本業、フリーター。

Tady

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1章 淳の過去③

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 美術の授業中であっただろうか。淳は、絵を描いていた。いや、モナ・リザのような立派な絵画作品という訳ではない。ごく簡単なパラパラ漫画だ。2週間前にアニメーションの原理について教えられた淳たちのクラスでは、自分たちにも出来るアニメーションを、というテーマでそれに取り組んでいた。
 ここで淳のスペックについて、1つ付け加えておこう。彼には絵心が無い。中学生当時においても現在においても、自分の画力は近所に住む小学生と張り合うレベルだと自覚している。

「お、多摩はサッカーのドリブルか、流石にサッカー部だけあるな」
「多摩君が描くのは棒人間なのねw、でもアイデアは面白いわ!」
「てか、もうちょい絵が何とかならなかったのか……」

 淳の学校生活において、(※音楽を除く)書道、美術や家庭科などの実技を伴う科目には、ある法則が見いだせる。それは、「作品を褒められるときは、基本的にアイデアしか褒められない」というものである。まかり間違っても、画力や字の上手さといった芸術面での実力には一切触れられない。まるで爆弾のように扱われているかのような錯覚を受けたほどだ。

「みんな知ってるでしょ、俺の美術センスはw」

 そう言って笑っていたときだった。

「サッカー部ってさ、なんだかんだ面白い奴ばかりじゃん?」
「ああそうだな、……多摩、あいつ以外はな。いらねーよな、あいつ」

 クラスメートであったキャプテンと、取り巻きの会話だった。淳はこのときほど、地獄耳というものに憎しみを感じたことは無かった。知らぬが仏という諺があるが、昔の人は本当に真理を突いた言葉を作ったものだ。

 今でも淳は、この時期の記憶が曖昧なのだ。覚えているのは、部活をサボり始めるようになったということ。初めは仮病だとか法事だとか適当な用事を顧問に伝えていたが、春休み期間に突入した途端、無断で休むようになった。部活の時間になると家を出て、近くの車修理店に行く。そこには、修理を待つ人のための休憩スペースがあり、ネット環境や多くの漫画本が備わっていた。春休みの2週間はほぼ毎日入り浸っていたため、店員には少なくとも顔は覚えられただろう。そのうち、真中も練習に嫌気が差したようで、淳と共にサボるようになった。

 母親の勘というものは、時にありがたく感じ、時にうざったく感じないだろうか。端的に言えば、淳は練習をサボっているのがバレたのだ。理由は至極簡単。

「いつも帰ってきたら、汗臭いじゃない。あんた運動部なんだし。でも、最近不自然に臭わなくなってんのよ。おかしいじゃない、もう4月よ? サッカーみたいなハードな運動すれば、このポカポカ陽気の中じゃすぐ汗かくのが筋ってものでしょ。顧問の先生に連絡を入れてみれば、案の定だったわ。どうせ練習が嫌になってだらけたんでしょ?情けない。…だから言ったでしょ、運動部はやめなさいってね」

 なるほど、空調の効いた店内にいれば汗などかくはずもない。完全に、母にしてやられた。正論過ぎて、ぐうの音も出ないというやつである。しかし、世の中の母親というのは、我が子に対しては何故、探偵のごとく知恵が回る時があるのだろうか。ドヤ顔で淳のサボりを言い当てた母に対し、当時の淳は心から憎悪の念を抱いたものである。

 結局、淳は3年生になってすぐ、部活動を引退した。表向きは受験勉強に専念するため、ということで親と顧問を説得した。実際のところ、淳の学業成績は芳しくなかった。先述の通り、北野による連日の「シゴキ」を理由に勉強を投げ出していたからである。成績低下は親の心配するところでもあったので、退部は存外スムーズに行われた。なお、真中も同時に部を辞めた。
 3年時のクラスメートには、サッカー部の連中がいなかった。それだけで、毎日が楽しく感じられた。親友の真中もクラスメートなのが、より一層天国だった。さて、それなりに勉強に集中した淳は、地域の(自称)進学校に進学する程度には学力を向上させ、中学校を卒業した。




※小3までピアノ教室に通っていた淳は、音感やリズム感には絶対的な自信を持っている。趣味がカラオケなのも、それが関係している。
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