ミナライの旅

おいんく

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船長への疑い

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船長、今日もうるさいな。船員が増えたぶん、ジブンにやたらめったら話しかけてこなくなったのは良いことだけど。
船長のことも信じきれてないっていうのに、モンスターがもっと増えるなんて思ってもみなかった。でも船長とふたり旅の時とどっちがいいかと聞かれたら、今の方って答える。
ふたり旅の時は船長の話し相手をして、疑わしいところを考えて…ってほんとうに忙しかったから。こんな船に乗るんじゃなかったって泣いた日のこと、思い出すなあ。
・ ・ ・
「おはよう、船長。」
「ああ、ミナライ。おはよう!」


朝になったら、ジブンから挨拶をする。こうやって良い顔をしてるけど、コイツへの疑いは晴れない。

まずはこの船のことだ。コイツは「港町のニンゲンに船を貸してもらった」って言ってた。そこがおかしい。大切な船をモンスターに貸すなんてありえない。

でも手に入れてるってことは相当な理由があったんだろうけど、なんなんだろう。そもそも、モンスターの話なんかハナから聞く耳を持たないはずなのに。コイツ、無視されても話しかけまくりそうだから、港町の人は話を聞かざるを得なかったのかな。

コイツは、船を借りるのに「港町のニンゲンに頼んだ」なんて言ってた。貸してもらったっていうか借りパクしてるけど…。

モンスターの感覚での「貸してもらった」は人間にとっての「うばい取った」になりそうな気もする。でも、うばい取ったんなら港町はもっとピリピリしてたはずだ。出港する時はそうは見えなかったから、貸してもらったってことで良いのかな。

ほんとうにそうだとしたら、コイツは港町の人に言うことを聞かせられるくらいのことをしたわけだ。船を貰う代わりに港町の誰かを助けてあげたり、漁を手伝ったりしたのかな?見ず知らずのジブンを助けたくらいだから、それくらいはこなしそうな気がする。

だからって、こんな上から目線のヤツに貸したくはないと思うけど。でもジブンだってコイツの話に乗せられたくらいだし、コイツはゴリ押しするのが得意なのかも。


船についての考えはこれくらいで良いかな。それ以前にも疑がわしいことがあるから、今度はそっちだ。
港町にこんなモンスターがいたんなら、ジブンの村にもウワサくらいは伝わってないと可笑しい。そもそもお城の後ろにある山を越えなきゃモンスターは出ないはずだから、モンスターが出たってだけで大さわぎになるのに。

ジブンの村と港町はそこまで親しくなかったから、船長のことがウワサにならなかったのはまだわかる。でもお城には伝わってないと変だ。

ジブンは行ったことはないけど、世界的に見ても大きなお城なんだって教えられたから、しっかりしてるはずだもん。名前はフェガリ城だったかな?ジブンが生まれたあたりの年から、モンスターの取り締まりを厳しくしたみたいで…それでお城の辺りからモンスターがいなくなったって聞いた。なんで兵隊さんに連れて行かれてないんだろう?

そもそもなんでコイツは港町に来られたんだ?相当、船で旅がしたくて山を越えてきたのか?それで運良くお城の人の目をかいくぐれたとか?
でも港町の人が「モンスターの管理はどうなってるんだ!」ってお城の人に文句を言えば終わる話だと思うけど…?

いや、港町の人の目線で考えてみたらちがうかも。コイツのことが「危なくないモンスター」っていう風に見えたのかもしれない。だってお城の兵隊さんに捕まってないんだから。つまり兵隊さんに認められた、良いモンスターかもしれないって訳だ。

ジブンの村ではモンスターと生活するのは「変わってる」って見方をされてるけど、世界には人間のそばで暮らすモンスターもいるらしいし、特別に認めたってことも有り得なくはない。

でも実際はどうなのかがわからなくて、追い払おうったってモンスターが怖くて行動出来なくて…ってグズグズしてたら、コイツは港町に居座るようになっちゃったのかな。
気になることをずるずる後回しにしちゃったら、「今言ってももう遅いかも…」って言いたくなくなるのはジブンにもわかる。

今考えたレベルで港町の人から疑いの目を向けられてたとしたら、煙たがられてて過ごしにくいと思うけど…コイツはそういうの気にしなさそうだもんなあ。それもこれも、ぜんぶ想像でしかないけど。ほんとうのところは、どんな毎日を送ってたんだろう。


「船長はさ、港町ではどうやって過ごしてたの?」
「一匹で船を造っていたぞ。」
「え?船は貰ったんだよね?」
「その通りだ。だがところどころ脆くなっていてな。それを修理していたんだ。」


造る、っていうか造り直してたのか。


「修理のやり方なんてわかったの?」
「全く知らん。魔法で接着してどうにかした。」
「町の人は手伝ってくれなかったの?」
「ああ。向こうからしたら手伝う義理もないしな、当然だ。」


あ、ほんとうに港町にいきなり押しかけて「貸してくれ」って頼んだんだ…。これだとジブンの想像はだいぶ当たってたっぽいぞ。
町の人も、ていよくボロ船を押しつけたのか。モンスターも船も厄介払いできると思ったら本格的な船にしようと修理し始めて、長らく居着いちゃったって感じ?
っていうかコイツ、普通に悪いことしてるじゃん!ボロ船だってどうにかすればまた町の物として使えたかもしれないのに。

奪い取ったわけじゃないけど、港町の人もモンスターが怖くて思わず譲っちゃったんだろうしなあ。港町の人からしたらコイツはかなりジャマだったはずだ。

なんで港町の人は近くのお城の兵隊さんに話さなかったんだろう。いくらモンスターが怖くたって、町の物を取られたなら勇気を出せるきっかけになっただろう。ジブンの村なら絶対そうするのに。

うーん…港町がそんなに大きくないからかな?
昼間の騒がしさにまぎれてお城に行こうったって、気づかれそうで怖くてできなかったのかも。モンスターは寝なくても平気らしいし、夜に行こうとしても危ないことに変わりないもんな。

「城に行く」なんてバレたからには「なんでそんなことするんだ?」って質問攻めにして…町の人が自分の身を売ろうとしていたなんてわかったらコイツ、怒るかもしれないし。
船長は一日のうち、いつだろうと「何をしてるんだ?」「今日はどこに行く?」とか話しかけてくるタイプだ。会って数日のジブンにこうなら、港町の人にもこんな感じだったんだろう。変わってる、というかウザったい。気も抜けないし。

変なとこだらけだな。モンスターが人間に頼みごとをするのも、世界一周の旅に出たがるのも。
そもそもこいつ、人間にべたべたしすぎなんだよな。取り締まりが厳しくなってからは、どんなモンスターもあの辺りから逃げるように住む場所を変えたっていうのに。


「そうだ、港町の人には船を借りた理由を聞かれなかったの?」
「聞かれなかったな。どうしてだ?」
「…まあ、船長ってモンスターにしては変わってるからさ。」
「ははは!俺もそう思うよ。」
「ほんとに…?」
「本当さ。俺はこれで良かったと思うがな。」
「どういうこと?」
「船を持てて、ミナライにも会えた。オマエのおかげで旅に出る決心がついたんだ。夢への第一歩が踏み出せたのだ!」
「ああ、そう。船がなくても旅には出られたんじゃないの?」
「いいや、世界は意外と広いのだぞ。船がなくては冒険し尽くせない。」


たしかに、そんなヨロイの体じゃ泳げないもんな。船ありきの旅になるのは当たり前かもしれない。


「あの時、なんで船をほっぽり出して村の方に来たの?大事なものなんでしょ?」
「あれだけの揺れと音がしたんだ、そっちの方が気になるさ。船はもう俺のものだから、町のニンゲンも盗りはしないとわかっていたしな。」


人に頼んでおいて「自分のもの」か…。モンスターらしい考え方だ。


「かなり揺れたからな…ミナライは本当に大丈夫だったのか?」
「転んじゃったけど、そのあとじっとしてたから何ともなかったよ。」
「それは良かった。故郷はどんな風に消えていったんだ?」
「え…村とは逆の向きに倒れたから見られてないよ…。」
「そうか。捜索の手がかりはないようだな。」


ひどいこと聞いてくるなあ。こっちも聞かれたらイヤなこと聞いちゃえ!


「ねえ、船長はなんでそんなにキズだらけなの?」
「これか?ちょっとやられてしまってな!」


ちょっとやられて、ってキズには見えないけどな。ヨロイが目に見えてキズだらけになるなんて、よほどのことがあったにちがいない。
けっこうな昔に、何かあったんじゃないかな。聞いてみるか…。


「港町に来る前はどうしてたの?」
「仲間たちと過ごしていたな。行きつけの洋館に集まることもあった。」


洋館って行きつけになるものなの…?


