3 / 87
第一章 暴食の権能篇
第三層目 美食の悪魔
しおりを挟む人ひとり分がようやく歩けるほどの通路を、一輝は慎重に歩いていく。
もしかすればこの先には、自分や早織の未来を明るいものにしてくれる宝物があるかもしれない。そんな事を考えると、自然と脳内ではアドレナリンが大量に分泌され、死地に足を踏み入れているのかもしれないという恐怖すら湧かなくなる。
もはや先ほどまでの、臆病すぎる程に慎重だった一輝はいない。ただただ光のさす方へ、忙しなく足を動かしている。
もしも、その姿を端から見る者があれば、こう思うだろう。
まるで、蝋燭の灯りに飛び込む羽虫のようだ、と。
「はぁ、はぁ、着いた……!」
通路の出口が見えてきた。どうやら出口の先には灯りがあるようだ。
それを見た一輝は、この行き着く先が宝物ポイントだと確信し、思わず口許がにやけてしまう。
宝物ポイントにはいくつかの特徴がある。
まず、人工的な灯りがポイントのある部屋には点されている。誰がその灯りを点しているのかは謎だが、必ずと言っていい程に灯りが存在する。
次に、水場があること。これも謎ではあるが、何故か必ず綺麗な水が存在するのだ。
基本的にダンジョン内でもあちらこちらに水場はある。だが、そのほとんどが飲用には値しない水質であり、探索師達は自前の水分補給手段を持っている。
しかし、宝物ポイントだけは必ず綺麗な水があるのだ。故に、宝物ポイントは通称『オアシス』とも呼ばれる。
一方、必ずではないけれど、高確率で宝物ポイントに居るのが、モンスターである。
その強さはピンからキリまでである。E級の弱いモンスターもいれば、C級のモンスターが宝物の前に陣取っていた何て話もあるくらいだ。
そして、今回も御多分に漏れずに、それは居た。
確かに居たのだが。
「…………人?」
宝物ポイントに到着した一輝の目に飛び込んできたのは、一人の紳士風の男性と数体のスケルトンであった。
スケルトンはこのダンジョンに存在する、ジャイ・アントと同じE級モンスターである。
動きが鈍く、打撃に弱いので比較的安全に狩ることが出来る。反面、耐久力があり、ある程度の破壊程度では直ぐに復活をしてしまうのだ。
それでいて採取できる箇所もなく、倒す旨味としては時たまいい武具を持つスケルトンから、それらを奪取出来るかどうかという感じだ。
そんなスケルトンが数体集まり、男性の背後で恭しく立っている。
当の男性はといえば、豪華なテーブルに一人で座り、なにやら料理を食べていた。
ダンジョンでレストランの様な食事風景。そのあまりにも非現実的な光景に、一輝は直ぐに動くことができなかった。
「ん~~、このデリンジャー・ワームの酒蒸しは、なかなかにおつであーる。セバス、誉めてつかわすぞ!」
男性は大声で背後のスケルトンに語りかけると、スケルトンはまるで畏まった執事の様に礼をもって返事をする。
よくよく見れば、男性の前に用意されている料理の素材には見覚えがある。
デリンジャー・ワーム。このダンジョンには存在せず、メイン・ダンジョンに生息するワーム種のモンスターだ。
特徴としては、その体表の紋様。毒々しい見た目に、無数のトゲが備わっており、危険を察知するとそのトゲを飛ばして攻撃してくる。トゲの威力はすさまじく、5cmの厚さを誇る鉄板すら貫くほどらしい。
その危険性から、C級に位置付けされているモンスターだ。
「うむ、満足だ……して、そこのボウヤ」
「え、あ、はい? 俺?」
「そうだ、君だ。君はどうやってここへ入ってきたのかね? ここは私たち紳士淑女の社交場であるからに、君たちの様な人間風情では入ることが出来ないはずであるが?」
「ッ!?」
男性は静かに、それでいて威圧するかのように一輝に問いかけてくる。
その瞬間、一輝は動くことができなくなってしまった。指の先ひとつまで。
「ふーむ……私はグルメマンではあるが、あまりゲテモノは好まないのだが、ね。まぁ、たまには人間というのも試してみるか。よし、セバスよ。あのボウヤをこちらに。なるべく苦痛をあたえず、直ぐ様血抜きをするのだ」
「!? !?」
瞼さえ微動だにすることが出来ない一輝。
うまく回らない頭でも、男性の放つ言葉が自分にとって好意的なものではないこと位は、直ぐに理解することが出来た。
ゆっくりとした足取りで一輝へ近づくスケルトン。
その右手には、まるで空から三日月を切り取ったかのような曲刀が握られており、鋭く研がれた刃がギラリと光る。
「なに、安心したまえ。私は『憤怒』の様に無慈悲でもなければ、『色欲』の様にやたらめったらいたぶる趣味もない。何より、食材を苦しめることは美学に反するからね。その点、セバスは腕の良い調理人だ。君も満足できるはずさ」
そう言いながら、男性は赤い液体が揺れるグラスを傾ける。
(食材!? ふざけるな! 俺は、俺は!!)
