり当たって貰いたくない推論だが……恐らくツイントゥースドラゴンではないだろうか……」
「ツイントゥースドラゴン? え、それって……」
佐々木の口から告げられた名前。
それを一輝も聞いたことはあった。
大阪大討伐。多くの探索師が命を散らせた、ダンジョン出現以降での日本における、最大のダンジョン災害の事を指す。
歴史の教科書にも記載される程の大事件。その原因こそが、ツイントゥースドラゴンである。
ツイントゥースドラゴンは、ドラゴン最大の特徴である『ブレス』を使えない代わりに、身体能力がべらぼうに高く、スピード、パワー、獰猛さのどれをとっても、日本のダンジョンで出現するモンスターの中でも最強と言われている。
それでいて狡猾な一面もあり、大阪の大討伐の際には、先行して潜っていた探索師をわざと行動不能なレベルでの怪我で痛め付け、それを救助に来た他の探索師を待ち伏せして食らったという逸話があった。
そして最大の特徴は、口内に二列並んでびっしりと生えている鋭い牙。小さく不規則に並んだ牙は、互いの距離が短く、しかも二列並んでいるために噛まれた時にはまるでノコギリで切られたかのように、ズタズタにされてしまうのだ。
「あくまでも推測だが……今回、神園さんが持ち帰った物は、ツイントゥースドラゴンによる縄張りの主張の特性と一致する。奴はダンジョンの中でも異質なモンスターだ」
「異質ですか?」
「あれはダンジョンの階層を跨いで活動するとの報告があった。実際、大討伐の際には奴を追い詰めるのに地下14層から22層まで攻防が続いたとの記録がある」
通常、ダンジョンにおけるモンスターの活動は、基本的に発生したその階層のみである。ダンジョン自体、様々な様式のものがあり、洞窟であったり塔であったりするのだが、それぞれ階段によって階層が区切られているのだ。
そして、なぜかモンスターというモノは、その階段を移動することが出来ない。餌などでおびき寄せたり、無理矢理縄で括って移動を試みても、急に餌に興味がなくなったり、不思議な力でモンスターが爆発四散したりと、力業をもってしても不可能なのだ。
「す、すみません、神園さん。私は直ぐに上司に報告をしなければならないので、これにて失礼いたします」
「え、あ、はい、ありがとうございました!」
慌てて退室をしていく羽崎を見送りつつ、佐々木はどうしたものかと眉間に皺をよせる。
「あ、あの……俺、なにかマズイことしたのでしょうか?」
「いえ、むしろ逆です。もしも神園さんがこれを発見していなければ、この地は大阪の二の舞になっていたでしょう。むしろ、追加で報酬があるかもしれませんよ。これらの調査次第ですが」
「そう、ですか……でも、なんで急にいないはずのモンスターが?」
「わかりません。ダンジョンについての研究は常に続けられていますが、調べれば調べるほどに新たな謎が生まれてくるのです」
窓の外を眺めながら呟く佐々木。
その視線の先には、ダンジョンへ行き来する人々の姿があった。
その後、一輝からもたらされた情報を元に、旧墨田区のサブ・ダンジョンは調査が行われた。
結果、いくつかの層で本来サブ・ダンジョンでは出現しないモンスターの死骸と、その死骸に付けられた特異な噛み痕が発見された為、ダンジョンは速やかに無期限の閉鎖となったのであった。
0
お気に入りに追加
423
あなたにおすすめの小説

はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる