ミナライの旅

おいんく

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倉庫番のひらめき

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「お、ミナライだ…。」
「ごはん持ってきたよ!」
「そうかい。今日は甲板を任されてないのか?」
「うん、船長が今日は船が進まないだろうから、遊んできていいって。」
「そうかあ。でも倉庫にゃなんもないだろ?」
「ロープとかタルとかいじるのも楽しいから平気。行って来るね。」
「あい、一名様ごあんない~。」
・ ・ ・
「…これくらいの声なら聞こえないよな?」
「そうなんじゃない?なにか話?」
「ミナライの奴、うっぜぇよな。」
「ばっ…危ないって!すぐそこにいるんだよ…!」
「本当に聞こえてりゃあいいのによ。」
「船長にチクられたらヤバいでしょ!」
「わかってる。ちゃんと小声で喋ってるだろ。」


「もし聞こえてたらチクる前にあの子泣いちゃうかもよ?船長が駆けつけて、もっと面倒臭くなるよ。」
「あいつは一人で泣くだろ。毎回そうしてるぜ。」
「え、そんなことのために透明化してるの?暇だねえ。」
「寝る間も惜しんであいつの泣き顔見に行ってるくらいだよ。とにかくうざったくてかなわねえからな。一目見られたらやっとせいせいするってもんだ。」
「そんなにかなあ?」


「ああそうさ。まず感謝がねえ。図々しい。」
「どんな時に?」
「あいつのために食料を用意してやったりとか、道を開けたり、さっきみたいに相手してやってる時さ。」
「たしかにそれは問題だけど…ロクに教育受けずに育ってきたんじゃないの?じゃなきゃ子どものうちからモンスターと一緒にいる訳ないよ。」


「ああ?あいつ、いくつなんだよ?」
「本人は『じゅっ…歳くらい。』って言ってたけど。」
「含みがあるな?」
「本当の歳を言いかけて誤魔化したんじゃない?」


「そりゃご苦労なこった。なんでそんなに隠したがるのかねえ。「ミナライ」も明らかに本名じゃねえし。元の名前を捨てたか、もともと船長に育てられて名を貰ったかだよな。」
「船長に育てられたセンは薄いんじゃない?あの子はモンスターのことが嫌いみたいだし。人間の元で育ったからこそ身元が割れないように警戒してるんじゃないの?」


「にしても、そんなことして何になるんだよ。あんなガキの行き着く先なんざ、誰も興味ねえっての。」
「そうだね。でもそれ、船長にも明かしてないっぽいよね。船長に育てられたセンは薄い証拠だ。」
「あいつに最低限の礼儀すらないのは、船長が育てたからって気もするけどな。」


「「ミナライ」が本名だって?」
「モンスターが、人に付けられがちな名前なんざ知らねえだろ。」
「そうだけど。モンスターを嫌ってるんなら、モンスターからの名前なんて欲しがらなくない?」
「嫌ってるっていうか、船長が自分以外のモンスターは信用するなって言ってるだけなんじゃねえか?」
「その割には関わってくるじゃないか。ミナライは船長のことも馬鹿にしてる風だし。」
「じゃあミナライが自分から名前を捨てたってことか。気持ち悪ぃ。」


「だとしたら、ミナライは故郷も親も嫌いなはずだよね?なんで話題に出したのかな?」
「本当は故郷に帰りたくないのを誤魔化すためじゃないか?」
「今までのが全部演技だって?」
「長らく帰れてないのが証拠だろ。本来なら親が探すか城に言うかしてるはずだ。」
「船旅だから捜索が行き届いてないだけじゃない?」


「そうかもしれんが、ミナライ自身に積極性が無いのが怪しいんだよ。死ぬほどゴネて進路を変えて貰うとか、やり方はいくらでもありそうじゃないか?」
「そんな気もするけど…船長って言っても聞かなさそうじゃない?」
「そんなの百も承知だ。でもミナライが一番船長に気に入られてんだから、通る可能性はあるだろ。」
「うーん…ミナライは「島旅はやめて」ってちゃんと言ったらしいよ。故郷に帰りたくないならそのまま言えば良くない?」


「それはそれでモンスターに漬け込まれそうで嫌、ってことじゃないか?「帰りたい」って言っといた方が結果として長く故郷から離れられるだろ。どこにもないものを探してるんだ、もし故郷がある大陸に流れ着いても、一言「ここじゃない」ってミナライが言えば旅は継続するし。」
「ああ、そういうことか。帰郷の旅を、故郷があった場所から始めたってのは可笑しいと思ってたんだ。「村がまるごと、その場から消えちゃった」なんてのも有り得ないし。」


「人里の特徴なんぞモンスターが知ってる訳ないもんな。ニンゲンとモンスターの旅がここまで続いてた訳だ。ってことは船長に育てられた説は完全に消えるか。」
「じゃあなんで船長と一緒にいるのかな。親に捨てられたのかな?…あ、多分そうだよ。親がいないから礼儀が足りてないってことにならない?」


「なんで元から親いないことになってんだよ…。」
「考えてみたら、あの歳であそこまでふてぶてしいヤツに親なんていたはずないよ。いたとしてもまともに教育されてないんじゃないの?」
「何とも言えんな。ニンゲンの親がどんなもんか知らないし。」


「じゃあ、ニンゲンにとっての親の存在って、僕らにとっての魔王様みたいなものだと思ってみてよ。それが無いってかなりの欠点でしょ?」
「だとすれば、親がいないってのはかなりデカいな。でも最初以降、魔王様からなんか教わったか?」
「いや、ないけど。とにかく、僕らには魔王様がいないと存在できてない。魔王様は絶対。それは事実でしょ?」
「そりゃあな。」


「だからたぶん、ミナライも、あの歳じゃ親の存在は「当たり前」っていう認識もないレベルなんだよ。それがいなくなるって相当な打撃じゃない?」
「潜在的なレベルでか?ガキとはいえデカ目なんだぞ?」
「デカ目なら成長してるとは限らないでしょ。現にそうだし。十年でも十数年でもガキんちょなことに変わりないよ。」
「だからクソ生意気って訳か。船長も、礼儀なんざ教えられる訳ないしな。」


「船長に育てられた可能性が高いか…待って、矛盾点があった。ミナライ自身が本当の歳を自覚してるってことは、ニンゲンの親に教えられた可能性大じゃない?生んだのも育てたのもニンゲンなんだよ。」
「マジで本当の歳とは限らねえだろ?船長に言われて、それが本当だと誤解してる可能性だってある。」


「船長が親のセン推すねえ。ミナライをよっぽど嫌いと見た。」
「そりゃあな。けど、そっちも一理あるとは思うぜ。…てか、なんでこんなに議論してんだよ。あいつはクソガキだ。それで良いだろ?」
「良くないよ!不確定要素のせいでいちいち苛々してたらこっちの身が持たないでしょ。」
「それもそうか。どこまで話が進んだんだったか?」


「ええと、僕がミナライの親はニンゲン説を推して、君はその逆だよ。」
「ニンゲンに、ねえ。船長は生みの親には成り得ないから、あいつは少しはニンゲンのもとに居たってのはわかるが。」


「やっぱり捨てられたのかも。ミナライが故郷に帰りたがってるのは本当だと仮定する方向で行くなら…記憶喪失だったり?」
「はあ?ミナライですら「故郷」を知らないってか?知らないことろに帰りたがるか、普通?」
「帰巣本能みたいなもんじゃない?自分の生まれた場所は安全なところだって信じたいんだよ。」
「そういうもんか?」
「子どもは楽観的だから有り得るでしょ。」


「そうかもなあ。でも記憶喪失のセンは薄くねえか?あいつ、結構自我あるぞ。」
「ただの想像だよ。ミナライが故郷から離れようとしてる説の方が有力だと思う。」
「だよな。なんでそこまでして故郷から離れたいんだろうな?」


「まず考えられるのは壮大な反抗期だけど…。」
「ここまで本格的に家出してたら、さすがに途中で「帰りたい」って思うもんじゃねえか?」
「そこなんだよね。さっきも言ったけど、あの子は帰郷の積極性に欠けてるから。」
「いやあ、まあそうだけどよ。」
「なにか変なことでも?」
「そうだとしたら…これまであいつを子どもとして捉えて来たけどよ、そもそもあいつはニンゲンの子どもなのか?」


「何を急に…。」
「あいつが魔王様の手先じゃないとは言い切れないだろ?」
「モンスターを嫌ってるのも演技ってこと?」
「そうなるな。いつもだって1人で居たがってるように見せて、モンスターには心の内を見せないようにしているだけなんだよ。本物のガキにそんなことできる訳が無い。」