なんとか脱出をしようと気を強く持とうとする一輝。
ダンジョンの中にも、人の精神を一時的に奪って動きを封じ込めるモンスターがいることは有名である。その対処法として、気をしっかりと持つというものがあるのだ。
「ふむ? なにをそんなに頑張っているのであるか? 無駄であるよ。この『暴食』の悪魔、ベルゼブブの眼力の前に、ただの人間が逃れることなど不可能であーる」
(あ、悪魔!? まさか、あの噂の……!?)
かつて世界にダンジョンが生まれた時、人類の前に『悪魔』が現れたという。
彼らはダンジョンの支配者であり、『ゲームマスター』であることを宣言した。
その際にあらゆる国が連携し、彼らに現代兵器による攻撃を仕掛けた。だが、その一発たりとも届くことはなく、人類を嘲笑う様に彼らは姿を消した。
既に半世紀も前の話で、半ば都市伝説とも言われる存在、『悪魔』。
彼が本当にその悪魔であれば、S級……いや、等級では測れないレベルの強さであるということだ。
諦念の感情が一輝を支配する。すると今度は、不思議と体の自由が効くようになり、無意識の内に自分でも思っていなかった言葉がスルリと口に出た。
「あの……俺、料理ができます……」
そんな一輝の一言に、ベルゼブブの目がキラリと光る。
だがその時にはもう既に、一輝の首筋目掛けてセバスの曲刀が振り下ろされていた。
しかし、その刃が届くことはなかった。
「待つのであーる!!」
「……!?」
まさに瞬間移動。
まばたきをする間もなく一輝の目の前に移動したベルゼブブは、バックナックルでセバスの頭を吹き飛ばしていた。
粉々に砕け散るセバスの頭。数秒ほど遅れて、まるで糸の切れた操り人形の様に残った体がその場に崩れる。
いくらスケルトンとはいえ、ただの拳一撃で滅することなど不可能に近い。
それを事もなしにやって見せたベルゼブブの力量に、一輝は唾をゴクリと飲み込む。
「ボウヤ。料理ができるのか? それは、何故だ?」
睨むように、それでいて何か期待をするかのように、一輝に問いかけるベルゼブブ。
一輝は恐怖にガチガチと鳴る奥歯を噛み締めながら、なんとか言葉を発していく。
「お、俺、ダンジョンには、初めて入った時……調理の能力を頂きました」
その瞬間、ベルゼブブの目がカッと開かれ、カイゼルひげがピンッと伸びてからまた元のカールを描く。
「すっっばらしい!! そうか、そういうことなのか! だからただの人間がここに来られたのか! いや、よく来てくれた、ボウヤ。君の名前を聞こうではないか!!!」
「え、あ、か、一輝といいます」
「そうかそうか。エ・ア・カ・カズキか。相変わらず人間とは変な名前であーる」
「違います! 一輝。一輝という名前です」
「おぉ、そうか。カズキだな。覚えたぞ。さてさて……カズキよ。私は君にとある食材を調理して貰いたい」
「調理、ですか?」
「うむ」
ベルゼブブがパチンッと指を鳴らすと、残っていたスケルトン達がなにやら奥の方から台車で運んできた。
その台車に乗せられていた物を見て、一輝は目を真ん丸にする。
「ドラゴン……!」
0
お気に入りに追加
423
あなたにおすすめの小説

はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる