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第一章 暴食の権能篇
第九層目 忌敵
しおりを挟む電車で揺られること三十分。
入院をしていた病院がある新東京市から二駅離れた、旧世田谷区に到着した一輝は、徒歩で日本ダンジョン協会のある場所へと向かう。
約半世紀程前。
突如世界各地に出没したダンジョンは、大都市を巻き込む形で現界した。
結果、東京都は二十三区中二十区がメイン・ダンジョンおよびサブ・ダンジョンに取り込まれ、地図が書き変わってしまった。
そうした中、急ごしらえで再編成されたのが新東京市であり、東京都の都庁が存在する。
だが、ダンジョンの出現によって巻き込まれた人や建物の被害は甚大で、今なお行方不明とされる人も含め、世界人口は四分の三まで現象する世界規模の災害であった。
ニューヨーク、ワシントン、北京、香港、東京、大阪などなど。各国の主要都市で発生したダンジョンの爪痕は深く、長い。
そんな絶望の中、人々の希望となったのが『覚醒』を得た探索師達である。
しかし、中には過ぎたる力を得て、誤った道へ進む者もあった。
そこで、国連の下に世界中の探索師を招集し、法や設備などを体系づけ出来たのが、世界ダンジョン協会という一大組織なのだ。
日本ダンジョン協会はその下部組織であり、日本政府と世界ダンジョン協会から派遣された人員で構成される、半民半官の組織である。
ダンジョン出現によって荒廃した東京都も、半世紀もすればある程度の復興が進んで元の街並みを取り戻しつつあった。
しかし、東京二十三区のほとんどがダンジョンとなったこの地は、それ相応に雰囲気が変わるものだ。
立ち並ぶのはダンジョンで必須のアイテムや武具が売られているショップ。直ぐに治療が出来る診療所。寝泊まりが可能な宿泊施設など。そして、それらを管理するように、日本ダンジョン協会の東京支部はある。
一輝がひときわ大きな建物に足を踏み入れると、エントランスではいくつもある窓口に多くの人が並んでいた。
これからダンジョンへ向かう希望に満ち溢れた表情の若者や、既にダンジョンに行った帰りなのだろう。ダンジョンで採取してきたであろう素材を小脇に抱えて、今晩の楽しみを語り合う小集団など。
中には、悲しみの涙を流しながら、白い布がかけられた人ひとり分の大きさの袋を囲む者もあった。
ダンジョンは希望と絶望に溢れている。
黎明期にいくつものダンジョンを潜り、生き残った英雄、ロバート・デルクエル氏が残した言葉だ。ちなみにロバート氏は62歳の時にベルリンのメイン・ダンジョンで命を落とした。
そんな人の列を掻き分け、一輝は二階へと続く階段へと向かう。
エントランスは特に約束等がない場合の窓口であり、事前に呼び出し等がある場合は職員が詰めている二階の事務所へ行くのが決まりだ。
と、その時だった。
階段へと向かい歩いていた一輝が、急につんのめって転びそうになる。
「うわっ!?」
なんとか足を踏ん張って転びはしなかったが、突然の事で驚き辺りを見回す。
すると、直ぐに知った顔が目に飛び込んできた。
「惜しい! もうちょっとで転けたのによぅ!」
「へっ、運の良い野郎だぜ!」
意地の悪い笑みを浮かべる数名の青年達。
先程転びかけた原因の正体に、一輝は苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。
「渡辺……」
「はぁ? 俺の聞き間違いか? わ・た・な・べ・さん、だろ? この最底辺野郎!」
「ぐっ!」
一団の中でもひときわ体格の良い、短い髪の毛を逆立てた青年が、一輝の前髪を掴んで引き寄せる。
「てめぇ、なにしに来たんだ? え?」
「……俺は、担当の人に呼び出されただけだ」
「あぁ! 雑魚の癖にダンジョンに潜って、遭難したんだったなぁ!! それで恵達にも迷惑をかけたらしいじゃねえか!」
「ちょ、やめろ!」
エントランス中に聞こえるよう、わざとらしく大声をあげる渡辺。
