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第一章 暴食の権能篇
第八層目 渇望
しおりを挟む一輝が検査入院をしていた中央病院は、大きく三つの棟に別れている。
ひとつが外来患者を受け入れる一般病棟。一輝が入院していたのもこの病棟の四階だ。
ふたつ目が特別介護老人施設。中央病院に併設される形で建てられた、介護施設の棟。
そして、長期入院が必要な患者が入院生活を送る、特定患者病棟である。
無事に退院が決まった一輝は、その足で特別患者病棟の廊下を歩いていた。
あまり人通りは無く、静かな廊下に一輝の靴の音だけが響く。
そしうして暫く歩くと、とある個室部屋の前で立ち止まり、軽くノックをする。
「はーい」
すると中から少女の軽やかな返事があった。
一輝はフッと口許を緩めると、スライド式のドアを開けて中に入る。
「起きていたのか、早織。どうだ? 体調は」
「兄さん! どうだ、じゃないよ!」
開口一番に飛んできた妹の責めるような声に、一輝は苦笑いを浮かべる。
「ごめんごめん。ちょっと仕事で怪我しちゃってさ」
「怪我って……大丈夫なの?」
「あぁ、ほら! この通り元気だからね!」
「そう……でも、あまり無茶しちゃいやだよ? 工事現場のお仕事は危険なんだから……」
早織の言葉に、一輝は気まずそうに頬を掻く。
一輝は早織に自分が探索師を目指し、ダンジョンに潜っていることを内緒にしていた。言えば早織は必ず止めようとするだろう。
しかし、ダンジョンでの収入が無ければ、早織の入院費……いや、それだけではない。早織の心臓を治療するために必要な海外への渡航費等が稼げないからだ。
一輝の様に最低ランクの素材しか得られない者でも、稼ぎとしては一般的な大学卒での新入社員レベルよりも高い。
ダンジョンで得られるモンスターの素材や宝物は、そこでしか得ることの出来ない希少価値があり、それでいてダンジョンに潜って帰ってくるだけの力が必要だからだ。
結局遭難して失ってしまったが、あのときに持っていたジャイ・アントの甲殻と触覚、それに核も合わせれば、買い取りでの手数料や税金を引かれても、20万円程になっていただろう。それほどに、モンスターの素材というものは、希少価値があるのだ。
それだけに、危険に飛び込む若者も、そして命を落とす者も多いのだが。
「お見舞いに来れなくてごめんな。これからはちゃんと毎週来るから」
「そんなに無理して来なくてもいいですよーだ」
フイッと窓の外を見る早織。
二週間なんの音沙汰も無かったので、相当機嫌が悪くなっていた。
「あー、良いのかなー? じゃあ、この『東海屋』のカスタードプリンは持って帰ろう……」
「よく来てくださいました、兄さん。ささ、なんも無いところでございますが、ゆっくりしていってください」
「手のひら大回転だな!?」
病院にはかなり大きめの売店があり、長い入院生活で生じる入院患者のストレス対策として、全国各地の様々な名産品が置いてあったりする。
そんな名産品の中でも、愛知県にある銘菓『東海屋』が製造するカスタードプリンが、早織の大好物なのだ。
「…………早織、ごめんな」
「ふぇ?」
一個目のプリンを早々に完食し、二個目に取りかかろうとしていた早織は、一輝の言葉に目を丸くする。
「二週間も来れなくて、本当にごめん」
「なんですか兄さん。二週間程度でどうにかなる妹だと思ってるんですか? ふふん、甘いですね。このプリンの様に甘いです! 私だってもう15歳になります。そろそろ兄離れをしてもいいと思うのです!」
薄い胸を精一杯突きだし、謎の自信でドヤ顔を決める早織。
「……ふふ、そうだね。俺も、もう少し妹離れをしなきゃだな」
「そうなのですよ! あ、でも……もう少しだけなら、早織が一緒に居てあげます。兄さんがどうしてもって言うのなら」
「そりゃあありがたい話だ。で、その手に持っている三個目のプリンは俺の分では無いのかね?」
「…………いちまーい、にーまーい」
「プリンで時蕎麦は出来ねえよ!? 何個分食う気だよ!」
やいのやいのと姦しい二人。
その後、通りかかった看護師に注意を受けた一輝は、丁度区切りも良いと病室を後にする。
だが、その頭の中には、早織の病室に向かう前に面談した、担当医の言葉が何度もリフレインしていた。
『早織さんの心臓は、もって後一年というところでしょう。今すぐにでも心臓移植が必要です』
心臓移植。
日本における小児心臓移植は、既に法的にも認められており、準備が出来さえすれば可能である。しかし、圧倒的に臓器提供者の数が少なく、今現在に至っても海外への渡航の上での移植手術をするケースが多い。
だが、海外への渡航手術は患者や家族の肉体的、精神的負担はもちろんの事、金銭的な負担というものが凄まじい。
ただでさえ兄妹二人で生きていく一輝達に、そんな大金を用意することなど不可能に近い。
俊哉や恵など、周りの人間もなんとかしようとするものの、数億円にも上る費用をどうにか出来る訳もなかった。
加えて、両親が他界しており、身元受入れ人も居ないのも大きな痛手だ。支援団体による募金などの手続きが困難である。
(あと一年……いや、手術の事を考えれば、もっとタイムリミットは近い。俺が……俺が頑張らなければ)
高校も中退し、今すぐに大金を稼ぐためには、探索師の道しかない。
そう考えた一輝は、周りから最底辺と言われようとも、泥を啜ってもダンジョンへと潜っていたのだ。
「お兄ちゃんがどうにかしてやるから……もう少しだけ、頑張ってくれよ、早織」
決意という言葉では軽すぎる。
一輝の想いは己の命さえ天秤に賭けるほどの、まさに渇望と呼んでもいいものであった。
と、そんな時。ポケットに入れていたスマホが震える。
画面を見てみれば、『日本ダンジョン協会』の文字があった。
「何でだろう……遭難の件かな? はい、もしもし……」
『もしもし、神園さんの電話でお間違えないでしょうか? こちらは、日本ダンジョン協会の佐々木です』
「佐々木さん? お久しぶりですね」
聞こえてきた男性の声は、一輝が登録した時の担当者である佐々木だった。
普段あまり協会に顔を出すことがない一輝にとって、佐々木は一年に一度の更新で話す程度の仲だが。
『なんでも、ダンジョンで遭難にあったようで。御体の具合はどうですか?』
「検査も終え、さっき退院したばかりですよ。ご迷惑をお掛け致しました」
『無事だったらよかったです。あぁ、今日はですね、先日ダンジョンから戻られた際に、受け付けに提出された素材についてなのですが……』
「あ、査定がでましたか? 結構時間が掛かったみたいで、心配してました」
『えぇ……その件なのですが、少しお聞きしたいこともありますので、一度協会の方へ御足労願えませんか?』
「えっと、はい、大丈夫です。いまからでも構いませんか?」
『神園さんの体調がよろしければ、こちらとしては構いませんが……大丈夫ですか?』
「はい。俺も出来れば早めに査定をしてもらいたかったので。では、これからそちらへ向かいますね」
『申し訳ございません。ありがとうございます。では、お待ちしておりますので……』
挨拶を交わし、終話をタップする一輝。
「なんだか、嫌な予感がしなくもないけど……行くしかないか」
病院から協会までは電車で二駅のところである。
頭の中で道順を思い出しながら、一輝は最寄り駅へと足を運ぶのであった。
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