ダンジョン・トラベラー~最弱探索師の下克上~

赤坂しぐれ

文字の大きさ
上 下
9 / 87
第一章 暴食の権能篇

第九層目 忌敵

しおりを挟む

 電車で揺られること三十分。
 入院をしていた病院がある新東京市から二駅離れた、旧世田谷区に到着した一輝は、徒歩で日本ダンジョン協会のある場所へと向かう。


 約半世紀程前。
 突如世界各地に出没したダンジョンは、大都市を巻き込む形で現界した。
 結果、東京都は二十三区中二十区がメイン・ダンジョンおよびサブ・ダンジョンに取り込まれ、地図が書き変わってしまった。
 そうした中、急ごしらえで再編成されたのが新東京市であり、東京都の都庁が存在する。
 だが、ダンジョンの出現によって巻き込まれた人や建物の被害は甚大で、今なお行方不明とされる人も含め、世界人口は四分の三まで現象する世界規模の災害であった。
 ニューヨーク、ワシントン、北京、香港、東京、大阪などなど。各国の主要都市で発生したダンジョンの爪痕は深く、長い。

 そんな絶望の中、人々の希望となったのが『覚醒』を得た探索師達である。
 しかし、中には過ぎたる力を得て、誤った道へ進む者もあった。
 そこで、国連の下に世界中の探索師を招集し、法や設備などを体系づけ出来たのが、世界ダンジョン協会という一大組織なのだ。
 日本ダンジョン協会はその下部組織であり、日本政府と世界ダンジョン協会から派遣された人員で構成される、半民半官の組織である。

 ダンジョン出現によって荒廃した東京都も、半世紀もすればある程度の復興が進んで元の街並みを取り戻しつつあった。
 しかし、東京二十三区のほとんどがダンジョンとなったこの地は、それ相応に雰囲気が変わるものだ。
 立ち並ぶのはダンジョンで必須のアイテムや武具が売られているショップ。直ぐに治療が出来る診療所。寝泊まりが可能な宿泊施設など。そして、それらを管理するように、日本ダンジョン協会の東京支部はある。

 一輝がひときわ大きな建物に足を踏み入れると、エントランスではいくつもある窓口に多くの人が並んでいた。
 これからダンジョンへ向かう希望に満ち溢れた表情の若者や、既にダンジョンに行った帰りなのだろう。ダンジョンで採取してきたであろう素材を小脇に抱えて、今晩の楽しみを語り合う小集団など。
 中には、悲しみの涙を流しながら、白い布がかけられた人ひとり分の大きさの袋を囲む者もあった。

 ダンジョンは希望と絶望に溢れている。

 黎明期にいくつものダンジョンを潜り、生き残った英雄、ロバート・デルクエル氏が残した言葉だ。ちなみにロバート氏は62歳の時にベルリンのメイン・ダンジョンで命を落とした。

 そんな人の列を掻き分け、一輝は二階へと続く階段へと向かう。
 エントランスは特に約束等がない場合の窓口であり、事前に呼び出し等がある場合は職員が詰めている二階の事務所へ行くのが決まりだ。
 と、その時だった。
 階段へと向かい歩いていた一輝が、急につんのめって転びそうになる。

「うわっ!?」

 なんとか足を踏ん張って転びはしなかったが、突然の事で驚き辺りを見回す。
 すると、直ぐに知った顔が目に飛び込んできた。

「惜しい! もうちょっとで転けたのによぅ!」
「へっ、運の良い野郎だぜ!」

 意地の悪い笑みを浮かべる数名の青年達。
 先程転びかけた原因の正体に、一輝は苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

「渡辺……」
「はぁ? 俺の聞き間違いか? わ・た・な・べ・さん、だろ? この最底辺野郎!」
「ぐっ!」

 一団の中でもひときわ体格の良い、短い髪の毛を逆立てた青年が、一輝の前髪を掴んで引き寄せる。

「てめぇ、なにしに来たんだ? え?」
「……俺は、担当の人に呼び出されただけだ」
「あぁ! 雑魚の癖にダンジョンに潜って、遭難したんだったなぁ!! それでけい達にも迷惑をかけたらしいじゃねえか!」
「ちょ、やめろ!」

 エントランス中に聞こえるよう、わざとらしく大声をあげる渡辺。
 渡辺は一輝と中学までの同級生であった。高校は探索師を育成する学校としては最先端の、『私立ルーゼンブル学園』へ進学した。彼やその取り巻きもまた『覚醒』に恵まれた者であり、現在はカリキュラムの一貫としてサブ・ダンジョンに潜っている。
 一輝はその頃は探索師になるなどとは微塵も考えておらず、至って普通の高校へと進学をしていた。なので、そこで彼らの縁は切れた、かと思われた。
 だが、幼馴染みの恵は渡辺と同じく私立ルーゼンブル学園へ進学しており、それでいて何かと一輝の存在が恵の周りでちらつくので、渡辺は一輝を目の敵にしているのだ。月並みに言えば惚れているのだ。渡辺は恵に。
 そんな事もあり、一輝は渡辺達から嫌がらせを受けていた。
 何度かやり返そうともしたが、渡辺達は『覚醒』の中でも優れた才能を得ており、『調理』の能力しかない一輝は到底かなわなかった。
 なので、こうなってしまっては何時もの様に、渡辺達が憂さを晴らして何処かへ行くのを待つしかないのだ。

「オラァ! なんとか言ってみろよ!」
「お前なんて早くモンスターの餌になっちまえよ!」

 人前であるので、殴る蹴るなどはしない。だが、侮蔑の言葉と嘲笑が、雨あられとなって一輝に降り注ぐ。
 周囲にいる者は、それを遠巻きに見ていた。

 関われば面倒な事になりそうだ。
 男なら、言い返しのひとつも出来ないのか。
 誰か職員を呼んでこいよ。

 誰もが、一輝の境遇を他人事で見ていた。
 だが、それも無理はない。これから潜るダンジョンというものは、時には罠やモンスター以外でも命を落としてしまう事がある。
 そう、人同士の争いで。
 ダンジョンの入り口で入退場の確認はしているものの、漫画や小説の様に誰々が誰々を殺した、強盗をした等の犯罪歴が出るなんて事はない。
 結局はダンジョンという魔境に潜る以上、そこで命を落とすことは完全な自己責任であるし、そういう場で犯罪に巻き込まれてもどうすることも出来ないのだ。
 勿論、映像や音声の証拠があったり、通信機で通報されて職員が駆けつけたりなんかすれば、犯罪として検挙もされるのだが。

 そういう事もあり、皆だいたいはトラブルに首を突っ込まない様にしている。ただでさえ危険なダンジョンで、背後に敵を作りたくはないのだ。

「退いてください! はい、退いてください!!」

 だが、それでも止めようと思う者はいたようで、こっそりと職員に通報が行っていた。
 駆けつけた職員のひとりが、渡辺の腕を掴んで睨み付ける。

「また君か。何度注意をされれば気が済むんだ!」
「勘違いすんじゃねえよ。俺はただ中学の時の同級生と挨拶してただけだぜ。離せ!」
「くっ!」

 渡辺が腕を軽く振るうと、職員はあっさりと手を離してしまった。
 職員もある程度は訓練などを受けており、一般的には強者に分類される。しかし、『覚醒』を、しかもダンジョンに直ぐに潜れるようになるような、特別な能力を得た者は、もはや只人の領域から足を踏み出し、ある種の兵器といっても過言ではないのだ。
 言わば、渡辺にとって職員など赤子も同然。手を振りほどくなど簡単なのだ。

「じゃあな、最底辺。せいぜい短い命を大事にしろや」
「ま、待ちなさい!」

 一輝の足元に唾を吐きかけ、そのまま去っていく渡辺。
 その背中を睨み付ける。

(クソっ! ダンジョンで力があがっても、まだあいつらに勝てないのか……!)

 『暴食の権能』で底上げされた力を持ってしても、先程渡辺に掴まれた時に振りほどく事は出来なかった。
 その悔しさにギリリと奥歯が鳴る。

「大丈夫かい、君」
「すみません、お騒がせしました」
「いや、直ぐに来てやれなくてすまない」
「いえ……あ、すみません。佐々木さんと面談の予定があってきたのですが」
「佐々木主任と? あぁ、そう言えば予定にあったな。よし、じゃあついておいで。案内するから」
「ありがとうございます」

 職員の畑山はたやまの案内で、一輝は二階の事務所へと向かう。
 騒ぎが収まったエントランスは、再び何事もなかったかの様に普段の賑わいを取り戻すのであった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?

黒井 へいほ
ファンタジー
 ミューステルム王国に仕える兵であるラックス=スタンダードは、世界を救うために召喚された勇者ミサキ=ニノミヤの仲間として共に旅立つ。  しかし、彼女は勇者ではあるが、その前に普通の少女である。何度も帰りたいと泣き言を言いながらも、彼女は成長していった。  そして、決断をする。  勇者になりたい、世界を救いたい、と。  己が身に魔王の魂を宿していたことを知ったラックスだが、彼もまた決断をした。  世界を救おうという勇者のために。  ずっと自分を救ってくれていた魔王のために。  二人を守るために、自分は生きようと。  そして、彼らは真の意味で旅立つ。  ――世界を救うために。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...