渡辺は一輝と中学までの同級生であった。高校は探索師を育成する学校としては最先端の、『私立ルーゼンブル学園』へ進学した。彼やその取り巻きもまた『覚醒』に恵まれた者であり、現在はカリキュラムの一貫としてサブ・ダンジョンに潜っている。
一輝はその頃は探索師になるなどとは微塵も考えておらず、至って普通の高校へと進学をしていた。なので、そこで彼らの縁は切れた、かと思われた。
だが、幼馴染みの恵は渡辺と同じく私立ルーゼンブル学園へ進学しており、それでいて何かと一輝の存在が恵の周りでちらつくので、渡辺は一輝を目の敵にしているのだ。月並みに言えば惚れているのだ。渡辺は恵に。
そんな事もあり、一輝は渡辺達から嫌がらせを受けていた。
何度かやり返そうともしたが、渡辺達は『覚醒』の中でも優れた才能を得ており、『調理』の能力しかない一輝は到底かなわなかった。
なので、こうなってしまっては何時もの様に、渡辺達が憂さを晴らして何処かへ行くのを待つしかないのだ。
「オラァ! なんとか言ってみろよ!」
「お前なんて早くモンスターの餌になっちまえよ!」
人前であるので、殴る蹴るなどはしない。だが、侮蔑の言葉と嘲笑が、雨あられとなって一輝に降り注ぐ。
周囲にいる者は、それを遠巻きに見ていた。
関われば面倒な事になりそうだ。
男なら、言い返しのひとつも出来ないのか。
誰か職員を呼んでこいよ。
誰もが、一輝の境遇を他人事で見ていた。
だが、それも無理はない。これから潜るダンジョンというものは、時には罠やモンスター以外でも命を落としてしまう事がある。
そう、人同士の争いで。
ダンジョンの入り口で入退場の確認はしているものの、漫画や小説の様に誰々が誰々を殺した、強盗をした等の犯罪歴が出るなんて事はない。
結局はダンジョンという魔境に潜る以上、そこで命を落とすことは完全な自己責任であるし、そういう場で犯罪に巻き込まれてもどうすることも出来ないのだ。
勿論、映像や音声の証拠があったり、通信機で通報されて職員が駆けつけたりなんかすれば、犯罪として検挙もされるのだが。
そういう事もあり、皆だいたいはトラブルに首を突っ込まない様にしている。ただでさえ危険なダンジョンで、背後に敵を作りたくはないのだ。
「退いてください! はい、退いてください!!」
だが、それでも止めようと思う者はいたようで、こっそりと職員に通報が行っていた。
駆けつけた職員のひとりが、渡辺の腕を掴んで睨み付ける。
「また君か。何度注意をされれば気が済むんだ!」
「勘違いすんじゃねえよ。俺はただ中学の時の同級生と挨拶してただけだぜ。離せ!」
「くっ!」
渡辺が腕を軽く振るうと、職員はあっさりと手を離してしまった。
職員もある程度は訓練などを受けており、一般的には強者に分類される。しかし、『覚醒』を、しかもダンジョンに直ぐに潜れるようになるような、特別な能力を得た者は、もはや只人の領域から足を踏み出し、ある種の兵器といっても過言ではないのだ。
言わば、渡辺にとって職員など赤子も同然。手を振りほどくなど簡単なのだ。
「じゃあな、最底辺。せいぜい短い命を大事にしろや」
「ま、待ちなさい!」
一輝の足元に唾を吐きかけ、そのまま去っていく渡辺。
その背中を睨み付ける。
(クソっ! ダンジョンで力があがっても、まだあいつらに勝てないのか……!)
『暴食の権能』で底上げされた力を持ってしても、先程渡辺に掴まれた時に振りほどく事は出来なかった。
その悔しさにギリリと奥歯が鳴る。
「大丈夫かい、君」
「すみません、お騒がせしました」
「いや、直ぐに来てやれなくてすまない」
「いえ……あ、すみません。佐々木さんと面談の予定があってきたのですが」
「佐々木主任と? あぁ、そう言えば予定にあったな。よし、じゃあついておいで。案内するから」
「ありがとうございます」
職員の畑山の案内で、一輝は二階の事務所へと向かう。
騒ぎが収まったエントランスは、再び何事もなかったかの様に普段の賑わいを取り戻すのであった。
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