「そのあと色々あって…ここに来た。なあに、俺の過去など気にするな。これからは良い船長になれるよう、精一杯努めるさ。」
「そっか…。」


船長になってからの話はどうでもいいけど…コイツにも思い出したくないことがあったんだな。それも、はぐらかすほどのことが。

表だって隠し事をされるのは、なかなか気分が悪い。「おまえには話したくない」って言われたのと同じようなものだ。
それでも、無理に聞き出すのは怖いな。力でねじ伏せられたら勝てっこないし。

…そうだ、船長は戦えるじゃないか。自分のお付きの「ミナライ」にする人間なんて、いくらでも作れたはずなのに。なんでジブンを?

もしかして、ジブンが子どもだから「ミナライ」にしたのか?子どもは暴れても簡単に取り押さえられるから…。ジブンは「ミナライ」としてちょうど良くって、そんな状況を作り出すためにジブンの村を?
いやいや、ヨロイノボウレイは魔法より剣での戦いが得意なモンスターだからそんなことはできないか。

それに、わざわざジブンだけを狙ってそこまでする理由がない。港町にもジブンと同じくらいの歳の子はいたし。…その子たちを「ミナライ」にすれば良かったのに。
ああそっか、その子たちのそばには家族がいるんだ。船長に会ったときのジブンにのそばには家族がいなかった。モンスターの誘いを止めてくれる人がいないんだ…。
村では、酔っぱらった大人に絡まれてもお母さんが止めてくれていた。お母さんなら、船長からの誘いを断ったにちがいない。

やっぱりジブンは、モンスターに言いくるめられてしまったのか?頭ごなしに「ダメだ」って言ってくれる人が近くにいなかったから。お父さんもお母さんも、友達もみんないないから…。
涙が出てくる。
だまされたんじゃないかって怖さと、みんながいない寂しさで涙が止まらない。もう、ダメだ、こんなところで泣いてたら。


「ミナライ!?どうした!」


ほら、こうやって船長が来るから。
・・・
「仕事は順調か?頑張れよ!」
「ああ、はいはい…。」


船長の大きな声と、船員の面倒くさそうな声が聞こえてくる。横目で見ていたら、船長がジブンとは別の方に歩いて行ったのがわかった。ふう、ひと安心だ…。

ジブンはずっと船長とふたりきりの時間を耐えてきた。この船にモンスターが増えたときは、新しい船員の教育でアイツがジブンに構う時間が短くなるって期待した。
確かにその通りにはなったけど、船員までジブンに絡んでくるとは思ってなかったからびっくりしたな。「また間違えた、船長に乗せられた」って、今も凹んでる。

船員が増えて、一人きりになれる時間がかなり減ったから泣こうにも泣けなくなった。船のどこに行っても誰か一匹は絶対にいる。泣いてるところなんか見られたくない。それも、モンスターになんて。

しかも船員には揚げ足を取ったり悪口を言ってきたり、性格の悪いヤツが多いから…泣きたくなることが増えたくせに泣けないっていうイヤな一日が繰り返し起こってる。
泣いてるところを見られるだけならまだしも、アイツらはそれに加えてバカにしてくるからイヤなんだ。

なんともまあ、次から次にイヤなことが起こるな。でも、そんな船員たちも船長ほど不気味じゃない。船長には「言い返したら何かされるかも」っていう怖さがあった。
船員も怖くはあるけど、アイツらは口が悪いだけの面倒くさがりだ。こっちも平気で言い返せる。仕事どころかおしゃべりも面倒くさがるくらいだし、やり返して来ないでしょ。

さっきも思った通り、船長の怖さに耐えるのと、数が増えてからのイライラに耐えるのとどっちがマシかって言われたら今の方を取る。今も十分ヤな毎日だけど、これがマシなほどに船長のことが不気味でたまらなかったから。

ほんと、よく耐えたな。船長がすぐに「船員を増やそう」って言ってくれて良かったって今は思う。「ミナライと旅に出かけるぞ!」みたいなこと言っておきながらすぐにふたりきりの旅に飽きたテキトーさはモンスターらしい。…けど、話がコロコロ変わるヤツがこの船の一番だと思うとやっぱり怖くなる。

船長からとにかく離れたかったのに、一人きりにさせてくれない船長が怖かった。今は放っておいてくれる時間が増えてほんとうに良かった。

だけど、安心したのも少しの間だけだ。今度は船員との生活に困り始めている。アイツらはなんというか…船長から逃げるための風よけとして使うには、性格が悪すぎる。

今度は船員との過ごし方を考えないと、船長とふたり旅の時と同じくらい苦しくなってしまうかもしれない。
はあ…やっぱり着いていくんじゃなかったな。何もかも自分でやらなきゃいけなくて、疲れちゃう。
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