「でもミナライの生意気さは本物じゃない?」
「んなもん、テキトーなとこでキレとけばいくらでも演出できるだろ。ガキのくせして、蚊帳の外で落ち着いてるなんざどうかしてる。そんなのニンゲンじゃない。」


「そうかもしれないけど。元より、僕たちの視察なんかして何になるの?」
「使命をサボってないか見張るためじゃね?魔王様がいらっしゃらない時でもきっちりしてるかどうかの監視だよ。」
「今、思いっきりサボってるけどね。」


「それは船長のせいだろ?こんな船で雑用なんてやってたら魔王様に対して不敬だって!こうやって考え事してる方が有益だしよ。」
「それはそうだけど。そもそも、魔王様は「自分以外のモンスターに従う」なんてことをお許しになるのか不安だよ…。」


「船長を引き合いに出せば大丈夫だろ。それに魔王様は俺たちのこと気にかけてないし、勘当のリスクはハナから無いようなもんだ。」
「あ、そうだったね。じゃなきゃ船長なんざとっくに死んでるか。」


「本当、あいつさえいなけりゃこんなの…しかし、低級モンスター同士で階級を作るなんて船長は変なこと思いついたよな。戦いのためでもなく群れるなんてよ。」
「あんな若造が、よくこんな妙なこと思いついたよね。あいつもガキなんだし、考える力なんて発達してないはずなんだけど。」


「船長もミナライも、ガキのくせして変に発達してるとこがあるな。昔、なんかあったのかね?」
「うーん。知恵がついてるとしたら、ミナライ本人が故郷を壊滅させた可能性もあるね。」


「あんなガキが?」
「モンスターかもってこと忘れないでよ?あの子はもしかしたら、罪の重さに耐えきれずにずっと逃亡を続ける殺人鬼なのかもしれない。」
「そりゃまたぶっ飛んでんな…。」


「これも想像だよ。あの子がモンスターと一緒にいてもうろたえないのは、そんな過去の経験から胆力が鍛えられたのか…あるいはモンスターのことなんて気にならないほど、うろたえてる最中だからなのかも。」
「毒や罠で仕留めていけばできるっちゃあできるか。子どもだから怪しまれることもなさそうだしな。」
「そうだよ、このセンも有り得る__」


「いや、ミナライの頭脳の程度が矛盾してる。」
「頭脳?そんなに馬鹿じゃなくない?」
「そうじゃない。頭脳っていうか精神年齢だな。あいつは結構、精神的に幼い。」


「そう?ずっと一人でふらふらしてるのに?」
「モンスターが嫌いなだけだろ。本人は誰かに話を聞いてほしそうだ。」
「そこまでわかるって…観察しすぎじゃない?」


「たまたま気付いただけだ。あいつが完璧に子どもを演じられてないってことは、ニンゲンたる証拠なんじゃないか?」
「こんなとこじゃ、まともに子どもらしい方が不気味に見えるかもね。」
「ニンゲンがいるって時点で可笑しいもんな。」
「その上子どもだもんね。あの子、ちゃんとニンゲンらしい子どもだし。モンスターの前で本心を見せないのは、ニンゲンに育てられた証拠だよ。」


「そうだよな。きちんと教育されてなきゃ、ああはならない…。そんなのがなんでモンスターといるんだろうな?」
「さあね。いや、子どもにしては大人びてない?」
「そうか?つうかその話、さっきしただろ?」


「それの言及だよ。いくら教育されてるからって、ここまで馴染んで生活できるわけないだろ?子どもって気に食わないことがあったらギャンギャン泣きわめくもんじゃない?」
「子どもの中でも歳いってるから泣かないだけじゃねえの?」
「たかが十数年で大人びると思う?」
「いいや、有り得んな。にしても生意気が過ぎるが。」
「そういえば、ニンゲンって二十歳で大人らしいよ?」
「はあ!?じゃあ十歳だかそこらであれはどうかしてるだろ…。」
「モンスターの前だからムキになってるだけかもしれないけどね。」


「だとしても大人びてるってのは説明がつかなくねえか?」
「やっぱり故郷でなんかあったんだろうね。子どもには耐えきれない環境だったからいやに大人びたとか。」
「だとしたら子どもらしい部分なんざ残っちゃいないだろ?」
「それもそうか。じゃあなんでああなったんだろう…。」


「子どもがどうやって成長するもんなのか知らないから、わかんねえな。あんなに寿命が短いんなら、癇癪起こす時期なんか無くていいくらいだと思うが。」
「確かに、その時間がもったいないよね。そもそも、なんで気に食わないくらいで癇癪起こすんだろう。」
「まだ堪え性がないからじゃないか?」


「なるほど…なら故郷で既にそんな時期を超えたのかもね。だったら大人びてるのも頷ける。」
「もしくは俺たちがここに来る前に船長あたりが構ってやったかだな。船長とミナライだけで旅してた時期もあったらしいし。」
「どれくらいの期間だったんだろう?結論はそれに寄るけど。」
「本人に聞かにゃわからんだろう。そんなに長くはなさそうだが。」


「あ、わかった!その時に、いくらグズっても助けてくれるニンゲンがいないからどうしようもないってミナライが悟って、でも話し相手が船長しかいないから懐いていったんだよ。それでモンスターに慣れたんじゃない?」
「おいおい、普通のモンスターと船長を一緒くたにすんなよ…。」


「そっか、あいつイカれてるんだった…。でも、船長だけに懐いたからグズる時期を乗り越えられたっていうのもあり得るよ。ミナライに寄り添うのなんて今も昔も船長だけだし。」
「確かに、船長に泣きつけば他のモンスターとなんて……あ!?」
「なに!?」
「それだと船長相手にも大人びてることに説明がつかなくね?」
「あ、本当だ!えー、まあだから…他のモンスターと過ごす上で学んでいったんじゃない?」


「それで段々成長していったってか?ニンゲンがモンスターに馴染もうとするかねえ?」
「最初は反発したとしても、そうした方が上手くいくってわかったとか?現に船長がそばにいない時でもやっていけてるじゃん。」


「ははあ、やっぱミナライは馬鹿ではないんだな。でも聞き分けが良いのと賢いのとは違うくね?」
「それだけ、船長がミナライを構い倒したんだろう…って考えると今度は船長が可笑しいけど。最初の仲間にニンゲンを選んだ店なんて特に。」


「そんな船長に教育されたとして、あれだけマトモに大人びる訳がないよな。もともと、故郷でなにかあったって可能性が高い。」
「何かあったっていうか…マトモに育てられてたからじゃないの?」
「それが答えに近そうだな。だったら、ミナライが故郷を壊滅させた説と、モンスターがニンゲンに擬態してる説は有り得ないよな?」


「うん、有り得ない。だとしたらなんでああなんだろうって疑問は残るけど。ニンゲンに目をかけられてたんなら迎えが来るはずなのに…記憶喪失のセンが一番あり得るかな。」
「純粋に、ミナライは故郷の様子を覚えてないから故郷がどこかわからなくて帰れないってこともあるかもしれねえしな。」
「そのせいで闇雲に世界一周の旅に出ちゃったのかもね。島旅だから大陸から離れちゃうし。」


「それでニンゲンも手が出せなくて、ミナライは帰郷が叶わず、更に旅を続ける訳か。はあ、堂々巡りに巻き込まないで欲しいもんだな。そんな旅、世界を一周したところで終わらんぞ。いつかミナライが気付くと良いが。」
「ニンゲンなんかに期待するだけムダでしょ。」


「じゃあなんだ?できるだけ穏やかな気持ちで過ごそうってか?」
「そんなことしてやる義理ないけど…。本当のところは何もわかんないし、そう思うことにしない?あんたの覗き魔みたいな行為を止めはしないからさ。」
「そうするか。可哀想だなって思えばいいんだろ?」


「そんなとこかな。子ども相手にキレてちゃどうしようもないもんね。」
「考えてみりゃあそうだな。こっちが哀れってもんだ。クソ、ミナライの奴…。」
「だからそれはこっちの考え方次第だって!ほら、さっきの思い出して?可哀想なのは向こうだって思うの!」


「そうだそうだ、俺は誇り高い。あいつは哀れ。魔王様の施しも受けられない可哀想な奴…っと。はあ、割とせいせいするな。良いもんだぜ。」
「ほんと?今度から僕もやってみようかな。」
「オススメできるぜ。俺のお墨付きだ。」
「あはは!うん、試してみるよ!」
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